国民不在の「チキンレース」全内幕 (週刊現代)

ゲゲゲの民主党政権
小沢は死ぬ菅と仙谷も死ぬ民主党は分裂、解体へ

これでいいのかもしれない

菅か、仙谷か、小沢か―。延々と繰り返される民主党の内紛に、みんな飽き飽きしている。旧い1年が終わりを告げ、新しい年が始まる。脱力感だけが漂うコップの中の争いは、もう見たくない。
「菅はクラゲ、骨がない」
迷走する民主党政権に、国民がひたすら付き合わされた2010年が終わり、さらなる激震を予想させる2011年が始まる。
日本の一般家庭では、1年の終わりに「煤(すす)払い」(大掃除)をして溜まった穢(けが)れを払い、元旦には玄関を清めて門松を立て、新たな「福」が到来するのを待つ。
だが、永田町に鬱積した政界の〝煤〟は、そう簡単には払いきれない。
混迷の渦中にいる面々にしてみれば、行く年・来る年を寿(ことほ)ぐ気持ちには、さらさら、なれないようだ。
「こんなんで年を越したらなあ、どうなるのか……」
苦痛の表情でそう漏らしているのは、仙谷由人官房長官である。
仙谷氏の悩みのタネは、いうまでもなく小沢一郎元幹事長だ。政治倫理審査会(政倫審)への出席を拒否し、菅政権と現在の民主党執行部への対決姿勢を露(あらわ)にする小沢氏への対応に、さすがの「大官房長官」も疲れ果てている。

疲労が蓄積し、気も短くなった。怒りの矛先は、報道陣へと向かう。
「年末年始に地元に帰る?そんなことできるわけないだろう! またアンタらマスコミに書かれるだろうが。(自分は)何をしても書かれる。息をしても、鼻をこすっても書かれるんだ」
菅政権を裏で牛耳ってきた仙谷氏の「限界」がそろそろ見えてきたのかもしれない。12月10日、仙谷氏はBS朝日の番組『激論!クロスファイア』の収録に参加した際にも、〝事件〟を起こしている。
収録開始にあたり、スタジオに入ってきた仙谷氏に対し、テレビカメラが肉薄。舐(な)めるようにしてその表情を撮影しようとした。すると、仙谷氏はいきなりブチ切れたのだ。
「失礼じゃないか!!」
番組のMC(司会)は田原総一朗氏で、解説者が朝日新聞の星浩編集委員。名だたるジャーナリストとして知られる二人だが、彼らの顔を蒼ざめさせるほど、仙谷氏のキレ方は凄まじかった。
「あのカメラはなんだ! ふざけるな! 他には出演しないのに、田原さんの番組だから来たんだぞ!」
結局、その場は星氏が「調子に乗っちゃダメ」などと番組スタッフを叱ることで事を収めたが、田原氏も仙谷氏の異変を感じたのだろう。「長官はどれくらい寝ていますか」と、体調を気遣う有り様だった。
政権の要の官房長官が、こんなアップアップなのだから、「自分で何もできない」菅直人首相など、もはや言わずもがなである。

新年早々、菅首相には、いきなり鬼門が待ち構えている。24人立てた党の候補が6人しか当選しなかった茨城県議選などの結果を受け、「いますぐ辞めろ」と地方議員に吊るし上げられるであろう1月13日の党大会。それを乗り切っても、仙谷氏らの問責により、審議がストップして立ち行かなくなる、通常国会……。
菅首相は、この窮地を自民党など野党との「大連立」で乗り切ろうとしている。だが、まったくどうにもならない。菅首相から直接、大連立への誘いを受けた野党幹部の一人は、こう吐き捨てている。
「菅さんとは電話で話した。『通常国会で協力してほしい』と言われたので、『ウチと組んだって、参院のねじれは解消しないでしょ。互いに何のメリットもない』と言ったら、『衆院で3分の2(の採決)ができるじゃないか』と言うんだ。心底、ガッカリしたね。政策のためでも、日本の将来に対する強い思いがあるわけでもなく、単に政権維持のための数合わせか、と」
この野党幹部が、「組む、組む、というが、じゃあ消費税を旗印に大連立を呼びかければいいじゃないか」と首相に指摘したところ、
「いや、消費税は参院選の時にあれだけ批判を浴びちゃったから、いまは……」
と、口を濁したという。
「呆れ果てた。彼は本当に、信念も骨もない、クラゲのような人間だ」(同幹部)

