本質は「政策選択」選挙。「民主代表選」で鮮明になった「党内路線対立」。民主党は「党分裂」を回避すべきでない!

森永卓郎(もりながたくろう)

(SAFETY JAPAN 2010年 9月7日)  http://bit.ly/aMZeed

告示前には小沢氏不出馬の見方が多かったが……
 
 事実上の次期首相を選ぶ民主党代表選挙が(2010年)9月1日に告示された。

 選挙は、党所属の国会議員、同地方議員、党員・サポーターによる投票で決まる。

 投票権は、国会議員が計824ポイント(1人2ポイント)、地方議員が計100ポイント、党員・サポーターが計300ポイントとなっている。

 地方議員と党員・サポーターの投票は11日に締め切られ、国会議員の投票は14日に行われる。そして、同日に新代表が選出される。

 周知のとおり、民主党代表選は菅直人首相と小沢一郎前幹事長の一騎打ちとなった。

 告示前には「小沢氏は代表選に出馬しない」との見方が多かっただけに、今回の小沢氏の立候補を「意外」と受け止める向きも少なくない。

 というのも、政治評論家らの間では、小沢氏は主に以下の条件で菅首相の続投を認める、と見られていたからだ。

 すなわち、(1)民主党のマニフェストを昨年(2009年)の衆議院議員選挙(総選挙)のときの内容に戻すこと、(2)仙谷由人・官房長官や枝野幸男・幹事長ら反小沢グループを主要ポストから更迭すること――などだ。


■国会議員数で見れば、小沢グループが断然有利
 
 ところが、毎日新聞の報道によれば、代表選のちょうど1カ月前、8月14日の夜、京都市内の料亭旅館で小沢氏が側近にこう語ったとされる。

 「正々堂々と戦うのなら、9月の代表選しかない」

 同様の報道が相次ぐ中、小沢氏出馬の現実味がにわかに高まり、民主党内には不安と期待が入り混じった。

 当然のことながら、党内の反小沢グループは小沢氏出馬の噂に苛立ちを隠せなかった。

 もし小沢氏が代表選に出馬すれば、1回目の投票で同氏が過半数を獲得してしまう可能性さえあるからだ。

 党所属の国会議員数で見れば、反小沢色の強い前原誠司・国土交通大臣のグループ(前原グループ=約40人)、野田佳彦・財務大臣のグループ(野田グループ=約30人)、菅首相のグループ(菅グループ=約50人)を合わせても約120人と、小沢グループ(約150人)に大きく水をあけられている。

 しかも、鳩山由紀夫・前首相のグループ(鳩山グループ=約60人)が小沢氏支持に動けば、国会議員数だけでも全体(民主党の衆参両院議員の計412人)の過半数に達する。


■約7割が支持、世論調査では菅氏が小沢氏に圧勝
 
 そのため、反小沢の急先鋒の1人、渡部恒三議員は「小沢氏は諸悪の元凶で、出馬すれば、『政治とカネ』の疑惑隠しと見られる」と出馬を強く牽制した。

 これに対して、小沢氏に近いとされる原口一博・総務大臣は、小沢氏の訴追を検討する検察審査会について、「推定無罪の原則が民主主義の鉄則だ。民主主義の原点を踏み外した発言はすべきでない」と反論した。

 そうしたなか、共同通信社が8月27~28日に行った民主党代表選に関する世論調査で、「代表になって欲しい候補者」として菅首相を挙げた人が69.9%と約7割に達した一方で、小沢氏を挙げた人は15.6%に過ぎなかった。

 また、民主党支持者に限れば、菅首相支持が82.0%と圧倒的多数を占めた。

 さらに、菅内閣の支持率も48.1%と前回調査(8月7~8日)から9.4ポイントも上昇した。

 同時期の各種世論調査でも、概ね似たような結果が出た。

 世論は圧倒的に菅首相を支持しているのだ。

 小沢氏の立候補表明当初は、鳩山氏の支持発言もあって小沢氏有利と伝えられていたが、菅首相への世論の圧倒的支持によって情勢は微妙になってきた。

 そこで思い出されるのが、2001年の自民党総裁選挙である。


■世論の圧倒的支持で「地方票」が小泉氏に流れる
 
 ご存知の方も多いと思うが、同総裁選は、橋本龍太郎氏(元首相、2006年死去)、亀井静香氏(国民新党代表)、麻生太郎氏(元首相)、小泉純一郎氏(元首相)の4氏で争われた。

