先日nhkラジオ『高橋源一郎の飛ぶ教室』で、衝撃を受けたコトバがあった。番組1コマ目の秘密の本棚で取り上げたのはメイプル超合金安藤なつ著『介護現場歴20年』。えー、彼女がそんな本を出していたの!と驚き、二人の話に引き込まれた。2コマ目の先生には著者本人が来た 安藤なつは去年介護福祉士の国家資格を取り、現在プロ芸人とプロ介護士の二刀流で働いている。高橋源一郎は、君は世界で唯一の存在だと絶賛する。

 衝撃を受けたのは、2コマ目で安藤なつが介護のプロ、特養の施設長と対談している時の言葉だ、

 「親御さんが元気なうちにハグしてほしいですよね」

これを聞いたと安藤なつがハッとして、エッと思い動揺したという。高橋源一郎は空かさず「これ結構凄いですね、僕この言葉に打たれましたよ」と反応。この二人のやり取りから、作家高橋源一郎はかなり繊細な神経の持ち主だと分かる。小さい時から苦労してきたと度々告白しているので納得がいく。安藤なつの方は彼女の性格から考えて、生まれ持っての繊細な神経の持ち主だろうと思うが、まだ親を抱きしめたことないという。

 では、なぜこのコトバに衝撃を受けたかというと、「親御さんをハグする」「親を抱きしめる」ことの大切さに気が付いたからだ。高橋源一郎もいっていたが、子供の頃は親に何度も愛情込めて抱きしめられる。ところが、大人になると親を抱きしめない。しかし、考えると人生を長く生きてきた親たちは長い年月風雨にされされ心も傷つきぼろぼろになり悲鳴を上げているに違いない。そんな親たちを子が大きくなって抱きしめる。親は喜ぶ。冷え切った身体に暖かい毛布を掛けてもらったように喜ぶ。この抱きしめる行為は、現代日本人が忘れている大切な愛情表現ではないか気付いた。

 これから私は過去の危うい出来事を思い出した。30年近く前だが、一人住まいの母親に家に行くと、「お風呂に入りたいが入るのは怖いから、しばらく居て」と頼まれた。分かったと待っていると、風呂場から聞こえいた水の音が止んだ。中を覗くと、なんと母親の頭がスローモーションのようにお湯の中に沈み込んでいくところだった。すぐに両手を伸ばして、痩せこけ小さくなった母親の身体を抱きしめ湯船から引き出した。水は飲んでなくて大事には至らなかった。これが私が親を強く抱きしめた唯一の忘れがたい経験だった。

 『親を抱きしめる』とは、人生の荒波に揉まれ溺れた人を抱き上げることに似ている。人間は誰しも長い年月を生きると、心にまとっていた衣服が破れ、ところどころで裸が露出する。寒い、痛い、苦しいと悲鳴を上げる。が、じっと耐えている。そういう人、特に年老いた親をハグする、抱きしめるとこちらの愛情の温かみが相手に伝わり、痛みや苦しみが和らがせることが出来る。

 私が担当する『探偵!ナイトスクープ』に、数か月前に40代の男性から「若い頃色々迷惑をかけた両親に感謝の気持ちを込めてハグしたい」という依頼が来た。恥ずかしいのでなかなか出来ないとのことだが、私はハグなどやろうとしたらすぐ出来る。こんな依頼を取り上げたディレクターにガッカリしていた。しかし今から考えると、名作を数多く生み出してきたあのディレクターは依頼者の繊細な気持ちに共感する感覚も持ち合わせていたのだ。彼がそういう繊細な感覚も持っている人物とは思い至らなかったことは、今年50年を迎えるベテラン作家として悔しい。