普天間、尖閣、八ツ場ダム、公務員人件費、為替、経済。
――民主党政策の「千鳥足」が危険水域だが、なにより問題は、国のトップとしての覚悟と政策の基本理念がないこと。
森永卓郎
(SAFETY JAPAN 2010年 11月16日) http://p.tl/nofc
■問題は「政治とカネ」ではない
10月24日投開票の衆院北海道5区補選で、自民党の重鎮、町村信孝氏が比例北海道ブロック選出議員の立場を捨て、いったん議員辞職して立候補し、民主党新人の中前茂之氏を3万票差で破った。
この事態について、民主党では「政治とカネ」の問題が尾を引いたという総括がなされているが、私は全くの見当違いだと思う。
言ってみれば、当初民主党が掲げていた新しい形の政策が次々に掛け声倒れに終わり、「結局なにもできてない」現状が、国民の民主党政権への不信感を強めているのだ。
とりわけ、最近の経済の失速状態が非常に大きく効いている。
たとえば今回の補選が行われた北海道地区は特にひどい状況に陥っており、明らかに今回の選挙結果に大きな影を落としている。
■失速する景気をどう立て直すのか
10月に開幕した臨時国会。菅総理が所信表明演説で一番重点を置いたのは「経済」だった。
当然だと思う。
現在、日本経済が二番底に向かいかねない「正念場」に立たされているのは、誰の目にも明白だからだ。
実際、景気の先行バロメーターである鉱工業生産指数は、9月で、前月比1.9%低下の92.5となり、4カ月連続の低下となっている。
また、10月の生産予測指数は前月比3.6%低下となっており、5ヶ月連続の生産減となる可能性が高い。
政府もようやく月例経済報告で、それまでの「回復基調」にあるという見方を修正して、踊り場であることを認めた。
リーマンショックで一度大きく落ち込んだ景気が自律回復してきたのが、いま横ばい状態になっているというのは間違いない事実である。
■一見きれいに見える景気対策も、新味はゼロ
菅総理は、176国会の所信表明演説で「3段階に分けて景気対策を講じる」とした。
第1段階は円高、デフレ対策。
これはすでに為替介入を実施したし、今後も急激な変動が起これば「断固たる措置を執る」としている。
第2段階は、補正予算編成を含む緊急経済対策だ。これには以下の5つの柱がある。
●雇用・人材育成
●新成長戦略
●子育て、医療・福祉
●地域活性化、社会資本整備と公共事業
●規制、制度改革
こうした段階を経て、第3段階で新成長戦略を本格化し、法人税減税などの成長環境も整備するとしている。
■総理の「3段階景気対策」をどう考えればいいか
菅総理が所信表明で明らかにした景気対策を、どう考えるか。
「すでに着手していること」「すぐにやること」「時間を掛けてやること」の3段階に分けて、ホップ・ステップ・ジャンプで経済を引き上げていく形で、「一見すっきり戦略が整理できている」ように見える。
しかし「デフレからの脱却=景気対策」は、菅総理の所信表明以前にすでに政府が策定している「新成長戦略」の中に、明確に表現され、織り込まれている。
つまり菅総理が発表した第1段階から第3段階までの内容は、実はすでに発表済みの戦略なのだ。所信表明演説はそれをなぞったものであり、それ自体はほとんどたいした意味を持たないということだ。
違いは唯一、民主党が忌み嫌う「景気対策のための公共事業」を加えたことだ。
■公共事業を復活させることで、民主党の独自性は消えた
実際、4兆8000億円規模の補正予算の中には、1兆2000億円超の「雇用・地域対策」事業が含まれており、地方自治体が公共事業等に使うことのできる地域活性化交付金などに充てられる。
実は、公明党は、地方自治体向けに1兆2000億円の「地域活性化臨時交付金」を提言しており、同じものを予め補正に組み込むことで、補正予算への公明党の賛成を勝ち取る戦略だ。
これを「バラマキ公共事業の復活」と、批判する向きもある。
だが今年度予算は、公共事業費を前年比18.3%も削っている。
小泉構造改革のときでさえ年間3%だったから、小泉構造改革の5年間分を一気に1年で減らすことになっている。それが景気の足を引っ張っている以上、それを戻すのはやむを得ないのかとも思う。
とはいえ民主党政権のこれまでの大きなスローガンは「コンクリートから人へ」、「無駄な公共事業を絞り込む」ことだったはずだ。「公約」と言うか「マニフェスト」と呼ぶか「アジェンダ」とするかは別にして、それらに明確に反している。
■八ツ場ダム建設ひっそり復活の「怪奇」
たとえば民主党は「群馬県の八ツ場ダムこそ公共事業のための公共事業でしかなく、時代遅れの治水対策だ」として建設中止を決定し、国民の喝采を浴びた。
それなのに、馬淵澄夫国土交通相は11月6日に、八ツ場ダムについて「中止の方向性には言及しない。予断を持たず検証する」と述べて、中止方針を事実上撤回した。中止撤回が事実なら、2009年衆議院選挙マニフェストを早くも反故にしたことになるる。
「馬淵発言は、地元推進派住民を交渉のテーブルにつかせるための高等戦略で、中止の方針は変わっていない」とする説も有力だが、仮にそうだとすると、建設推進派に、いたずらに期待を抱かせたことになり、フェアな政治を掲げる民主党の基本理念に反することになる。「少なくとも県外」と言って沖縄県民の期待を抱かせ、裏切ったことで、沖縄県民の信頼を失ってしまったことの二の舞になるのだ。
