臨時国会は何のために?
(フォーサイト 2010年10月28日) http://bit.ly/cTGxaX
秋の臨時国会が10月1日に召集されてから約1カ月が経過したが、今のところほとんど何の成果もあがっていない。そんな中、民主党の輿石東参院議員会長は21日の記者会見で、こんな話題に触れた。
「日本各地で熊の被害が出ている。奄美大島では豪雨で大変な状況。この2つの現象は地球環境問題だ。真剣に考えないと、地球が危ない、日本が危ない……」
そして、少し間をおいて、次のように付け加えた。
「さて、国会の方は民主党が危ないっていう状況かもしれません」
輿石氏としては記者会見のつかみのネタであり、冗談のつもりで言ったのだろう。記者団からは含み笑いが漏れた。
だが、ふざけている場合ではない。地球環境問題と同様に、現に菅直人政権は今、危機的状況にある。外交、内政などあらゆる政策で、政権は壁に突き当たっている上に、臨時国会は今後も審議の停滞が続く可能性があり、政府・民主党はほとんどの法案を成立させられないという「危ない」状況に陥りつつあるのだ。
失言・暴言のオンパレード
やっかいなことに、その原因を作っているのは民主党自身である。まず、検察審査会から「起訴すべき」であるという2度目の議決を突きつけられた小沢一郎元代表の問題をいつまでも放置してきたこと、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で中国人船長を釈放してしまった失態。これらは野党側の格好の攻撃材料となっている。さらに、野党の攻勢に拍車をかけているのが菅首相や仙谷由人官房長官らの失言・暴言である。
菅首相は6日の衆院本会議での各党代表質問で、自民党の稲田朋美氏から「おきまりの官僚の作文でなくあなた自身の真実味のある言葉で表明してください」と挑発されて、「それなら、まず原稿を読まないでご質問をされるのが筋」と逆襲した。また、仙谷氏は、18日の参院決算委員会で自民党の丸山和也氏が電話での仙谷氏の問題発言を暴露したことに対して、言うに事欠いて、こんなふうにしらばっくれた。
「最近健忘症にかかっているのか……。電話で、暴露されたような会話をした記憶は全くありません」
私的な電話の内容を暴露するという野党側の質問もかなりずるいやり口だったのは確かだが、それにしても官房長官が健忘症なのでは国政を託した国民はたまらない。結局、菅、仙谷両氏の発言は「品位を欠く」とされて、謝罪に追い込まれた。
だが、これらは野党が問題視した菅内閣の発言のほんの一部である。ほかにも仙谷氏が参考人として答弁した官僚を恫喝するような発言もあったし、マスコミを揶揄する発言もあった。この臨時国会では連日のように同様のやりとりが繰り返されている。
野党が閣僚を挑発して失言を引き出そうという戦法をとるのは、よくあることだ。政策論議をかわすべき場である本来の国会の姿から考えて、こうした手法はあまり誉められたものとは言えない。だが、挑発に乗る方も乗る方である。売り言葉に買い言葉という面もあるだろうが、菅首相らは売られた喧嘩をすべて買わなければならないと勘違いしているようである。適当にごまかしたり、かわしたりすればいいものを一々反論して、かえって泥沼にはまっている。ここまでくると、答弁技術の巧拙というよりも、菅首相や仙谷氏の性格の問題ではないかとさえ思えてくる。
「総理になりきっていない」
自民党の谷垣禎一総裁は、「菅さんはまだ総理になりきっていないような感じだ。俗に『イラ菅』と言われているが、何か言われると言い返さずにいられない。総理の品格とはこういうものなのか」と酷評したが、身内の与党内も半ば呆れ気味である。20日の国民新党と新党日本の合同議員総会で、新党日本の田中康夫代表はこんなふうに苦言を呈した。
「国会において与党の一員である私どもも唖然とせざるを得ないような答弁が続いている」
もともと7月の参院選での民主党大敗によって、国会は参院で与党が過半数割れしているという衆参ねじれ状況にあり、政府・与党による国会運営には困難がつきまとう。ただでさえ難局にある菅政権としては、野党側の懐柔を図りたいところだったが、逆に野党の怒りに火を付ける発言がポンポン飛び出すようでは、思い通りに事が運ぶはずがない。与党のあまりにも稚拙な国会運営をみて、公明党の漆原良夫国対委員長は最近、親しい国会関係者にこう予言した。
