「クソッ!」
携帯電話で会話をしていた槙田は通話を終えるとそう口にした。電話の相手は上層部だ。応援要請をしたがそれが通らず、上に掛け合ったがそれも断られた。11ゲート東襲撃の影響は、かなり深刻だという事がわかる。あの様子だと軍の人員もかなりとられているようだと槙田は考えていた。
彼の隣に居た部下である水無瀬は、持ち込んでいたパソコンを使って内部のセキュリティーについて調べていた。しかし、予想はしていたが彼女の持っているスキルでは太刀打ちできレベルのものではないことが直ぐに解った。
捜査支援分析センターへと助けを求めると、副長である秋月 凜へと直通の回線へと回された。2人に面識はない。ただ、秋月の功績は広く知れ渡っており、「凄さ」だけは水無瀬もそれなりに知っている。今のこんな状況下で、そんな相手と直接話をする事に胃キリキリと痛む。
『あれ? ハル君の声?』
タイミング悪く、槙田がクソッ! と吐き捨てた声を拾ってしまっていた。
そんな事より、秋月の「ハル君」に困惑し、水無瀬は第一声を失ってしまった。
『もしもーし? 聞こえてますかー?』
まったく緊張感のない呼びかけが聞こえる。秋月の声に我に返り、水無瀬が答える。
「グール対戦闘員第1班、監視員の水無瀬 日和(ミナセ ヒヨリ)です。秋月副長でしょうか?」
何となく、水無瀬は無線の相手が本当に秋月である事を確認せずにはいられなかった。
『はい、秋月です。12GC研究養護施設の件ですか?』
「はい、そうです。今現在のセキュリティーの現状が知りたいのですが」
『うーん。何とか頑張るので10分ください。あー、えっとですね、施設の状況はどうですか? 監視カメラの映像はこちらから見ることができないようなので教えてください』
「扉のロックは、入口、A館B館共にすべて解除されている状態でした。フェンスの高圧電流も流れていない状態でした。今はA館B館を隔てる扉のロック及び電流が復活しています」
『……それって、あなた達がその場に居る間に変わったってことですか?』
「はい。しかもタイミングよく切り替わったと言えます」
『なるほど。誰かが今現在も操作してるのは……間違いないみたい。確認できました。犯人はその場にまだいるんですか?』
「犯人かはわかりませんが、関わりのありそうなグール数人と戦闘中です」
『了解です』
無線の向こう側ではパソコンのキーを叩く音が絶えず水無瀬の耳に届いていた。
『ハル君も今一緒ですか?』
「え、ええ。……槙田さんなら隣に」
『じゃあ、この無線2人オープンにしますね』
半信半疑ではあったが、やっぱりハル君は槙田さんの事だったんだと水無瀬は思った。
『本当は作った本人に対応してもらうのが一番なんですけど、その本人が1週間前から行方不明なんです。まだ伏せられているので口外しないでくださいね』
槙田が無線の音声に反応して水無瀬の方を見た。彼は無線の相手が誰であるのか、声で分かったようだった。
「それって、事件に巻き込まれてる可能性が高いってことですよね」
槙田が言う。
この建物のセキュリティーは、国内でも屈指のものだ。解除するにはよほどの能力が必要とされる。それが解除できる人間も限られる。作った当人も、その中の1人だ。
『ずっと探していたんです……無事だといいんですけど。寺尾(テラオ)さんが居ないから、わたしてんてこまいで』
「えっ?!」
「作った本人って、寺尾センター長なんですか?」
槙田と水無瀬が声を上げる。
「あれ? これって機密だったかな。内緒でお願いします。あぁ……でも、これ……、外からじゃ解除できないと思います。A館地下のセキュリティールームからじゃないと操作できないはずです。寺尾さん、そこに居るかもしれません」
寺尾さんが犯人グループに拉致されて操作しているという事か、寺尾さん本人が犯人グループの仲間という事か。槙田は前者であることを願った。寺尾ほどの人間が、こんな事をするはずがない。今までずっと、グールを捕まえる為に全力を尽くしきた人物だ。ただ、人は変わる。良くも悪くも変わる。槙田の表情が重苦しいものに変化した。
「解りました。今水無瀬とA館の入り口に居ます。襲撃にあって、戦闘員とは別行動になってしまっている状況です。応援要請は却下されました。とにかく、地下に残された研究員たちと寺尾さんの救出に向かいます。道案内お願いできますか?」
『……わかりました。出来る限りサポートします』
秋月は現状がいかに切迫しているか察し、そう申し出た。応援要請が却下された理由も察しがついている。自分も11ゲート東の方へも関わっているからだ。A館にグールが生存している可能性もないとはいえない。犯人が潜伏している可能性も高い。2人が戦闘員なしで任務にあたるのは危険極まりないという事も、実体験から解っている。敢えて特別な何かを言おうとは思わなかった。秋月は自分の出来る限りの事をしようと思った。
「水無瀬、何持ってる?」
槙田が自分の銃の弾を確認しながらそう聞いたのは、武器装備の事だ。水無瀬も自分の武器の確認をし始めた。
「H&KMP5A4、シグザウエルP226、手榴弾、照明弾、閃光弾、そんなところです」
「事前の報告では全滅って事だったが、この状態からして信憑性がない。犯人が地下に居るとすれば、俺達がA館に居ることもバレてる。慎重にいくぞ」
「了解」
戦闘員抜きの監視役警官2人だけでグールに対応することは滅多にない。危険度はもちろん増す。いつも以上に緊張しながら、槙田が廊下へと続く半開きになっていたドアの隙間から先を見た。人の気配は感じない。