いずれにせよ、看板政策を変更するのであれば、衆議院を解散して国民の信を問うなり、菅総理が「マニフェストは間違いだった」と明確に国民に謝罪し、どうして間違いなのか、そしてなぜ衆議院選のときはそれが正しいと判断して喧伝したのか、論理的に説明すべきだ。
補正予算が最終的に公共事業にいくら回るかは不透明ではあるが、少なくとも当初予算で断行した公共事業削減が水の泡となることは間違いないだろう。
■外交問題でも「千鳥足」政権
一言で言えば、民主党はなにがやりたいのかわからない。迷走の度合いを深める一方だ。
なにが問題かというと、民主党政権として「どういう経済戦略をとっていくのか」という理念が、全く見えなくなっていることだ。
たとえば、法人税減税であるが、2009年のマニフェストでは「中小企業の法人税を下げる」としていたものが、一向に実施せず、ついにはいつの間にか大企業をも含めたものに変化してしまっている。
混迷は課税政策でも進んでいる。
まず、消費税の引き上げを言い出した。次に、相続税にしても、基礎控除を圧縮する形で増税すると言っている。
■なし崩し的に改革をやめてしまってよいのか
本来の民主党の志どおりに大金持ちの相続税を強化するのであれば、相続税の最高税率を引き上げなければならないはずだ。小泉内閣のときに最高税率引き下げが行われたが、そこには手を付けずに基礎控除を圧縮するとなると、普通の庶民や中小の商店街の商店主などを「狙い撃ち」にすることになる。
一方で、政府税制調査会は、子どもにしか認められていない相続時精算課税制度を孫にも認めようと言い出している。
民主党政権は「中道左派の政策」とされていた各種の政策を実現するために、財政の無駄遣いを止めて、そこから財源を捻出して様々な改革を実行すると言っていた。
2009年衆議院選挙マニフェストで、民主党の政策を実現すれば、国家予算が17兆円近くも増額になる。民主党は「財政支出全体の見直しや埋蔵金活用、公務員の人件費見直しで捻り出せる」としていた。
しかし民主党政権になって、事業仕分けを繰り返したにもかかわらず、予算のムダをあぶり出すことはほとんどできなかった。そのことについて、民主党はなんの謝罪もしていない。
おまけに、マニフェストで約束していた公務員人件費の2割カットも取り止め。実際、「今回の人事院勧告を完全実施する」としている。すなわち、これ以上の給与削減はしないと決めてしまった。
これらは明白な公約違反ではないか。
■混迷を深める民主党政権
最近の民主党政権がやっていることは、自民党政権時代と何が違うのかがまったくわからなくなってきている。それが、民主党政権への不信感につながっているのだと思う。
たしかに急激に公共事業を絞り込むのは、今の状況では上策とはいいがたい。しかし、民主党がその点を主張して選挙に勝利した以上は、そこをきちんとやらないといけないはずだ。そこをずるずるに緩めてしまって、果たしてよいものだろうか。
問題は経済政策だけではない。普天間基地移転や尖閣諸島問題などの外交課題でも同様だ。
対中政策も、リベラル派の基本的な政策は、小沢元代表が進めてきたように「中国とも仲良くしよう」というものだったはずだ。
今の前原外務大臣が打ち出しているような対決姿勢は、自民党時代よりももっとタカ派に舵を切っていると言わざるを得ない。民主党政権は何を目指して動いているのか、ワケがわからなくなっている。
■最大の問題は、「軸足がない」こと
ここまで書いてきたように、経済問題から内政問題、外交まで、民主党の政策には大きな疑問が提示されつつある。
個別の政策の善し悪しもひどいものだが、なによりも巨大な問題は別にある。
それは、「今の民主党の政策の基本理念がどうなっているのか」、どこから見ても国民の誰が見ても、まったくわからなくなっていることだ。
それが有権者の不信感につながっている。そのため、「これだったら自民党のほうがまだましだ」という回帰現象が起きてきているのだと思う。
菅政権のいけないところは、はっきりしている。
それは政策の方向性を明示しないことだ。
先日の代表戦はそれをはっきりさせる絶好のチャンスだった。しかし、方向性を明白に打ち出した小沢氏に比べ、菅氏は「小沢は悪い奴だから、自分たちを支持してください」という主張で代表選に勝ってしまった。
■矛盾している規制緩和とデフレ対策
このため、政策の方向性をはっきりさせ国民の信を問う絶好のチャンスを、菅総理は失ってしまった。おかげで政策の整合性が全然見えなくなっているというわけだ。
菅総理が打ち出した「新成長戦略」自体も、中身はほとんど自民党が小泉政権時代に打ち出してきた「構造改革路線の規制緩和」そのものである。
だが、規制緩和は、実はデフレ効果を持っている。競争が激しくなって、価格が下がるからだ。
そうすると、その中でデフレとどう立ち向かうのか、基本方針が全く見えなくなる。それこそが民主党政権が抱えている最大の問題なのだと思う。
結局、またもやパフォーマンスのために特別会計の事業仕分けをして、役人を袋叩きにして政権浮揚を図ろうとしているわけだ。
しかし特別会計を叩いてわかってきたことは、恐ろしいことに逆だ。「山のように埋蔵金が眠っている」はずだったのに、むしろ「隠れ借金」が明らかになってきている。これで新たな財源が出てくるとは、とても思えない。
今、ここで民主党独自の基本路線を打ち出せないと、政権の支持率は軒並み下がっていくしかない。菅総理は前原・野田グループの構造改革路線を取るのか、総選挙の際のリベラル政策を取るのか。政治理念を明確にしなければ、政権を維持できないだろう。