裏切り者は分かっている これが小沢一郎の運命
「愛と憎悪の民主党」復讐するは我にあり!


週刊現代・永田町ディープスロート
(現代ビジネス 2010年09月17日)  http://bit.ly/bWUpZ8

民主党を二つに割った熾烈な権力闘争は、党内に深い傷を残した。菅首相と小沢前幹事長の間で激しく燃え上がった怨念の炎は、もはや容易に消えることはない。


■「バカか」とまで言われて

 小沢一郎という、およそ20年にわたって永田町に君臨してきた政治家に、ついに「審判」が下る。

 世論の逆風を押して出馬した小沢氏は、勝てば総理大臣に。日本の政治風景は激変する。しかし負けたとしても、小沢氏は「最強の敗者」として次のステージを狙うことになるという。

「もし菅首相の続投が決まっても、長くはもたない。連立工作もまともにできない首相では、予算編成や重要法案審議ですぐに行き詰まる。早くて年末、遅くとも来年春には辞任を余儀なくされるだろう。

 その時、小沢氏が今回の代表選に出たことが活きる。『次は小沢しかいない』。世論も党内もそうなるのは目に見えている。つまり、小沢氏に負けはない。最終的には必ず勝つ勝負だ」(小沢氏側近)

 9月14日は「終わり」ではない。新たな混沌と混乱、そして「再編」の始まりとなるべき日なのだ。

 今回の代表選で、小沢氏に対する逆風は激しかった。小沢氏支持を打ち出した細野豪志幹事長代理は、千々に乱れる複雑な心境を、こう吐露した。

「地元の後援者からは、『もう応援しない』とか、『お前はバカか』と言われるんだ。菅さんの陣営からも、『あいつは裏切り者だ』と思われている。でもオレは、何とか一回、小沢さんを総理に・・・そう思うんだよね」

 民主党代表選は、選挙戦中盤からは「菅首相有利」の情勢となった。事前の予測通り、国会議員以外の票(計400ポイント)の6割以上を菅首相が獲得したとすれば、それだけで小沢氏は80ポイントものビハインド。国会議員票で逆転するには、40票以上の差をつけなければならない。

 小沢氏支持を表明している議員はそれでも強気の姿勢は崩さなかった。

「私の地元では、小沢さんの経済対策への反応がたいへん良かった。政府は市場に明確なメッセージを打ち出さなければならない。アメリカではすでに、『イチロー内閣』という言葉が登場しています。"イチロー"はアメリカでも抜群の知名度ですからね。それだけ小沢さんは注目を浴びているんです」(柳田和己代議士)

 だが、前出の細野氏の言葉が物語るように、小沢氏とその支持者たちの前には、「世論」という大きな壁が立ちはだかった。

 小沢氏の地元・岩手の有力支持者の一人は、「誤算があった」として、こう語る。

「出馬を決意する前は、国会議員票を7:3くらいで押さえ、圧勝できると思っていた。ところが、蓋を開けてみるとマスコミの小沢叩きが強烈過ぎた。さすがに小沢さんも、『これは大変な情勢だ』と、やや弱気な表情を周囲に見せている」

 しかし小沢一郎たるもの、いざ自分が出馬するとなれば、マスコミや世論の風当たりが激烈になることは、十分想定していただろう。大きな誤算は、もっと別の場所に存在した。

 一つ目の誤算、それは、鳩山由紀夫前首相という「地球外生命体」を、推し量れなかったことだ。

 9月7日夜。東京・赤坂の中華料理店「上海大飯店」で、鳩山グループの会合が行われた。約90人の民主党議員が集まったこの会には、途中から小沢氏も参加。

 会合後、鳩山・小沢両氏は揃ってぶら下がり会見を行い、鳩山氏が「この国難の時期に、命を顧みず立候補された小沢先生に、みんなで報いるために頑張ろうじゃないか、と語り合った」と話せば、小沢氏も、「代表選に出るかどうか迷ったが、鳩山前総理の後押しがあって決意した」と語り、互いの緊密さをアピールした。

 だが、この日の会合に参加した小沢派議員の一人は、鳩山氏の態度に不穏なものを感じているという。

「鳩山さんは小沢さんを推すと言っているが、実際の鳩山グループは、いまだ内部がバラバラ。明確に、菅首相を支持している者もいる。なぜそうなるかと言えば、表向きの発言とは裏腹に、鳩山さんがグループをまとめようと本気で動いていないからですよ」

 鳩山グループは、50~60人の勢力を抱えており、民主党内では小沢グループ(約150人)に次ぐ大集団。だが、もともと結束力の弱い民主党内のグループの中でも、さらに繋がりが薄い「単なる同好会」(民主党若手議員)と揶揄されており、「戦闘単位」としては最弱の部類に入る。

