※約1年ぶりの投稿になります。すんません。。。

まず、断っておきますが、僕がipodを使いだしたのが2~3年前、iphoneが去年(4から)、ipadも2から、と極めて初級の、いわばにわかappleファンです。でも、にわかだから想っちゃダメ!ってことも無いので、想ってみます。

スティーブ・ジョブズの死去のニュースは瞬く間に僕のtwitterのタイムラインを埋め尽くし、その後追悼の呟きが埋め尽くしました。これほど多くの日本人が愛した外国人も珍しいのではないでしょうか?しかも何故だか、「逢った事も無い人をそこまで悲しむか?」というような、冷めた感情が僕からは一切出て来ず、にわかの僕ですら、一緒に悲しみを享受する気持ちになりました。

何故、これほどまでジョブズは愛されたのか?それは、まさに我々のライフスタイルを創造してくれたからに他なりません。僕がなかなかipodを持たなかったのはデータ音源の音質が悪いから。ipod全盛時代もずっとパナソニックのCDウォークマンを聴いていました。

確かに、ipodの音質は悪い。boseのイヤホン使っても、やっぱり悪い。けど、飛躍的に便利。なんせCDウォークマンだと1つのアルバムしか聴けなかったので、毎朝どのCDを入れるか考え、迷った時は数枚持ち歩くような感じだったのが、あの小さなデバイスを持てば何の迷いもなく家を出られる訳ですから。今となっては極めて当たり前の事ですが、まさにこの当たり前の事を創り上げたからこそ、ライフスタイルを創造したと言えるのでしょう。勿論、iphone、ipadは言うまでもなく、右に同じだった。

windows時代はパソコンはそういう機器、つまり何となく堅苦しくて、つまんなくて、でも便利な道具だったものが、macに変えて全てが興奮を帯びたエンターテイメントになった。写真や動画の編集なんかも遊びでやりたくなってやってみた。全てが遊びのような感覚で触れる。見た目も良い。もう色んなところで語り尽くされている事実ですが、改めてそう思ったのでありました。

ジョブズはビジョンの人と言われますが、決して壮大な計画を話す人ではなく、例えばiphoneを見せながら、iphoneならこんな事が出来ると説明する、いわば極めて「今」に即したビジョンを持った人でした。ミッション、ビジョンといった言葉が経営の世界でももてはやされていて、それは確かに重要な要素ではあるけども、僕にはどうも胡散臭い感じが拭えなかった。つまり、壮大なビジョンは優れた経営者も語れるが、口だけの人間にでも出来るという事実。特に僕は結構デカい事を思ってしまうタイプなので、時に口だけになってしまう恐れがある。ビジョンって本当に重要なんだろうか?そう思った時、ジョブズの例は僕のお腹にすっと落ちた。つまり、それがモノであれ何であれ、これがあるからこうしたいと語れるかどうか。

世の中をこうしたい!という想いはだいたいの人が大なり小なり持っているもので、ただのサラリーマンが「世界を平和にする!」とか「脱原発社会を実現する!」と言っても戯言だと言われて然るべきで、実際に再生可能エネルギーの会社を立ち上げるとか、少なくとも原発含めたエネルギーの勉強を一から徹底的にしてみるとか、相応の行動を伴った上で(聴く人に理解しやすい状態になった上で)そういうビジョンを唱えないと、幾ら優れた人物でもうわ言に留まるんじゃないだろうか。そして、うわ言に留まらずに実行に移したジョブズはやはり僕が言うまでもなく、偉大な人物だったと思う訳です。

一方で、ジョブズはカリスマだとする論調がありますが、僕はいわゆるカリスマとはちょっと違う感覚で見ています。僕の中で、カリスマとは例えば長嶋茂雄さんとか、雲の上感がある人物。ジョブズの残した功績は雲のはるか上ですが、人物像は極めて近い、隣のおじいちゃん的なイメージ。だからこそ、iphoneその他のような、極めて生活に密着した、何度も言っているライフスタイルを変えるような仕事が出来たんじゃないかな、と思っています。

