なぜ人間はイビキをかくのか? あんな人迷惑なものを! 

 およそ45年前、私が担当していた番組『アタック25』のスタッフたちと一緒に有馬温泉へ行った。出張会議と称して司会の児玉清さんを始めプロデューサー、ディレクター、作家、技術を含めスタッフ全員で行く番組のおもてなし一泊旅行。その楽しいはずのお泊り旅行で最悪の事件が起きた。出張会議は年に2回ほどあり、現地で定例の会議をするという名目で伊勢の賢島や淡路島にある朝日放送の寮、または近くの温泉に出かける。もちろん交通費、宿泊費は局持ちで、会議に参加した分のギャラも出る。翌日はゴルフ班とテニスや観光する班に分かれそれぞれ思い思いのスケジュールで過ごせる。

 ゴルフが大好きな児玉さんは、翌日の好成績を夢見ながら床に就いたのであろうが、その夜中にとんでもないことが起こった。宿は有馬温泉でも超高級な兆楽。しかし、参加人数が多かったためか番組スタッフは4,5人ずつに分かれ相部屋となった。私はなんと主賓の児玉さんと一緒の部屋に割り振られ、そこで大変な悲劇が起こった。真夜中、私はすぐ横で寝ていた児玉さんが突然「うるさい!」と怒鳴られた。あまりに大きな児玉さんの声に私は目が覚め、何事かとあたりを見回した。どうも私が大イビキをかき、それが原因で眠れない児玉さんが怒鳴ったようだった。しかし寝ぼけた頭の私はどうしていいかわからず、しばらくしてまた眠りの世界に入り大イビキをかいた。一晩中それを何度も繰り返した結果、翌朝児玉さんに「君とは今後一切一緒の部屋に泊まらない」と目を吊り上げ拳を振り上げられ叱られた。あんな鬼の形相の児玉さんを見たのはあの時が最初で最後であった。

 

 もう一つ似たような事件があった。西暦2000年、ちょうど24年前のこと、『探偵!ナイトスクープ』で富士山に登った。滋賀県の大学生から「大きな石臼を担いで富士山に登って頂上で餅を搗きたい」という依頼が来たのだ。彼は滋賀県の大学で餅つき研究会の会長をしていて、依頼は部員全員の総意だという。石臼はなんと70キロもあり、部員だけでは無理なので、ぜひ探偵局に協力が欲しいというのだ。

 ロケ隊は名神、東名を通って、富士登山道に一つ砂走ルートの五合半の山小屋に着いた。翌朝、ご来光を仰ぎ、振り返ると朝焼けの富士山に初雪が積もっていた。あまりの美しさに息が止まった。

 富士山頂餅つき隊は、70キロの石臼を力自慢の石田探偵が一人で担いだり、学生二人が天秤棒にぶら下げたりして急な山道を登った。やっとのことで富士山山頂まで辿り着いた途端、それまで晴天だったのに山頂に着くと急に黒雲に覆われ、土砂降りになった。少し様子を見たが天候が回復せず、仕方なく九合目まで下り、雨避けしながら餅を搗いた。少し残念な結果だったが山の天気はそういうものだとガイドさんにいわれ納得した。しかし、大きな事故もなくロケはそれなりに成功した。

 ところが問題なのは、前夜の山小屋での出来事だ。ロケ隊の20人余りが、広い一室で寝ることになった。私はすやすやと寝たつもりだが、翌朝石田探偵に「お前のイビキで眠れんかった。全員にえらい迷惑をかけたんや!」と酷いお叱りを受けた。その頃の私は太っていて体重が85キロ以上もあり、イビキも相当大きかったようで、大事な富士登山の前夜に大イビキをかきロケ隊の人々の大迷惑をかけたとは、今でも面目なく思っている。

 

 次は、逆に私が想像を絶する大イビキに仰天した出来事だ。

 今からちょうど15年前、いつものように早く目覚めた私はマンションの廊下に出て日の出を見ていた。今年のように猛暑が続いた夏の終わり、ここ数日身体に変調をきたしていた私は、その朝首の後ろに重苦しい鈍痛を感じ、急に強い吐き気に襲われた。これはヤバい!このままでは死ぬと思い、妻に病院に行くからタクシーを呼ぶように頼んだ。早朝だが、近くの24時間体制の病院を知っていたので駈けつけ診察してもらった。対応に出た担当医に症状を訴えると、首を傾げながら「整形だな、とりあえず湿布薬を張っておきなさい」といわれた。去年も同じ夏の暑い時期、首の後ろに鈍痛がしたので同じ病院に同様の症状で診察してもらい同じことをいわれたことを思い出し、去年もここに来て同じことをいわれと強く訴えると、先生は少し考えて、心電図を取りましょうといった。心電図を取ると、次にレントゲンも取ることになり私はストレッチャーに横たわり安堵していると、途端に異変が起こった。後で聞くと私は急にゴーゴーと大きなイビキをかき、目をグルグル回していたという。なんと私の心臓が止まったのだ。すぐ処置室に運び除細動処置をしてくれ事なきを得たが、病院の中で心臓が止まるなんて超ラッキーだ。しかし、その病院はその日は担当医がいないということで別の大きな病院に救急車で運んでもらい私は一命を取り留めた。

 ところがそれからがまた大変だった。心臓のカテーテル手術を無事すまし、一週間集中治療室CCUで入院した後、6人部屋に移った。そこが地獄だった。移った最初の夜、隣にのベッドからゾウの嘶きような凄いイビキが聞こえて来た。一晩中一睡も出来ず、手術した心臓に悪影響があるのではと心配になった。ところが悲劇はそれで済まなかった。次の夜、別の人が斜め向かいに入室してきた。その人が超凄い、まるで工事現場のブルドーザーのような大迫力のイビキをかき、部屋全体を震わした。ゾウの嘶きなどどこかに吹き飛んだ。私はたまらず次の日窮状を訴え、有料の4人部屋に変えてもらった。6人部屋は部屋代が無料だったが、そこはお金に代えられない。

 

 おまけに一つ、今から30数年前、家族3人で小豆島に遊びに行った。その帰りの連絡船での出来事。私の身体は疲れ果てへとへとだったが船内は満員で横になる空間はない。仕方なく狭い隙間に座っていたが、いつの間にか寝入ったようで気が付くと周りに人はいない。どうも人々は私のイビキの恐れをなし退散したようだ。この時ほどイビキに感謝したことはない。

 『探偵ナイトスクープ』でも、近所迷惑な大イビキをかくおっさんに出てもらったことがあるが、あのビデオは何度も放送した名作となっている。

 人間はどうしてイビキをかくのか? これは永遠の謎だ。