 事前の予想では党内最大派閥を率いる橋本氏の圧勝と見られていたが、小泉氏への世論の圧倒的支持によって「地方票」が雪崩を打って同氏支持に動いた。

 その結果、総裁選は小泉氏勝利となり、以後5年余りに及ぶ「小泉時代」が到来した。

 私は、本コラムでも繰り返し述べてきたように、「市場原理主義」「弱肉強食」とも評される小泉政権の新自由主義的政策には反対の立場をとってきた。

 しかし実は、その小泉政権を作った責任の一端は自分にもあるのではないか、とひそかに思っている。

 私は当時(2001年の自民党総裁選の頃)、テレビ朝日系列で放送されていた報道番組「ニュースステーション」のコメンテーターを務めていた。

 番組では、総裁選に向けて4人の候補者をスタジオに招き、その4氏から直に話を聞くコーナーを設けた。

 放送当日、事前に「スタジオ入り」した橋本氏、亀井氏、麻生氏の3氏は、メインキャスターの久米宏氏の“悪口”などをいってワイワイ盛り上がっていた。

 そんななか、本番直前にスタジオに駆け込んできた小泉氏はその輪に入れず(あるいは入らず)、孤立した(あるいは孤独な)雰囲気を漂わせていた。


■「構造改革だ」と叫んだところでコーナーが終了
 
 本番が始まってからも、その小泉氏の雰囲気は変わらず、他氏に比べて口数が極端に少なかった。

 私は本番前、久米氏からこんな指示を受けていた。

 「自分が(質問を)回すので、途中で口を挟まないでほしい。その代わり(コーナーの)最後の1問は自由にやっていいから。好きな質問を誰にしてもいい」

 その言葉どおり、コーナーの終盤、久米氏は私に「最後の質問をするように」と目で合図をしてきた。

 そこで私は、終始発言の少なかった小泉氏を可哀想に思ったのか、あるいは他氏とのバランスをとる必要があると考えたのか、思わず小泉氏に最後の貴重な質問をしてしまった。

 「小泉さんは厚生大臣(現厚生労働大臣)もされていましたし、年金改革をどういうふうにしようと思っているんですか」

 すると、小泉氏は私の質問などお構いなしに、「こんな意味のない派閥争いなんかしていたらダメだ」と回答。

 挙げ句に「構造改革だ」と叫んだところでコーナーが終わり、画面がCM(コマーシャル)に切り替わってしまった。


■小泉氏への質問は悔やんでも悔やみきれない
 
 当時、報道・情報番組のなかで絶大な人気を誇っていたニュースステーションの影響力は大きかったようで、その後にわかに「小泉ブーム」ともいえる現象が起き、それが小泉氏を総裁選勝利に導いた。

 私にとって、あのときの小泉氏への質問は悔やんでも悔やみきれない痛恨のミスだった。

 本来なら思想的に対立する小泉氏を“糾弾”しなければならない立場の私が、結果的に小泉氏をアシストする形になってしまったのだから。

 (もっとも、当時、小泉氏の新自由主義的思想は必ずしも明確ではなかったが……)

 私にとって、「人生最大の失敗」といってもいい。

 そうした個人的体験を別にしても、当時の自民党総裁選と今回の民主党代表選は「構図」が似ているといわざるを得ない。

 2001年の自民党総裁選は、国会議員の圧倒的支持を受けた橋本氏と世論の圧倒的支持を受けた小泉氏との事実上の一騎打ちとなった。

 今回の民主党代表選になぞらえれば、橋本氏のポジションにいるのが小沢氏であり、小泉氏のポジションにいるのが菅氏、といえる。


■候補者の政策の違いも2001年自民党総裁選に類似
 
 両選挙の類似性はそれだけではない。

 橋本氏と小沢氏が同じ自民党の旧田中・竹下派出身であるのに対し、本コラムで以前も述べたように、菅政権で実権を握る前原・野田グループの基本的思想は小泉政権に極めて近い。