「この調子では、そのうち審議が行き詰まるだろう」
政府・与党の責任なのか、突っかかってくる野党のせいなのか、いずれにしても、こんな応酬が続く今国会は事実上の空転状態にあると言っていいだろう。現にこの臨時国会で今までに成立した法律は、22日の参院本会議で全会一致で可決した口蹄疫対策の関連法2本のみである。
盛り上がらない「会期延長論」
こんな状況を受けて、今国会は菅政権が絶対に譲ることのできない補正予算案とその他わずかばかりの当たり障りのない法案が成立するだけで、他には何もできないだろうという見方が与野党双方に広がっている。
今国会の会期末は12月3日である。常識的にみて、これから順調に審議が進んだとしても、補正予算案が可決・成立するのは11月の第2週以降になるとみられる。11月第3週から会期末までは土日祝日を除けば14日間しかない。野党が賛成している法案は別として、与野党対決法案の成立はこの日数ではとても無理だろう。今のままでは、与党の一員である国民新党が固執する郵政改革法案、社民党がこだわる労働者派遣法改正案はもちろんのこと、民主党が提唱してきた政治主導確立法案でさえ成立は危うい。
政府・与党のあまりの無策ぶりについて、他人事ながら野党側も首をかしげている。自民党の佐藤勉国対委員長代理は12日の記者会見で、次のような感想を漏らした。
「一体、この国会をどういうふうに運営するつもりでいるのか」
自民党内には、「民主党は会期延長を視野に入れているのではないか」という観測も広がっている。たしかに審議日数に余裕がなければ、会期を延長するという手段もある。だが、12月は来年度予算編成作業が大詰めを迎える大事な時期だということもあって、それと重なる形で国会を開いたままにしておくことへの慎重論は民主党内に多い。会期延長論は民主党内ではあまり盛り上がっていない。だが、他にどんな手があるのか。まったく先の見通しは立っていない。
菅氏がこぼした愚痴
菅首相周辺によれば、「今、首相の頭の中はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)のことでいっぱい」だという。11月13、14の両日、横浜市で開かれるAPEC首脳会議で、菅首相は議長を務める。その会議の成功が自らの政権の浮揚にもつながると考えているのだ。このため、洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で議長を務めた自民党の福田康夫元首相を公邸に呼んで、アドバイスを受けるなど準備に余念がない。思い通りにならない国内政治から逃避して、外交に活路を見いだしたいという気分なのかもしれない。
だが、ことはそう簡単でないことは、菅首相も十分わかっている。10月15日夜、菅首相は民主党の有田芳生参院議員と東京・六本木の日本料理店で会食した。多岐にわたった会話の中で、小泉純一郎元首相が北朝鮮による日本人拉致事件で一定の成果をあげたことも話題になったという。菅、有田両氏が一致したのは、小泉元首相は政権基盤が安定していたからこそ、北朝鮮に甘く見られることなく強い態度で交渉に臨めたという認識だった。我が身を振り返って、菅首相はこう言ったという。
「中国との問題にしても他の問題にしても、やはり政権がきっちりと確立することによって外交も確立するんだ」
漁船衝突事件をきっかけにした一連の中国との駆け引きにおいて、日本が押され気味なのは菅政権の国内基盤が安定していないからだというわけだ。つまり、国内政治で行き詰まって外交に逃避しようとしても、その外交は国内での安定的基盤がなければうまくいかない。そんな八方ふさがりの状態にあるのが今の菅政権だ。
有田氏によれば、菅首相はSP(セキュリティポリス=要人警護の警察官)や記者団に囲まれた首相暮らしの不自由さにも辟易していたという。買い物や外食の際には、SPが外出先の状況を下調べするために、出かける数時間前には警察サイドに予告しておかなければならない。用事を思い付いても、すぐに出発することは許されないというきわめて窮屈な生活に、「外出するのもつらい。ラーメンひとつ食べるのも難しいんだ」と愚痴をこぼしたという。まさか、首相の座から逃げ出したくなってしまったわけでもあるまいが、菅首相を取り巻く政治環境は国内的にも国際的にも急激に閉塞感を増している。
Foresight(フォーサイト)|国際情報サイト
