非力与野党の攻防


(THE JOURNAL 田中良紹 : 2010年11月28日) http://p.tl/VD9Q


 第176臨時国会が間もなく会期末を迎える。官房長官と国土交通大臣の問責決議案が参議院で可決された事で国会はこのまま閉幕する見通しである。メディアは問責決議案の可決で菅内閣は追い込まれたと言っているが、そうとばかりも言えないのが政治の世界である。「ねじれ」が起きて最初の国会は、政府与党も非力なら、攻める野党も非力である事を感じさせた。

 参議院選挙で民主党が大敗し「ねじれ」が起きた時、民主党が取るべき道は公明党と連立を組むか、自民党と大連立を組むかの二つしかなかった。それ以外の方法もない訳ではないが、その場合は途方もなく困難な政権運営を強いられる。ところが菅内閣は参議院選挙の前から「みんなの党との連立はありうる」などとボケた事を言って政治無知を露呈した。今でも参議院で過半数を持たない民主党が政権運営に必要なのは、自民か公明との連立である。そしてそれが現在の政局の基本的枠組みである。

 最近の菅内閣の言動を見ているとさすがに「みんなの党」とは言わなくなり、自民か公明との連立を念頭に置いている事が感じられる。3年前の大連立騒ぎの時、「民主主義に反する」と言って騒いだ連中が大連立まで念頭に置くようになったのだから笑ってしまう。その事を前回原稿にした。

 しかし連立で頭を下げるのは与党の方である。3年前の大連立は民主党に有利だったが、今回はその逆になる。そう考えると優先すべきは自民党との大連立ではなく公明党との連立である。それが達成できれば来年度予算も成立させる事が出来、3年後の選挙まで政権は安泰になる。これから民主党は公明党との連立に障害になる要素を全力をあげて取り除いていかなければならない。

 政治は国民の生活を守る事が第一である。従ってこの臨時国会の最大課題は補正予算案の成立だった。どういう方法で成立させるのかを見ていると、菅内閣は予算案の議論をさせないようにし、取引材料を差し出して切り抜けようとした。昔ながらの国対政治的手法である。国会を召集しても予算案を示さず、ひたすら小沢元幹事長の国会喚問を与党に言わせて、それを取引材料にしようとしたのである。

 ところが尖閣問題が発生し、その処理の不手際で、野党は小沢問題だけでなく尖閣問題も攻撃の材料にした。さらに柳田法務大臣の発言がこれに加わる。国民には野党が攻勢をかけ続け、与党は追い込まれているように見えただろうが、問題が拡散すればするほど与党にとっても取引材料が増える。あながち与党に不利とも言えないのである。

 取引のカードは最後の最後まで切らないのが常道である。国民や野党の怒りを極限にまで高めたところで切らないとカードの効果は薄くなる。その意味で柳田法務大臣の更迭は拙劣なものだった。柳田氏は歴代法務大臣がやってきた事を自慢げに暴露した事で批判された。自慢げに言うのは阿呆だが、それを追及した自民党もまた阿呆である。自分が散々やってきた事を批判するのは自分が政権に戻る気がない事を示すだけだ。

 ところが政治未熟の総理は「補正予算成立のために」と言って柳田大臣を更迭した。これでは取引にも何にもならない。首を切る事が予算成立の条件になるところまでギリギリ引っ張っていかなければ逆効果になる。案の定、野党は続いて仙谷官房長官と馬渕国土交通大臣の首を要求し、補正予算の成立は逆に難しい流れになった。

 しかしこれは野党にとっても本音では困った事態であった。実は野党も最後まで予算を通さなくする事は出来ない。そんな事をすれば国民生活に支障が出て野党が厳しく批判される。「予算委員会の不思議」でも述べたが、この国の野党は予算を「人質」にとって他の何かを要求するのである。そちらが満たされれば予算は通る。他の何かが大臣や総理の首であったり、国会喚問の実現であったり、カネであったりするのである。

 菅内閣が仙谷、馬渕両氏の辞任に応じなければ補正予算は通らなくなり、非難の風向きが一転して野党に向かう可能性があった。与野党双方が困ったところにカミカゼが吹いた。北朝鮮の韓国攻撃で朝鮮半島に危機が訪れたのである。国家的危機が生ずれば国会で与野党がつまらぬ争いを続ける訳にはいかない。これを奇貨として自民党は補正予算の成立を優先させ、その後に問責決議案を提出する方向に舵を切る事が出来た。

 これでこの国会の使命は果たされた。本来は辞めさせる必要がなかったかもしれないが、柳田法務大臣一人の辞任で補正予算は成立した。国会が閉幕すれば、野党自民党に活躍の場はなくなる。一方の政府は様々な場面でパフォーマンスを見せる事が出来る。来年の通常国会が始まるまでは自前の予算案のピーアールに務める事になる。予算案が国民にとって魅力的なものであれば、野党がこれを通さなくする事は難しくなる。
 
 問責された二人の大臣の処遇だが、野党自民党は両大臣が出席する委員会審議に応じないとしているから、通常国会は冒頭から荒れ模様になる。むしろ菅内閣は荒れ模様にさせようとしている、いつまで審議拒否を貫けるか、与野党の我慢比べになる。野党の強硬姿勢の度合いを見ながら菅内閣は公明党との連立実現に全力をあげるだろう。その時、公明党が何を連立の条件とするかが問題である。

 一方、これを阻止するためには自民党も強硬姿勢一本槍にはなれない。公明党との共同歩調が必要になる。以前に紹介した「足し算、引き算」の単純な数学ではなく、「微分、積分」の高等数学が必要な政局だ。今国会を見る限り、攻める自民党は口角泡を飛ばしてののしるだけの単純さ、守る菅内閣ももごもごした印象を与えるだけであったから、高等数学の政局に対応できるかが不安である。

 ともかく公明党との連立工作がうまくいかないと、菅内閣は3月に存亡の危機にさらされる。「首をころころ変えてはならない」の一点で代表選挙に勝利した菅総理だが、民主党は大臣をはじめ総理の首までころころ変えなければならなくなる。自民党が安倍政権以降、1年ごとに総理の首を変えて選挙を引き延ばしたように、民主党も3年後の選挙まで首を変えながら凌ぐしかなくなる。