 すなわち、菅政権は小泉政権同様に、経済政策では「財政再建(緊縮財政)・金融引き締め・構造改革」路線であり、外交・安全保障政策では「日米同盟最優先(あるいは対米追従)」路線である。

 これに対して、橋本氏と小沢氏が属していた旧田中・竹下派の伝統的な思想は、経済政策では「財政拡張(積極財政)・金融緩和・平等主義(分配主義)」路線であり、外交・安保政策では「アジア重視(あるいは対米対等)」路線である。

 実際、そうした両者の思想・政策の違いは、代表選に向けた共同記者会見や討論会(日本記者クラブ主催)などを通じて明らかになりつつある。

 たとえば、民主党政権の看板政策である「子ども手当」のあり方だ。

 昨年の衆院選のマニフェストの履行を掲げる小沢氏は、「現行の月1万3000円を2011年度に月2万円に引き上げ、さらに2012年度から満額の月2万6000円を支給する」と主張している。

 一方、菅首相は今年の参院選のマニフェスト(前原・野田グループ主導で昨年の衆院選のマニフェストを修正・変更)どおりに「財源を確保しつつ、すでに支給している子ども手当を1万3000円から上積みする」と述べている。


■「減額世帯」をなくすには月6000円の増額が必要
 
 いずれの政策が選ばれるかは、それこそ代表選の結果次第ということになる。

 ただし、ここで1つ、子ども手当を巡る興味深い調査結果を紹介しておこう。

 民主党の「子ども・男女共同参画調査会」は8月27日、子育て世帯の実質手取額の減額をなくすためには、子ども手当を月6000円増やす必要がある、との試算を発表した。

 民主党政権は、子ども手当の支給開始に際して児童手当(第3子以降または3歳未満月額1万円、それ以外は5000円)を廃止しており、来年(2011年)からは扶養控除も廃止する。

 そこで党調査会は、両親と3歳未満の子ども1人の3人家族をモデルケースに設定し、扶養控除が廃止された場合に児童手当支給時と比べて世帯の手取額がどのように変化するのかを試算した。

 その結果、子ども手当の支給額が現行の月1万3000円のままの場合には、2012年度に年収800万円の世帯で月6000円の減少となり、同じく年収500万円で月2000円減、年収300万円で月1000円減になるという。

 党調査会では、こうした「減額世帯」をなくすためには、子ども手当を月1万9000円に、つまり現状より月6000円増やす必要がある、というのだ。

 とはいえ、これは減額世帯をなくための水準にしか過ぎない。

 民主党はかねて「子どもの育ちを支援する」といってきたのだから、単に減額世帯をなくすだけでなく、子育て世帯の手取りを増やさなければ意味がないのだ。


■民主党の分裂こそが日本の国益にかなうのでは
 
 その意味では、小沢氏の主張のほうに分があると思う。

 実は、菅政権が子ども手当を来年度いくら支給するのかが明らかになっていないからだ。

 いずれにせよ、今回の民主党代表選を通じて、菅首相と小沢氏の思想・政策の違い、換言すれば、民主党内の相反する思想・政策の違いが鮮明になるのは歓迎すべきことなのだ。

 一部には「民主党内の路線の違いが明確になり、両陣営が激突すれば、党が割れる可能性もある」といった声もある。

 しかし私は、民主党は党分裂を回避すべきでない、と考えている。

 むしろ、昨今の円高への対応をはじめ、これまでの民主党政権の経済政策を見ると、民主党の分裂こそが日本の国益にかなうのではないか、とさえ思い始めている。

 政権党である民主党が党内に相反する2つの路線(思想・政策)を抱えていれば、政府が打ち出す政策もどっちつかずの中途半端なものにならざるを得ないからだ。

 もう、そろそろ決着をつけるべき時なのだ。さもなければ、日本経済は沈む一方になる。