「行きます」
真っ直ぐと伸びた廊下を進む。ここで前方からグールが現れたら、一巻の終わりだ。いくら銃を構えていても太刀打ちできない。
『2つ目のドアまで行ったら面会受付室があります。ドアは開錠状態みたいです』
開け放たれたドアの向こうに小部屋が見える。真っ直ぐ先にはまたドアがあり、向こう側は面会室へと繋がっている。受付に居たはずの監視警備役の警官は、たべ残された残骸だけになっていた。強化ガラスの窓は、割られてはいないが血まみれになっている。
「ドア到着しました」
小さなため息の後、槙田が言った。
『真直ぐいかずに右手に見えるドアへと進んでください。階段になってます。階段を地下5階まで降りて、右が研究室入口、左奥がセキュリティールームです』
「了解」
階段へと続いているドアは、ここも中途半端に半開きになっていた。その隙間から槙田は慎重に階段の上下を確認する。外では野々宮 一がグールと戦闘中だ。だが、分厚い壁の建物の中に居るせいか、外の音は聞こえない。建物の中の方にも、とても誰かがいるとは思えない程静かだ。ゆっくりと押し開けたドアの開く小さな音さえ、いやに大きく聞こえた。
数秒後、完全にドアを開けた槙田が階段を下っていく。その後ろを特に後方を気に掛けながら水無瀬が続いた。
『地下だけ、ドアが施錠されています。ただ、研究室に続くドアは研究員が緊急時に開けることができる様に解除コード式になっています。えーっと……、今日の午後のコードはですね……』
「ここ以外に道はないんですよね」
できるだけ声を押し殺しながら槙田が言った。できたら敵の真正面から突入するような事は避けたい。だが、他にそんな道があるのにこの道を誘導するようなミスを秋月がするわけがないと言うのも頭では分かっていた。それでも、槙田は聞かずにはいられなかった。
銃を握りしめている手にうっすらと汗をかいている。
『元々逃げられないように出入り口までの経路はかなり限られているので、さっきまで居た入口からの他の道はありません』
彼の心情を感じ取り、ゆっくりと、変わらぬ口調で秋月が言った。
返事をする代わりに槙田がマイクを2回叩いた。水無瀬の方へと振り返り、上の階から応援する様にサインを送る。水無瀬はそれに従い上階へと上がり、銃を構える。
『解除コードは209AC50』
ドアの横に設置されているキーを、秋月に言われた通り槙田が押す。直ぐに姿勢を低くし銃を構え直す。
ガシャンッと2回音が鳴ると、開錠した自動的にドアが開く。
ドアの向こうに誰かが立っている足が見え、発砲しようとした瞬間声がした。
「う、撃たないでくれ!!」
人間か、グールか? グールだったら有無を言わず襲ってくるはずだ。
槙田は瞬時にそう判断し、発砲するのを止めた。しかし、そこに立っていたのは1ではなかった。白衣を着ていた男の全身が見えてもその姿は見えていなかった。
「うるせーよ、黙って立ってろって言っただろうが」
そう声だけが聞こえ、急に男の胸元から何かが飛び出してきた。男は声にもならないような呻きを上げてその場に倒れ込んだ。そこでようやく「何か」が何だったのか理解する。Tシャツにデニム姿の中学生程に見える少年が立っている。彼の左手から血が滴れている。白衣の男の血だ。
槙田が少年に向かって発砲するが少年はそれを避け、横壁を蹴り上げた。宙を舞った少年の足が槙田の頭を蹴ろうとし、槙田は身構えた。
上階から少年を狙った銃弾が放たれる。それは彼の腰へとヒットした。
「うぁ……痛った! 何? え?!」
床へと落下した少年は混乱したようにもがいていた。身体が結うことを聞かず、身動きが取れないらしい。槙田はその隙を見逃さず、直ぐさま少年の傷口を足踏みつけるようにして身体を押さえつけ、少年の頭部を撃った。続いて心臓を撃つ。
「あははっ! こどもにも容赦ないなぁ。あんたらも僕からしたらただの殺人鬼に見えるけどね」
楽しげにそれを観察していた男が槙田に槙田に向かって言う。
『えっ? 寺尾さん?!』
無線から聞こえた秋月の声に槙田が困惑する。今自分が銃を向けている男は、寺尾センター長とは別人だからだ。
「違います。センター長じゃない」
槙田が早口で言った。
『でも、声が……?』
無線の向こうで秋月も困惑している。彼女は声から男がセンター長だと思った。
「そうだね。僕はセンター長じゃないよ」
鼻で笑い、男が言う。
『……僕? 僕って言いましたよね?! 寺尾主任なの?!』
秋月が興奮した様子で言った。槙田にはどういう事かわからない。
「お前そんなところで何やってんだよ、仕事しろ!」
急に男の後方のドアが開き、怒鳴り声が響く。
「は? どうなってんだよ。お前裏切ったのか?」
がたいのいい、つり上がった赤眼の男が少年の遺体に気付き男に向かって言う。
「違う。そこのドアは外部から開けられるんだよ。僕がロックを解除したわけじゃないよ」
槙田の銃口が男からつり眼のグールへと移る。
男はそう言って、グールが出てきた隣の部屋へと戻って行った。
「監視カメラ見てたんだろーが、何で何も言わないんだよ!!」
舌打ちしながらグールが言う。槙田を睨みつけ、走り出す。
槙田は拳銃を手放し、肩からぶら下げていた短機関銃を手にして撃ちまくる。どれか一発でも当たれと思いながら。水無瀬は槙田の行動を見て音響閃光弾を投げていた。
爆音。耳鳴り。閃光。
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