 鳩山グループの議員ですら、こう話す。

「実際に票の取りまとめに動いているのは、平野博文前官房長官や松野頼久前官房副長官、中山義活前首相補佐官ら側近です。

 鳩山さんは7日の会合で、『挙党一致と言っていたのに菅さんには騙された』と強い口調で怒りを表しましたが、翌日には、その菅首相の特使だと言ってロシアに行ってしまうような人ですよ。行動だけ見れば、菅首相と小沢氏を、両天秤にかけているとしか思えません」

 たとえば今回の代表選を現代の「関ヶ原」と見る向きがある。関ヶ原の戦いの勝敗を決したのは、小早川秀秋という育ちがいいだけの愚鈍な大名の行動だった。小早川は当初西軍として参戦しながら、決戦の場では東軍に寝返り。これが引き金となって西軍は大崩れし、壊滅したとされる。

この時、小早川は徳川方に寝返りの密約をしていながら、同時に石田方からは、戦後に関白の役職を与えるとの密約も得ていたという。その両天秤に迷い、緒戦は旗幟を鮮明にせずグズグズしていたが、最終的には家康を恐れ、歴史に残る寝返り劇を演じたのだ。

 腹背を衝かれて全滅した西軍の大谷吉継は、小早川のことを「人面獣心なり」と呪いながら果てたとされる。鳩山氏は獣ではないが、宇宙人である。いずれにせよ「人間」と違うと自ら称しているわけだからその行動には十分に留意しなければならない。


■記事をゴミ箱に投げ捨てた

 そしてもうひとつ、小沢氏にとっての誤算は、あまりに忠誠心が篤過ぎる、熱烈な信奉者たちの「やり過ぎ」だった。

 小沢氏には、「四天王」と呼ばれる側近議員がいる。樋高剛代議士、佐藤公治参院議員、岡島一正代議士、松木謙公代議士がそうだ。他にも、党内で「小沢チルドレン」「小沢ガールズ」と呼ばれる若手・中堅議員の中には、小沢氏の熱狂的な支持者が何人もいる。

「彼らはまさしく"親衛隊"で、議員が地元に帰って講演などで小沢氏批判をしようものなら、すぐに彼らから『先生、あの発言はどういう意図ですか』と、プレッシャーがかけられる」(非小沢系民主党議員)

 今回の代表選でも、彼らの「小沢総理」を実現するための努力はハンパではない。だが、側近たちが力めば力むほど、逆に小沢氏が総理の座から遠ざかるという現象が起きているのだ。

 小沢氏支持を表明している若手代議士がこうぼやく。

「小沢チルドレンとひとくくりにされていますが、実態は、側近による圧力や恫喝で仕方なく従っている議員も多い。菅首相を支持するなどと言えば、『この裏切り者』『恩知らず』と怒鳴り散らされますからね。電話に出ないでいたら、『なぜ出ないのか』と何十件も留守電が入っていて、ゾッとしたという同僚もいました」

 世論が怖い、首相が毎年交代するのはよくない、という消極的理由で支持されている菅首相と違い、小沢陣営の中核メンバーは、「絶対にオヤジを総理にする」と命がけで、鬼気迫る表情で代表選に臨んでいる。

 ところが、彼らが頑張れば頑張るほど、その言動が常軌を逸してきて、中間派の議員は逃げていく。大学のサークル的な軽いノリで集まっているだけの民主党の中で、唯一、上意下達が徹底された超体育会系の小沢軍団は、どこまでも異質な存在なのだ。

 小沢支持に回っているベテラン代議士の一人は、「小沢氏の周りには、いつも"人"がいない。結局、それが致命傷だ」と嘆く。

「たとえば石井一氏は小沢氏と盟友のはずなのに、今回は菅支持に回っている。そのクセ、小沢氏が来る会合に出てみたり、その翌日は菅首相の会合で檄を飛ばしたりと、何を考えているか分からない。

 鳩山氏にしても、グループ会長の大畠章宏氏は明らかに菅支持で、まったく頼りにならない。若い奴は焦って暴走しているだけだし、これが想定外の苦戦を招いている」

 代表選の1週間前には、小沢氏にとって股肱であるはずのベテラン政策秘書と、小沢ガールズ筆頭の青木愛代議士の不倫疑惑が発覚した。青木氏は妻子あるこの秘書と、茨城県内のホテルで一夜を過ごしたのだという。

「小沢氏はこの記事のコピーを渡されると、一瞥しただけで丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。激怒していましたよ」(小沢氏周辺)