(フォーサイト 2010年10月28日) http://bit.ly/cTGxaX
秋の臨時国会が10月1日に召集されてから約1カ月が経過したが、今のところほとんど何の成果もあがっていない。そんな中、民主党の輿石東参院議員会長は21日の記者会見で、こんな話題に触れた。
「日本各地で熊の被害が出ている。奄美大島では豪雨で大変な状況。この2つの現象は地球環境問題だ。真剣に考えないと、地球が危ない、日本が危ない……」
そして、少し間をおいて、次のように付け加えた。
「さて、国会の方は民主党が危ないっていう状況かもしれません」
輿石氏としては記者会見のつかみのネタであり、冗談のつもりで言ったのだろう。記者団からは含み笑いが漏れた。
だが、ふざけている場合ではない。地球環境問題と同様に、現に菅直人政権は今、危機的状況にある。外交、内政などあらゆる政策で、政権は壁に突き当たっている上に、臨時国会は今後も審議の停滞が続く可能性があり、政府・民主党はほとんどの法案を成立させられないという「危ない」状況に陥りつつあるのだ。
失言・暴言のオンパレード
やっかいなことに、その原因を作っているのは民主党自身である。まず、検察審査会から「起訴すべき」であるという2度目の議決を突きつけられた小沢一郎元代表の問題をいつまでも放置してきたこと、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で中国人船長を釈放してしまった失態。これらは野党側の格好の攻撃材料となっている。さらに、野党の攻勢に拍車をかけているのが菅首相や仙谷由人官房長官らの失言・暴言である。
菅首相は6日の衆院本会議での各党代表質問で、自民党の稲田朋美氏から「おきまりの官僚の作文でなくあなた自身の真実味のある言葉で表明してください」と挑発されて、「それなら、まず原稿を読まないでご質問をされるのが筋」と逆襲した。また、仙谷氏は、18日の参院決算委員会で自民党の丸山和也氏が電話での仙谷氏の問題発言を暴露したことに対して、言うに事欠いて、こんなふうにしらばっくれた。
「最近健忘症にかかっているのか……。電話で、暴露されたような会話をした記憶は全くありません」
私的な電話の内容を暴露するという野党側の質問もかなりずるいやり口だったのは確かだが、それにしても官房長官が健忘症なのでは国政を託した国民はたまらない。結局、菅、仙谷両氏の発言は「品位を欠く」とされて、謝罪に追い込まれた。
だが、これらは野党が問題視した菅内閣の発言のほんの一部である。ほかにも仙谷氏が参考人として答弁した官僚を恫喝するような発言もあったし、マスコミを揶揄する発言もあった。この臨時国会では連日のように同様のやりとりが繰り返されている。
野党が閣僚を挑発して失言を引き出そうという戦法をとるのは、よくあることだ。政策論議をかわすべき場である本来の国会の姿から考えて、こうした手法はあまり誉められたものとは言えない。だが、挑発に乗る方も乗る方である。売り言葉に買い言葉という面もあるだろうが、菅首相らは売られた喧嘩をすべて買わなければならないと勘違いしているようである。適当にごまかしたり、かわしたりすればいいものを一々反論して、かえって泥沼にはまっている。ここまでくると、答弁技術の巧拙というよりも、菅首相や仙谷氏の性格の問題ではないかとさえ思えてくる。
「総理になりきっていない」
自民党の谷垣禎一総裁は、「菅さんはまだ総理になりきっていないような感じだ。俗に『イラ菅』と言われているが、何か言われると言い返さずにいられない。総理の品格とはこういうものなのか」と酷評したが、身内の与党内も半ば呆れ気味である。20日の国民新党と新党日本の合同議員総会で、新党日本の田中康夫代表はこんなふうに苦言を呈した。
「国会において与党の一員である私どもも唖然とせざるを得ないような答弁が続いている」
もともと7月の参院選での民主党大敗によって、国会は参院で与党が過半数割れしているという衆参ねじれ状況にあり、政府・与党による国会運営には困難がつきまとう。ただでさえ難局にある菅政権としては、野党側の懐柔を図りたいところだったが、逆に野党の怒りに火を付ける発言がポンポン飛び出すようでは、思い通りに事が運ぶはずがない。与党のあまりにも稚拙な国会運営をみて、公明党の漆原良夫国対委員長は最近、親しい国会関係者にこう予言した。