野党に対して節操のない誘惑をする前に、そもそも菅首相には、問責決議が出ている仙谷氏のクビを切る、という選択肢がある。しかし、首相にはその決断もつかない。

「仙谷官房長官のクビを切ると、同氏の影響下にある前原誠司外相、野田佳彦財務相、蓮舫行政刷新相らの閣僚が、一緒に内閣から引き上げる可能性もあります。つまり、仙谷一派を敵に回すことになりかねない。果たして、菅首相にそんな思い切った決断ができるのか」(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)
何より当の仙谷氏自身が、周囲に対して「辞める気などまったくない」と公言している。民主党の参院幹部が「仙谷氏は辞任すべきだ」と発言し、それを報道陣が会見でぶつけた際、仙谷氏は「私に直接、そんなことを言ってきた人間はいない。誰が言ってるんですか?」などと開き直った。
仙谷氏が「裸の王様になっている」と、見かねた中堅議員の一人は、直接仙谷氏と話をしようとアポを入れたという。しかし、音沙汰無し。数日経ってから、いきなり仙谷氏から連絡が入ったかと思うと、
「いったい何の用だ。いま、瑣末(さまつ)な話をしているヒマはオレにはない」
などと一方的に通告され、電話は切れたという。

結局、菅首相は仙谷氏の首に鈴をつけることもできず、右往左往しているだけだ。こんな優柔不断で無責任な人間が首相でいる限り、民主党には一切、協力しない。あんなブレまくるウソつきの人間と組むことはあり得ない―。それはすっかり、野党の間でも共通認識となっている。いくら菅首相がもがいても、国会運営は正常化しないし、予算案の審議すら、まともにできはしないのだ。
岡田は相手にされていない
こうして完全に袋小路に入り込んだ菅・仙谷政権に対し、復権を目指して一大攻勢をかけているのが、小沢一郎氏とその一派である。
菅・仙谷サイドは、「政治とカネ」の問題を抱える小沢氏を、政倫審に引きずり出してスケープゴートにすることで、政権の浮揚を図っている。


だが、当然、それをいちばん分かっている小沢氏が、国会招致に応じる気配はない。
小沢支持グループの民主党・川内博史前国交委員長も、本誌にこう語る。
「菅首相や岡田克也幹事長らは、小沢さんをあくまで政倫審に出席させようとしていますが、小沢さんは1月以降、刑事被告人となる身です。政倫審や証人喚問に引っ張り出そうとしても、議院証言法により、裁判に関わる証言は拒否できる。野党と交渉して国会の正常化をするというなら、問責が出ている仙谷官房長官や馬淵澄夫国交相の更迭が先ではないのか」
民主党執行部は、小沢氏の説得を岡田克也幹事長に「一任」した。しかし、岡田氏にとって小沢氏との対峙はあまりに荷が重すぎる。小沢氏は、11月に国会内で岡田氏と面談した際、こんなやり取りで、後輩幹事長をあしらっている。
小沢 「岡田君、大変だね。キミはいくつになった?」
岡田 「はっ。57歳です」
小沢 「そうかあ。オレも47歳で自民党幹事長になって、だいぶ苦労したんだよ」
小沢氏は、政倫審開催に躍起になる岡田氏のことを、「かわいそうだなあ。アイツは、仙谷に騙(だま)されているんだ」などと憐(あわ)れんでいたという。小沢氏にしてみれば、岡田氏など政界入りした際から面倒を見ている、はるかに格下の〝木っ端議員〟に過ぎない。小沢氏側近の一人は、
「岡田は完全に暴走している。いま働かなけりゃ、自分の政治家生命が終わるとでも思って、焦っているんだろう。でも、仮に政倫審開催を議決したとして、それでも小沢氏が『出ない』と言ったら、その後はどうするつもりなんだ。何の展望もない(笑)」
と嘲笑った。