にわかな僕がこれだけ想いが溢れてくるんだから、appleを愛し続けた人達の喪失感は物凄いんでしょうね。いや、にわかとか熱狂的とか置いといて、本当に惜しい人を亡くしました。その気持ちは同じです。次は僕らの世代が価値を創造する番だという想いを込めて、本稿を閉じさせて頂きます。
世界一周で放浪癖が付いたため、日本を巡る事にしました。

と言うのは半分本気半分冗談で、何だかんだ訪れるべき所が点在しており、それを線で結んだら10日間程度の旅になってしもたと。つうことで、明日から旅に出ます。

今回の目的地は東京、新潟そして北海道。空を飛べば長くても数時間あれば行けるのだが、味気無いかつ高いという事で、一部を除き、地面を這って行く決意を固めた。岸田繁が、タクシーの車窓だと何にも思わないが、新幹線だと色んな妄想が湧いてきて楽しいと言ってたが、その気持ち、わからなくも無い。僕の場合、残念ながらメロディが出てきたりする事は皆無だが、妄想という意味では負けず劣らず湧かしている。つうわけで、世界一周でバスとか電車とか、不特定多数の乗る低価格移動体に心を奪われた為、折角の機会なので旅行プランを立ててみた。

奈良から東京へはまぁ時間も無かったので普通に新幹線。

東京から新潟も新幹線でも良いのだが、夜行バスにしようと検討中。夜行バスで4000円、新幹線1万円。

新潟から北海道は、電車を乗り継いで、途中秋田や函館なんか寄りながら行こうかと思ったが、意外と時間も金もかかるようで、下手したら北海道に予定通り着かなくなる恐れがある。何でもない用事ならそれでも良かったが、何と言っても高校からの友人、カネシロタケシ(仮名)の結婚式出席が目的なのだ。という事で、ダラダラヒッピー気分で行く訳にもいかず、新日本海フェリーを選択。シングルルームで1万円。ドミなら6000円くらいらしいが、二等船室はだいぶ前に乗った事があるが、重油の臭いと揺れで結構気持ち悪かったので、やはり落ち着けるシングルルームで行こうかと。また、これは運だが、近くのおっさんが臭いもしくはイビキが激しいという条件になったら最悪だ。言葉が最低だが、4000円でおっさんホイホイを買ったと考えれば良いかと。

そして、北海道から奈良に帰る際に、トワイライトエクスプレスを利用しようかと検討中。飛行機なら3,4万とか。トワイライトエクスプレスは、これまたシングルで1万円。つうか、夜行で1万円でシングル乗れるってめちゃめちゃ安い。フィンランド2万円、ポーランドチェコ間が1万円、スペインポルトガル間が1.5万円といったところ。しかも、時間はこちらはなんと22時間!時間で割れば1番安い。この計算方法は違和感があるが、距離的にもおそらく一番遠い。距離で割るなら納得が行く。日本の夜行列車に乗った事が無く、昔からの憧れだったので非常に楽しみだ。

宿も新潟、北海道は3,4千円で取れる事が判明。普通に欧州ドミトリーより安いじゃねぇか。日本の物価高いで神話は一刻も早く払拭しないといけない。宿泊3千円、朝飯おにぎり100円、昼飯牛丼300円、晩飯ラーメン800円で飲み物付けても5000円あれば生活出来る訳で。これはなかなかのレベルですよ。流石にアジア、南米には敵わないが、物価が安いと言われる東欧でも難しい。この物価イメージの最大のネックがまさに言語にあり、僕は東欧のほんまに安いやり方が分からない。外人には牛丼屋の入り方、注文の仕方が分からない。分からないなら教えてあげようよと。そういう事です、僕が言ってきた事は。けど、幾ら東欧に安いレストランがあっても、2.5ユーロできちんと飯が食える店は無いと思う。良いか悪いか、凄い価格設定だと。