「この調子では、そのうち審議が行き詰まるだろう」
政府・与党の責任なのか、突っかかってくる野党のせいなのか、いずれにしても、こんな応酬が続く今国会は事実上の空転状態にあると言っていいだろう。現にこの臨時国会で今までに成立した法律は、22日の参院本会議で全会一致で可決した口蹄疫対策の関連法2本のみである。
盛り上がらない「会期延長論」
こんな状況を受けて、今国会は菅政権が絶対に譲ることのできない補正予算案とその他わずかばかりの当たり障りのない法案が成立するだけで、他には何もできないだろうという見方が与野党双方に広がっている。
今国会の会期末は12月3日である。常識的にみて、これから順調に審議が進んだとしても、補正予算案が可決・成立するのは11月の第2週以降になるとみられる。11月第3週から会期末までは土日祝日を除けば14日間しかない。野党が賛成している法案は別として、与野党対決法案の成立はこの日数ではとても無理だろう。今のままでは、与党の一員である国民新党が固執する郵政改革法案、社民党がこだわる労働者派遣法改正案はもちろんのこと、民主党が提唱してきた政治主導確立法案でさえ成立は危うい。
政府・与党のあまりの無策ぶりについて、他人事ながら野党側も首をかしげている。自民党の佐藤勉国対委員長代理は12日の記者会見で、次のような感想を漏らした。
「一体、この国会をどういうふうに運営するつもりでいるのか」
自民党内には、「民主党は会期延長を視野に入れているのではないか」という観測も広がっている。たしかに審議日数に余裕がなければ、会期を延長するという手段もある。だが、12月は来年度予算編成作業が大詰めを迎える大事な時期だということもあって、それと重なる形で国会を開いたままにしておくことへの慎重論は民主党内に多い。会期延長論は民主党内ではあまり盛り上がっていない。だが、他にどんな手があるのか。まったく先の見通しは立っていない。
菅氏がこぼした愚痴
菅首相周辺によれば、「今、首相の頭の中はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)のことでいっぱい」だという。11月13、14の両日、横浜市で開かれるAPEC首脳会議で、菅首相は議長を務める。その会議の成功が自らの政権の浮揚にもつながると考えているのだ。このため、洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で議長を務めた自民党の福田康夫元首相を公邸に呼んで、アドバイスを受けるなど準備に余念がない。思い通りにならない国内政治から逃避して、外交に活路を見いだしたいという気分なのかもしれない。
だが、ことはそう簡単でないことは、菅首相も十分わかっている。10月15日夜、菅首相は民主党の有田芳生参院議員と東京・六本木の日本料理店で会食した。多岐にわたった会話の中で、小泉純一郎元首相が北朝鮮による日本人拉致事件で一定の成果をあげたことも話題になったという。菅、有田両氏が一致したのは、小泉元首相は政権基盤が安定していたからこそ、北朝鮮に甘く見られることなく強い態度で交渉に臨めたという認識だった。我が身を振り返って、菅首相はこう言ったという。
「中国との問題にしても他の問題にしても、やはり政権がきっちりと確立することによって外交も確立するんだ」
漁船衝突事件をきっかけにした一連の中国との駆け引きにおいて、日本が押され気味なのは菅政権の国内基盤が安定していないからだというわけだ。つまり、国内政治で行き詰まって外交に逃避しようとしても、その外交は国内での安定的基盤がなければうまくいかない。そんな八方ふさがりの状態にあるのが今の菅政権だ。
有田氏によれば、菅首相はSP(セキュリティポリス=要人警護の警察官)や記者団に囲まれた首相暮らしの不自由さにも辟易していたという。買い物や外食の際には、SPが外出先の状況を下調べするために、出かける数時間前には警察サイドに予告しておかなければならない。用事を思い付いても、すぐに出発することは許されないというきわめて窮屈な生活に、「外出するのもつらい。ラーメンひとつ食べるのも難しいんだ」と愚痴をこぼしたという。まさか、首相の座から逃げ出したくなってしまったわけでもあるまいが、菅首相を取り巻く政治環境は国内的にも国際的にも急激に閉塞感を増している。
Foresight(フォーサイト)|国際情報サイト