小沢応援団の気勢は、上がる一方だ。民主党内では、「真の挙党体制を構築するために両院議員総会の招集を要請します」と題された、〝血判状〟までが出回った。
〈小沢一郎元代表の政治倫理審査会出席問題をめぐって、党内で意見対立が起こっています。……茨城県議選の結果を見ても明らかなように、私たちは今こそ、国民のみなさんの圧倒的な期待を受けた政権交代の原点に戻らなければなりません。……真の挙党体制を構築するため、両院議員総会の速やかな招集を要請いたします〉
文中にある「政権交代の原点に戻れ」とは、小沢氏が常日頃、主張しているものだ。そして「真の挙党体制」とは、「小沢氏とその支持派を、政権に参加させろ」ということ。それに応じないなら、全議員が集結する両院議員総会で、お前らを吊るし上げるぞ、と威嚇しているわけだ。
「この文書に署名した議員は、わずか2日で140名以上に上っています。地元に戻っていて、帰京したら署名するという議員を入れれば、すぐに200名に達する。両院議員総会は、党所属の全国会議員の3分の1(約140名)の賛成があれば開催できます。つまり、これで勝負は決まったということです」(小沢氏支持の若手代議士)
気分は赤穂浪士の討ち入り
こうなれば、いつでも菅・仙谷など、ひねり潰すことができる。後はタイミングだ……。そう考えたのだろう。小沢氏側近の輿石東(こしいしあずま)参院議員会長は、逸(はや)って昂ぶる小沢派議員たちに対し、逆に「まだ早まるな」と釘を刺している。

「いったん火がついたら、山本リンダの歌じゃないが、『もうどうにもとまらない』となる。だから、署名集めは自重しておけ、と言った。いざとなったら、(菅内閣に送り込んでいる小沢派の副大臣・政務官を)引き上げさせる、という手もある。そうなれば、菅政権はおしまいだ。いまさら慌てる必要はない」
シンパの議員らが血判状集めに奔走する中、当の小沢氏は、両院議員総会を招集する権限を持つ、中野寛成・民主党両院議員総会長と懇親を深めていた。

12月13日夜、小沢氏は中野氏や、川端達夫前文科相ら、旧民社党系の議員とともに、都内のカラオケ店にいた。小沢氏は、自身の地元にちなんだ名曲『北上夜曲』など、好みの曲を立て続けに歌って、機嫌よさげだったという。
さらにその翌14日、小沢氏が世田谷の自邸に戻ると、「サプライズ」も待っていた。同氏に心酔する1年生議員の集団「北辰会」のメンバーが、寿司や餃子、フライドチキンなどの料理を持ち寄って小沢邸に集まって、「小沢さん、政倫審に出ないでください!」と、激励したのだ。
「いまの日本には、小沢さんみたいな名医〝ブラック・ジャック〟が必要なんです。われわれが励ますと、小沢さんは『このままじゃお国が危ないから、皆で頑張ろう』と話して、気力が漲(みなぎ)っている様子でした」(会に参加した新人議員)

別の参加者によれば、小沢氏は席上、
「現政権が続けば、民主党政権は次の総選挙で終わりになる。それを打開するためには思い切った政策が必要だが、菅にはそれができはしない」
とも語ったという。
さらに別の参加者は、「今日は12月14日だ」と、意味ありげに語った。
旧暦で12月14日は、かの赤穂浪士が、旧主・浅野内匠頭の仇を討つべく、江戸・本所の吉良上野介邸に討ち入りを敢行した日だ。意気上がる小沢派議員にすれば、菅・仙谷コンビに対して一矢を報いようとする小沢氏と自分たちを、大石内蔵助と赤穂四十七士に見立てたのかもしれない。
ただ―。彼らは肝心な部分を忘れてはいないか。赤穂浪士は見事に仇討ちを果たしたが、その壮挙の代償として、幕府から切腹を命じられた。吉良上野介を討ち果たしたはいいが、自分たちも命を失ったのだ。
「喧嘩は両成敗」

これが、いつの時代も世の常識なのである。
実際、国会運営に行き詰まって菅政権や民主党現執行部が窮地に陥る一方で、小沢氏のほうも、実態としては政治生命の崖っぷちに立たされている。
「仙谷氏は周辺に、『これは小沢との最終戦争だ』と言い放っている。彼の考えは、内閣改造もせず、もちろん自分も留任したまま、〝中央突破〟を図るのが基本だ。そして、国会招致に応じない小沢氏には離党勧告を出す。小沢氏は1月中旬には強制起訴されて刑事被告人になる。そうなってしまえば、小沢氏が離党して新党結成を画策しても、ついていく議員はせいぜい20人程度だろう」(官邸関係者)