で、明日出発の24日帰宅予定。色々せなあかんことをしながら、11泊12日の旅をする訳だ。うーん、何かワクワクしてきた。ちなみに、前半の東京の予定はもしかしたら止める可能性もあり、そして何の準備もしていないこともあり、相変わらず直前にならないと焦らない自分もおり、まぁ何とかなるわと高をくくる自分が支配的であり、そんなこんなで何してんの?と思われるかもしれませんが、これはこれで結構計画通りなんですわ。思ったより時間が無いことにビビってますが。貧乏暇なしとはよく言ったもんで、金がなくなればなくなるほど忙しくなる人体の不思議展。とりあえず、世界一周の二次会的なノリにワクワクしとります。


iPhoneからの投稿
遂に61日間世界一周の旅も最終日。だが、全くと言っていいほど感慨にふけらない、いつもの朝。違う事と言えば、朝マックを食べた事、散歩した事。朝マックが8ドルとべらぼうに高い。普段コンビニパンにしといて良かった。

行きも2.5ドルの市バスで来たが、ネット情報では、市バスでは大きな荷物は拒否される可能性があるので、30ドルのタクシーか12ドルの乗合バンに乗るのが無難とあった。行きも市バスなので、何とかなると思ってたが、一応ホテルの人に空港までの良い手段は無いかと聞くと、一言、(市バスに)try it!ここ、オハナワイキキマリアは評判通りのとても親切で良いホテルだったので、この応対もだいぶ気を遣っての事。本音は、しょうもない事心配してないで、やっちゃえよ!てな感じだろう。

try itした僕は難無く市バスに乗車。やはり、情報はあくまで情報でしか無いと改めて思う。ネットはおろか、高名な地球の歩き方ですら、間違った情報や、全然美味しくないレストランを平気で紹介してる事が間々ある。いや、そもそも、極めて主観的な個人の感性に対し、客観的なモノ、つまり情報から満足させようというのが飛躍した考えなのかもしれない。いずれにせよ、情報は情報、いざやってみないと分からないと言うスタンスは今後とも忘れずに居たい。そうする事で、失敗しても人のせいにしなくなる。それを選択した自分が悪いと素直に受け入れられる。

また、インド等の交渉での節約が嫌だと書いたが、僕はこのタクシーを避け、市バスに乗る節約が好きで、非常に効果的だと思っている。例えば、今回、往復で実に60ドル近く浮いた事になる。カンボジアの宿はドミトリー2ドル、シングル10ドル。5倍の価格差はかなりでかいが、絶対値で8ドルだから、約一週間分。一週間シングルルームと言う、自分のペースで過ごせる空間を得られるんだから、僕の感覚では明らかにこちらの方が有意義な金の使い方だと自負している訳だ。アジアでの数十円、数百円レベルの贅沢も、欧米のバスやメトロ利用ですぐにカバー出来る。インド、カンボジア、ペルーといった公共交通が発達してない地域を除き、結局タイの初日以外タクシーを使わなかった。

機内では、トイストーリー3を見た。実は、このトイストーリー3、機内では実に三度目になる。前の二回は英語版だったが、正直英語についていけず、見るのに、もとい聞くのに疲れて30分程で寝てしまった。今回は唐沢寿明バージョン。じっくり見ました。

ピクサームービーらしいとても分かりやすくて良い映画でした。

僕は細かい心理描写の邦画が好きなんだが、良い事を恥ずかしげもなく良いだろ?と見せつけるディズニーアニメもまた、好きなのだ。似たような感覚で、キムタクドラマも好きだ。毎回、完全に正義で男前で、違いは職業くらいなんだが、このストーリーも読める痛快さを無性に欲する時がある。だって、邦画って、本気で観てたら、ストーリーや登場人物の複雑さと僕の脳内妄想が重なり合って、気が狂いそうになる時があるから(笑)息抜きに単純明快ストーリーもいいもんだ。

その後深夜特急6巻を読み、海外進出してるラーメン屋のテレビを見て、頭が混乱する。

沢木耕太郎は、異国の事は分からない、分かってる事は何にも分からない事だ、と言う。同意。

一方、ラーメン屋の店長は、シンガポールの人は薄めで柔らか麺が好みだと言った。僕はこの店長は、実際の経験に基づいてこの回答を得た訳で、知ったかぶりとは思えない。実際に、日本とは違う味に改良し、それで成功してる訳だから。

