全然更新していませんでした
もうだめぽ
というわけで前身のブログで書いたことを再アップ(おいおい)
今回は色のお話です
といっても狭義ですが
最近この世の中には本当の色で見える物質は存在しないのではないか
と思いました
例えばこのハイネケンダークという海外ビール
ボクはこのビールが大好きなんですが
それはおいといて
瓶の色はざっくり言うと茶色です加えて半透明
健全な視覚能力の人はそれを疑うことはしません
この瓶は茶色
けれど光が当たっているところは何色ですか
そこも本質は茶色です
しかし光が当たることで白っぽくなっています
人々はそれは光が当たっているからそうなっているがそれは茶色
だと思います
しかし色をビットでとらえると例えばこの写真のように
そこは茶色ではなく白です
これはD・カッツという哲学者の人が言うところの表面色に関係しています
つまり本来の茶色を見ていてもそれは本来の色ではないのです
脳では都合良く処理されますが
実際に認知しているは本来の色ではない
つまりこの世のすべての色は完全に本来そのものの色で認知することは不可能
「色彩は空間的性質を持っている」 D・カッツ
色の現れ方は空間性と運動感覚(身体性)によって決まると言います
色彩はそのものの色とおかれている空間と光によって決まる(認知される)
つまり色とは本来の色ではないのです
現象 体感 認知
単体概念ではなく複雑概念であり多元的に決まるもの
決まるというのは認知されるということですね
けれど一つだけ本来の色が見れる色を発見しました
それは黒です
金沢21世紀美術館に訪れた時
カプーアの部屋という部屋がありました
部屋の中は薄暗く斜めの壁の中央に黒い楕円がありました
それはまるでブラックホール
描かれているのか貼られているのかくりぬかれているのか
一体どれが正しいのかまるで分からない
ここで光の話にうつりますが
人間は光がモノにあたってそれが反射した反射光によってこの世界を見ています
つまり光があろうがなかろうが
反射しなければその空間やモノは見えない
石上純也氏の修士設計で光が反射せずに一方向にしか流れていない空間を提案していました
つまり光が流れていく方を向くと何も見えない
反対を向くと光が向かってきますから空間が見える
自分(の眼)を境にして体感として空間が切れている
カプーアの部屋のそれはまさしくそれだと思いました
描かれているのか貼られているのかくりぬかれているのかが分からない
つまり光も空間もものの色も全く分からないということです
それが黒
だから唯一黒は人間が本来の色を認知できる色ではないか
でもそうすると
「色彩は空間的性質を持っている」というD・カッツの定義に反することになります
するとそれはもはや色ではないということになる
確かに色とは本来の色が見えなくても少し変わって見えるもの
カプーアの部屋のそれは見えていないだから何かわからない
表面なのか穴なのかまったく分からない
ってことは本来そのもののまま認知できる色は存在しないのか
どうなんでしょう
カプーアの部屋での体験は
見えない展示品というおもしろいものでしたけど