 肝心要の場面で周囲の人間に次々と裏切られ、結局は頂点に立つことができない。それが小沢一郎という政治家の運命なのか。

 小沢氏の師である田中角栄元首相は、ロッキード事件という金銭スキャンダルで失脚したが、いまでもその人間性を慕い、語り継ぐ者が多い。何より当の小沢氏自身が、その一人でもある。だが小沢氏の身辺にそうした空気は薄い。最後は人が離れて行き、敗れ去る―自らが播いたタネとは言え、それが小沢氏の定めなのかもしれない。


■「無記名投票だから」

 しかしその一方で、「猛追」あるいは「逆転」したとされる菅首相サイドが安泰かというと、決してそうではないのだ。

 中立派代議士の一人は、「菅さんから電話をもらったんですが、正直、戸惑っています」と語る。

「仙谷(由人官房長官)さんや前原(誠司国交相)さん、野田(佳彦財務相)さんらから携帯にひっきりなしに電話がかかってきて、直接、菅さんからも連絡をいただきました。ただ菅さんは、みんなにほとんど同じ事を言っているんですね。たぶん、台本を読み上げているのでしょう」

 首相の電話は、「あのぉ、菅直人です」から始まる。

< あのぉ、総理の仕事をしながらなんで電話での話になりましたが、あのぉ、まだ政権誕生から3ヵ月なので、これからいよいよ、経済のあれとか、本格的に取り組みたいと思っています。またあのぉ、党のほうでも政調が復活できたので、それぞれ得意分野の仕事を全員参加でやっていくようにと思って・・・ >

 本誌が確認してみると、他の議員が受け取った電話というのも、確かにほとんど同じだった。ハタからは「手抜き」にしか見えない。

 また、別の若手議員は、「小沢グループの恫喝もひどいが、菅首相サイドも結構、やることが悪辣です」と愚痴をこぼす。

「蓮舫行政刷新相から、突然、『私の予定が○日に空いたの。だからそちらの選挙区に行って街頭演説しましょうか』というんです。もう党員・サポーター票は締め切ったわけだし、本来は街頭演説しても意味ないでしょう? これは要するに踏み絵なんです。彼女が来て、一緒に街頭演説する姿が報道されれば、ボクは菅派ということになる」

 態度は未定としながら、菅首相に不信感を抱いている議員もいる。1年生議員の一人で「政策論議による代表選を実現する会」の福島伸享代議士はこう話す。

「代表選の間、国政は完全に停滞しています。そもそも候補を一本化して、この非常時の代表選を回避しようという動きがあったのに、菅さんを応援するグループの中から、『戦え、戦え』という声が上がり、こうなってしまった。チャレンジャーの小沢さんのほうはまだ分かりますよ。

 でも受けて立つ現職の総理の度量に問題があったように思います。この人は国のことではなく、自分のグループのことだけを考えているのではないか。そうした不信感を周囲に抱かせたことは否めません」

 菅内閣で要職を務める議員の一人は、本誌の取材に対し不穏なことを語った。

「立場があるので、公の場面では『菅首相を支えよう』と言っている。でもホンネは別です。今回、菅支持派のやり口は、他人の足をやたらと引っ張るだけ。これでは挙党一致なんて、もう二度と望めない。

 菅支持を口にした途端、菅シンパのマスコミが押し寄せてきて『小沢氏のスキャンダルを探しているが、何かないか』と言われるし、ほとほと嫌気が差した。代表選まで、事務所を閉めてしまおうかと思っています。当日も、どうせ無記名投票なのだから、いっそ別の名前を書こうかと思っているくらい」

 今回の代表選は、「空中戦」と「地上戦」の戦いにもなった。菅首相サイドは、蓮舫氏ら人気閣僚を連日のようにテレビに出演させ、あるいはマスコミに敵陣営のスキャンダルを流し、世論を喚起することで勝利を目指している。

 一方、小沢氏は丸1日かけて全議員の事務所を回ったり、連合や全国郵便局長の会合に足を運んで支援を依頼したりと、かつてなら「ドブ板」とも言われた、田中元首相直伝の戦術で、起死回生を狙っている。

 それはいわば、「新」と「旧」の争いでもある。清新・刷新を期待されて政権交代を果たしたのが民主党だが、その「新しさ」の虚構と限界が見えたのも、この1年の政権運営だった。

 冒頭で懊悩する民主党議員のホンネを語った細野氏は、こうも話している。

「菅さんは高杉晋作を目指しているというが、実際にそうなのかも。つまり今は幕末の幕政改革の段階なんだ(高杉は維新前に病死)。果たして本当に"維新"はなったのか。真の革命家は誰だったのか。それは20年後にならないと評価が定まらないと思う」

 小沢氏には、これまでの生涯、「党首選、党代表選で不敗」という"神話"がある。その小沢氏が、大逆風の中、あえて代表選に出馬してきたことの意味を、菅首相らは恐れている。

 復讐するは我にあり―。権力闘争の果てに、最後に立っている者は誰なのか。