つまり、分からないのは分からないんだが、分からないと言って終わらせるのでは分かりようがない。僕の中で禅問答が続く。そのうち、分かるという単語の意味さえ分からなくなる。

ひとしきり考えて、いよいよ気圧の関係か、頭がパンクするぜ!となった段で、やはり自分のモットーに立ち返る事にした。つまり、バランスだ。僕は一方に偏るのが恐いし嫌いだ。究極はど真ん中のでくのぼう。

異国の理解についても、分からないかもしれないし、分かるかもしれない。旅行者では分からないというのは一つの結論だが、何年か住めば分かる事も沢山あるだろう。畢竟、どちらが正解かを追う事に別にたいした意味は無く、どちらも正解、どちらも間違い。ど真ん中に居れば、正誤なんて問う必要はない。分かったふりして偉そうに語るのもかっこ悪いし、分からへんもんは分からへんねんと開き直るのもかっこ悪い。分かる努力をしつつ、限界を意識する。やっぱ、バランスが最も大切だとしみじみ思う。

深夜特急6巻の対談は井上陽水と。かなり宇宙的な内容で、一部訳が分からない。その中で、興味を持つ人ってバランス感覚無い人なんだよね~と二人。訳の分からん二人だからまぁいっかと思う一方、訳の分からん二人だからこそ、認めてもらいたいとも思う。確かにバランスを失ってる人は魅力的だ。だが、そこは僕の目指す処では無いし、目指しても上には上が居まくる事を充分把握してる。こうなったら、徹底的にど真ん中に行くしかねぇ。ストライクゾーンも、完全なるど真ん中って、案外投げ込められないもの。そこ目指すしかねえ!と、井上陽水と沢木耕太郎から決意を新たにする。

結局今回の旅で初めて機内で寝なかった。一時間のフライトでも寝てたが。興奮冷めやらぬ、というよりは、単に1時から9時間フライトで寝る時間で無かったからだと思われる。

関空着いて、家帰って終了。なんか、普通に東京から戻ってきたみたい。なんら変化は無いが、唯一の変化はいつも喋り倒してるおかんと聞き流す僕という構図が正反対になり、旅の話をしまくっていた。話す事が山ほどある経験ってなかなか無い。特に、僕はあまり話さないタイプなので。

なんかドッと疲れた。徐々に日本ペースに切り換えていきます。とりあえず今は何も考えたく無い…

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二ヶ月伸ばした髭、髪の毛。帰宅後、早速髭を剃り落とす。特に鼻の下の田代まさし髭が口に入ってきたりして気持ち悪かった。

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最後の飛行機。

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機内では、くるりニューアルバムが全曲聴ける。らしいんだが、なんでこの写真やねんと思った。すげぇらしいんだが。

iPhoneからの投稿
昨日とほぼ同内容の一日だったが、事件が発生。Twitterには書いたが、朝いつものようにバルコニーに出て朝の風景見ながらネットする。ドアを閉めるとカチャっとなる。ドア、ロックされる。バルコニーと言っても一畳くらいのスペース。確かにドアには自動的に鍵がかかる時があるのでご注意下さいと書いてある。いや、注意書きは知ってたが、それは根本的に直せよと。ましてや僕の部屋は14階。泥棒もここまで登る能力あれば、他の事して大儲け出来るでしょ、と。

まぁ、文句言っててもしゃあない。隣を見ると、ぶっちゃけ渡れなくは無い。いっそ、隣のバルコニーに行こうかとも思うが、ミスったら即死、うまく行っても間違い無く変態扱い。弁解に相当な苦労が予想されるので却下。仕方ない、携帯はあるからホテルに電話しようと電話する。

トラブル対応はもう随分慣れてしまったので、全然焦りは無かった。電話もリアクションが無かったからちょっと不安になったが、OK、すぐ行くよ!との事。五分ほど待ってると到着。ホテルの人と警察かガードマンかの人の二人がかりでマヌケオジサンを救出。救出と言ってもロック解除だけですが。