小沢氏を追放しても野党の追及が止まない場合、仙谷氏は、官房長官の座を子飼いの枝野幸男幹事長代理や前原誠司外相に譲って院政を敷く。結果的に仙谷氏が政権を仕切る形を残す、というシナリオも想定しているという。
「西南戦争」が起きる
こうして、両院議員総会など各種恫喝にもかかわらず、菅・仙谷両氏が「小沢切り」を強行してきた場合、実は小沢氏のほうに、打つ手はほとんどない。
「小沢シンパは、大半が選挙に弱い新人と若手。破れかぶれでも何でも、菅・仙谷が解散総選挙に踏み切れば、小沢陣営は本人以外、ほとんど全滅する。だからこそ小沢氏は、会合のたびに『解散があるぞ。気をつけろ』と新人にハッパをかけているわけだ」(民主党ベテラン議員)

つまり、これは民主党内における、展望なきチキンレースなのだ。
菅・仙谷コンビは、「離党勧告」「除名」「解散総選挙」をチラつかせ、小沢氏が勝負から降りるよう、プレッシャーをかける。一方、小沢氏サイドは、「これ以上やるなら、党を分裂させ、お前らのクビを取る」と揺さぶりを続けている。
だが、世論の結論は極めてシンプルだ。20%程度に沈んだ内閣支持率が示すように、国民は「何もしない、何も決められない」菅政権が、これ以上、存続することは望んでいない。だからといって、政治とカネの問題を抱えたまま、それでも政界の〝黒幕〟として居座ろうとする小沢氏に対し、世論は菅政権と同等以上に厳しい。
絶壁はもう、目前に迫っている。だが、先にこのレースを降りたほうが政治生命を失うことが分かりきっているため、菅、仙谷、小沢の誰もが、容易に引き下がれない。このままいけば、結局は「政権崩壊」という奈落が待っているのは明らかだというのに……。

1年4ヵ月前、民主党は「平成の維新」を謳って、政権を奪取した。菅首相は自らを高杉晋作になぞらえ、小沢氏は尊敬する政治家として、明治維新の元勲・大久保利通や、西郷隆盛の名前を挙げている。
それは民主党議員の誰もが知っているが、ある中堅代議士は、こう呟(つぶや)いた。
「確かに、われわれは〝大政奉還〟は成し遂げた。でもまだ、〝戊辰戦争〟と〝西南戦争〟が起きていない。改革には流血が伴うものですが、その最終段階がまだ終わっていないんですよ」
明治維新の立て役者たちは、文明開化の果実をほとんど愉しむことなく、命を落とした。高杉しかり、大久保しかり、西郷しかり。

現在の民主党政権の幹部たちも、自ら改革者を標榜してはいるが、そうした〝覚悟〟はあったのだろうか。歴史は覚悟なき者たちに、その歯車を動かす役目を、決して与えはしない。
新年2011年は、干支で言えば「卯年」、つまり兎である。中国の古典『韓非子』には、兎にちなんだ「守株待兎」という逸話が記されている。
ある日、農夫の目の前で兎が木の切り株に頭をぶつけて死に、農夫は労なく獲物を得ることができた。そこで農夫は、それからじっと切り株の前で兎がぶつかるのを待っていたが、二度と同じことは起こらず、やがて畑は荒れ果て、周囲の笑いものになった。
この故事の裏には、「前にうまくいったからといって、古い概念や手法に囚われている者に、政治を任せてはいけない」という警告が秘められている。
「小沢外し」で一度喝采を浴びたのに味をしめ、自分たちの無為無策を棚上げし、相変わらず小沢氏を追放すれば何とかなると考えている菅・仙谷一派。他方、追い詰められるたびに「新党だ」などと騒ぎたて、いまだに「壊し屋」の悪名を捨てきれない小沢軍団……。
彼らのやっていることは、「守株待兎」そのものだ。


日本政治が名実ともに新たな時代を迎えるために、そんな人たちには、退場してもらわなければならない。