とりあえず、バルコニーのドアには紙をかましておく事にした。

ついでに今日までだったホテルを一日延長し、航空便を明後日から明日に変更。ほんまは今日にして、ちょうど60日間世界一周!としたかったが、満席で61日間になった。ま、9月10月なので、ぴったり二ヶ月という事で。

後は、海行って本読んで終わりですが、相変わらずダラダラ書かせて頂きます。まず、寂しい話から。ワイハーは今まで訪れた中で、そしておそらく世界一日本人が居る海外だが、結局一人も友達になれずに過ごしました。いやー、これって東京とか大都会でも言えて、人が多ければ多いほど声かけにくいんすよねー。ワイハーで声かけたら間違い無くナンパ(男性グループは見かけなかった。見る気が無いという説もあるが)。ペルーだと同郷のよしみ。この違いは分かるようで分かりにくい。また、ワイハーを一人で来る人ってかなり少数で一人旅っぽい人も一切見かけず。複数名の中に割って入るのって気を遣うし。

ま、この話は別にどうでもよくて、次に深夜特急について。昨日一巻、今日三巻を読んだ(ブックオフに売ってたのが1,3,6だった)。インドを中心とした話。僕は4日間しか居なかったので、ヒンドゥーの聖地バラナシにも行ってない。それでも、共感する所もあり、しない所もあった。インドの街の風景に対する複雑な心境、電車の無秩序と秩序の交錯した、訳のわからん状態。懐かしくなった。沢木耕太郎はインド人との交渉を楽しんでいたようだが、僕は正直面倒臭くて嫌だった。まず、相手が金の事しか考えてないのがありありとしてて、僕は交渉事は敬意を持った関係同士でやりたいと思ってるので、お互い敬意ゼロの関係性が嫌だった事、また、けちっても5ルピー、約150円といった世界で、150円の為に30分交渉するなら費用対効果の観点から金を払った方が良いと考えていた事。この辺が僕は旅人向きじゃないなと思った点でもある。そして、貧乏旅行自慢、いかに安くあげたかを誇らしげに語る旅行者を全然評価しなかった点でもある。

沢木耕太郎がやはり凄いなと思ったのは、この三巻の巻末の対談で、旅行者はあくまで旅行者だから、現地の生活など表面的にしか知り得ないので、あたかも偉そうに知ったかぶって話したくないと言っていた事。僕は二ヶ月の、世界一周界で言う小旅行者なので、ブログでは感じるままに書いたが、そもそも本当の所は知る由も無いのは充分理解しているつもりだ。でも、長期旅行者(※なお、僕の長期の概念は一年以上を指す)に限って、あたかも全て見ましたと言わんばかりに語り出す。これが僕もとても嫌だった。昨日も書いたが、現地の生活を知るには現地で収入を得て、住居を得て、ご飯食って初めて知り得る。旅行者はあくまで旅行者に過ぎないのだ。例えば長距離バスを乗り継いで色んな土地を巡ったとして、確かに20時間バスに乗るとか大変だが、旅行者がしてる事は簡単に言えば金を払って席に座るだけ。本当に凄いのは、その金でバスを目的地に運ぶ運転手だ。旅行者は所詮お金で買ってる消費者に過ぎないのであって、何度も訴えてきたが、やはり凄いのは働いている人達だ。沢木耕太郎はこの点をきちんとわきまえていて、これはこれで凄い事だと思った。何故なら、沢木耕太郎のような一年以上の長期旅行者の中で沢木耕太郎のような考え方を持ってる人に会った事が無いからだ。

当初最後の締めはのんびりしたいとしてワイハーを選択した。その希望は充分以上果たしてくれたが、それ以上に今までの締めに相応しい気付きを与えてくれた。

何度も言ってるし、ハワイに来た事ある皆さんはご承知の通り、ハワイは日本語が浸透している。これこそ、まさに僕が旅の中で常に訴えてた理想型だ。

ハワイはアメリカ人のリゾートでもあるが、アメリカ人にはマイアミやメキシコのカンクン、更にはカリブ海があり、NYなんかだとそっちの方が断然近い。事実を知らないけど、おそらくハワイに来るアメリカ人は西海岸の人がメインでは無かろうか。そして、アメリカ人以上に日本人が来やすい立地。そこで、ハワイの人達は過去の歴史など置いといて、日本人からお金を頂く事に徹した。その結果が、街の至る所に見受けられる日本語であり、観光業のほとんどの人達が簡単な日本語を話せる事にある。今回、ここでも沢山の中国団体を見かけた。そのうち、中国語も増えるかもしれない。これぞ、まさに今後の日本の目指す方向だ。

別に、英語に媚びろと言ってる訳ではない。単に、標記を英語も併記して、観光業の人達は簡単な英語を話せるようになればいいだけの話。カンボジアの時に書いたが、カンボジアでは小さな子供達が日本語を使ってモノを売ろうとする。カンボジアの子供に出来て日本人の大の大人に出来ない訳が無い。今まで必要がなかっただけ。必要あれば、死に物狂いで話すようになる。

今回の旅で僕は初めて英語圏以外の国々を訪れた。とは言っても、現地語で使ったのはありがとうとこんにちはくらい、スペイン語圏は二週間ほど居たが、ようやっと1から5までの数字を覚えた程度。ポーランド、チェコ、ハンガリーの東欧圏に至っては、各国の言語があり、もう訳分からんので英語しか話してない。多分、こんな僕のような旅行者が最低ラインだろう。

つまり、日本に来たロシア人がロシア語でしか話さない訳は無く、おそらくは下手くそでも英語で伝えて来る。だから、こっちも下手くそな英語で応戦してあげる必要がある。兎に角、英語と表情とジェスチャーがあれば、だいたいの意思は伝わるもんで、全然ハードルの高い話では無い。慣れだけ。

外国の事をさっぱり知らなかった時、僕はヨーロッパの人はみんな英語が話せると思っていた。でも、フランス人やイタリア人、スペイン人の英語は明らかに発音も汚いし、表現力も乏しい人が多い。日本人とそれほどの差は無い。日本人でも綺麗な英語を話す人が沢山居るのと同様で。自分の下手くそさなんて、別にたいした事じゃないし、却ってアジア人の風貌だから、下手で当り前と開き直って良いくらいだ。

最後なので自分の安らぎのために選んだ土地だったが、今までの振り返りもゆっくり出来たし、それに基づいた目で見たハワイは学生時代ホノルルマラソンの為に来た時の視点とは全く異なるモノであった。いずれにせよ、ハワイは南国の楽園をあらゆる角度から演出しており、本当に理想的な観光地である。理想というのは、観光客もそうだが、観光業として、という意味で。

そして、ラストディナーは少しええとこ行こうかと思ったが、べらぼうに高い。うーんと悩んでいると小倉智昭の店と書かれているラーメン屋を発見。小倉智昭に別に思い入れは無いが、ふと考えると小倉智昭と言えば、今でこそトクダネだが、昔、なるほどTHEワールドのナレーションをしていたな。きんきんとクスダエリコ司会で。まさに、なるほどTHEワールドして来た訳だから、適任では無いか!という事で、入店。20ドル近くするテールラーメンセットを注文。ま、それでも他の良いレストランに比べれば安いもんで、かなり美味しかった。

明日、関空行きに乗り、日付変更線跨いで明後日関空に着きます。そして、今度はいよいよ次の仕事の準備開始。まずは家探しから。家探し、すげぇ好きなんすよ。東京で何回も経験したが、家探して下見に行くの、すげぇおもろい。引っ越しは面倒で嫌いですが。

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ワイキキビーチのサンセットを見ながら、くるりのさよならアメリカを聴きながら、今までの旅とこれからについて、想いを馳せる。さよならアメリカは、「ろくでなしアメリカの手のひらで泳ぎ疲れたよ」から始まるので、まるで反米ソングかと思いがちだが、むしろ新しい、これからの日本を歌った応援歌で、まさにこれから頑張ろうと気持ちを奮い立たせるには最適の名曲。

iPhoneからの投稿
今回の旅で初めて、ほんまに何にもしない日を満喫する一日だった。朝から海に出て、海に入っては上がってきて深夜特急を読み、また入っては上がる。昼近くなり、ABCストアでざるそばとおにぎりを買い、部屋で寛ぎながら食す。明日のフライトキャンセル待ちを確認し、やっぱりダメで、また海に行き、入水と読書を繰り返す。海に行く前、外を見るととても綺麗な虹が掛かっている。

何にもしないのはやはり勿体無い思いが募るものの、それはそれで何かハワイらしい過ごし方で楽しんだ。

とりあえず深夜特急の一巻を読み終える。香港マカオは行った事が無いが、特にマカオはポルトガル領だったため、何となく親近感と言うか、風景が見える感じがした。

沢木氏に憧れて旅に出た訳ではなかったが、憧れて旅をしてる旅行者の気持ちは分からなくもない。ただ、やはり僕の目的と氏の目的には大きな違いがある。多分、氏の目的こそ、本来的な若者の一人旅なのだろう。でも、旅に本来的とか邪道とか論じる方がバカバカしいし、僕は僕なりのやり方で旅を楽しんできたし、氏は氏のやり方で楽しんでいる様子が伺い知れるので、別にどっちが良いとかはどうでもいい事だ。面白かったと言えたらそれで良い。

マカオでギャンブルに嵌るシーンがある(と言うか、ギャンブルの話が9割)が、僕は全然興味が無い。人間模様の描き方が面白いので、別に批判する訳ではないが、あ、楽しみ方が違うなと思った分かりやすい部分だった。

街歩きも、何も調べずにその地に入り、中心地を聞いてそこから宿探しや地図を得て、観光地ではなく、ぶらり気の向くままに街を歩くスタイル。僕はガイドブックなど持ってきたらそれだけで相当な荷物になるから流石に持って来なかったが、ネットでとりあえずの観光地や安い宿等を調べ、ほとんどの場合ネットの評価の良いところは事前に押さえた。これにはヨーロッパのホステルはすぐ予約で埋まるとの情報を得ていた為、その名残でどこの土地でも適用したという経緯もある。それ以上に、宿探しという時間の読めない作業を残す事で、行きたい処に行けなくなる可能性があるのが嫌だった。二度と無い事は無いが、滅多に無い機会を、宿探しで潰したく無かった。

僕も基本的には空港等で地図を得た。地図は旅人の命も同然で、これが無いと自分で歩けない。この点のみ同じだ。

街歩きも、僕は観光地を繋いで徒歩で行くかバス等を使うかを検討するのが好きだった。何となくここ行ってみようというのも少なからずあったが、むしろ自分の描いたコースをきちんと辿る方が何か達成感があった。目的地無くぶらつく事は、ワクワクするより、何か一種の不安感みたいなものに襲われる。こんなんでええのか?と。この辺りが、僕が旅人マインドを持っていないなと自覚する所だ。そして、存外計画好きだなと自覚した瞬間でもある。ちなみに、計画通りいくと達成感を得られるが、いかなくてもそれはそれでおもろかったなと思えるのが僕の都合の良さで、そこは愛すべき性格だと自賛している。

一巻の巻末に、対談が載っていて、これがまた興味深かった。

お相手も紀行文を書く作家のようで、その人は沢木氏より更に自由度の高い旅、即ち何にもしない日を繰り返していたようで、沢木氏が、貴方の旅は私には耐えきれない、私はすぐ次を目指したくなる、と仰っていた。おいおい、僕に言わせりゃ、氏の旅でも十分チンタラしてまっせ、と。ま、観光地を巡るか、ぶらり旅かでその辺りは別れるんだろう。

また、沢木氏がハワイは大好きだと言ってたのが、今まさにハワイのワイキキビーチで読んでいる僕には運命的な何かを感じざるを得なかった。少し趣向は違うが、ハワイで何もしないという方向性は概ね一致しており、最初、ハワイ来て暇だと思ってたが、これで良いような気がしてくる。また、沢木氏が沢木氏たる所以がまさにここにあって、沢木フリークの旅人との大きな、そして決定的な違いがここにあるような気がする。沢木的旅に憧れる人には、ハワイ大好きとは言えないだろう。何度も言うが、僕は深夜特急を読まずに来たし、今読んでいても面白いが全然志向が違うなと思ってるし、違って良いと開き直っている。先人の後をそのまま追うのでは、会社を辞めた意味が無い。沢木耕太郎と違う事に意味があるんだ、と。だから、全く別世界の紀行文として、深夜特急はとても面白い。相違点を感じたり、時に共通点を見たり。

僕はTwitterで、NYにはギャルが出現し、ワイハーには遂に中坊まで登場したといった内容のtweetをしたが、沢木氏は海外登竜門として、ハワイが最適だと仰っていた。なるほど、確かにいきなりバリバリのアメリカやインドなんかに行ったら、それこそ天地がひっくり返るような衝撃を受けるが、ハワイならほぼ日本だし、それなりに外人も居て、アメリカ的な雰囲気も味わえる。中高生くらいで一度ハワイに来といて、大学でアメリカまたはヨーロッパ、社会人でアジア南米というのはなかなか理想的な気もする。つまりはワイハーに中坊という構図は理にかなっていたのだ。

氏は26でユーラシア横断に出掛けたが、この26が絶妙だったと振り返っている。31だが、気持ちは良く分かる。大学生の貧乏旅行とは違い、社会の仕組みを知った上で見る風景は全然違う。氏は、若くしてやっちゃうとあらゆる事をいっぺんに経験するので、混乱するが、ある程度経験を積んだ上だと新しい経験も限定的なので余裕を持った対応が出来ると。確かにそう思う。学生時代は外人というだけで構えた。警戒してるようで油断だらけだった。社会人になり、海外出張もしたし、世の中を理解したので、トラブルも冷静に対処出来たし、危険予知能力も高まっていた。面白そうな処への直感も正しかったし、100%の信用はしなかったが、外人の性格もある程度分かってたので、どうなるか分からない状況でもそんなに慌てなかった。例えばNYの朝、バスのおっちゃんから空港行のバス乗り場まで乗せてあげると行ってバスに乗り込んだ時も、学生時代なら、ほんまに送ってくれるのかと不安な顔を浮かべてたと思うが、このおっちゃんは信用出来ると思ったし、ちゃんと送ってくれたらチップ渡したらなあかんなというところまで気が回った。この辺りは社会人経験の賜物だと思う。学生時代は間違ったとこで警戒して、間違ったとこで油断していた。

大学生で金が無いという理由でアジアに行く人は沢山居ると思うが、僕は正直あまりオススメしない。まさに沢木氏の対談にあるように、若いと間違った認識をしてしまう恐れがあるからだ。アジアでのやり取りを営業テクニックだと思ったら大間違い。あれは営業ではなく、販売。押し売りのテクニック。営業は目の前の利益を追うのも勿論必要だが、それ以上に長期的に関係を維持出来る手段、よく言うWinWinの関係を構築する為の方策を練らないといけない。相手のメリットを考えないといけない。アジアの、いわゆる学生が目にする観光業は今日明日の飯の為に働いている人達なので、あれを参考にしてしまうととんでもない誤解をしてしまう。お客とどっちが得したかを争ってはいけない。

一方で、沢木氏は26歳より早くても遅くてもダメだと言ってたが、まぁ、氏の時代からだいぶ経つし、5年プラスして丁度釣り合うくらいやろと勝手に解釈する。

という事で、今日は出来事だけを日記にするなら、海入って読書して終了。たった10文字の一日をこんだけダラダラごちゃごちゃ書ける僕はなかなか面白い奴だと思う。

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ホテルのバルコニーから虹が覗いていた。向かいのホテルに隠れているようで、何とも可愛らしく思った。

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