危機の今、菅ではとても無理だ

(日刊ゲンダイ2010/9/7)
民主党内の代表選投票資格者たちは沸き上がっている小沢一郎支持の庶民の声を反映させて代表を選ぶ義務と責任がある

―政権交代直前の熱狂が戻った民主党支持
―それは菅政権による自民党政治への逆戻りを拒否し立ち上がった小沢一郎への庶民の期待の表現である
言うまでもなく、民主党代表選は、民主党の国会議員と地方議員、党員・サポーターだけに投票権利がある。だから、大新聞が小沢一郎を代表にさせまいと、必死に一般の世論調査なるものを掲載しても意味がない。
一般の中には自民党支持者も共産党支持者もいる。政治にまったく無関心という人も多い。その人たちはマスコミに植え付けられたイメージ先行で、概して小沢嫌いが多い。それで、マスコミから電話が来ると、まだ菅の方が総理としてマシと瞬間的に答えている。
そのレベルの話だから、代表選の行方とは全然関係ない。要は、まじめな民主党支持者や党員が、この代表選をどう受け止めているかが最も大事なのだが、いやはや驚いた。すごい熱気になっている。東京と大阪で始まった週末の立会演説会はクソ暑い炎天下にもかかわらず、駅前ロータリーは老若男女の聴衆であふれ返った。
世論調査通りなら、菅支持が3人に2人はいて当然だが、現実はさにあらず。8割近くが小沢の演説を聞きにきた人たちなのである。同行したテレビ局のスタッフが言う。
「コメントを取ろうと聴衆にマイクを向けると、ほとんどが小沢ファン。同数の菅支持のコメントを取るのに苦労しました。驚いたのは、最初は汗をふきながら静かに聴いていた人たちが、小沢の演説に聞き入り、後半の方ではどんどん熱くなっていくことでした。どこからともなく拍手や掛け声の輪が広がり、自然と“小沢コール”の大合唱になった。若いOL風の女性まで絶叫する。普段は悪者扱いされる小沢ですが、すごい人気と歓声。ちょっとした感動ものでしたよ」 菅政権の政治や代表選に少しでも関心がある人たちの間では、まるで昨年の政権交代直前の熱狂が戻ったかのようなムードなのだ。


◆今度こそ本物の政権交代を期待
それもこれも、党内でまでも悪人扱いされ、表に出ることを“排除”された小沢が、苦渋の一大決心をし、代表選に出馬したからだ。何もできない菅の無投票続投を許してしまったら、この国は終わってしまうと、小沢が危機感から立ち上がった。だから、そのおとこ気と心意気に「小沢コール」が湧き上がっているのだ。
「私も小沢氏に拍手喝采したい」と語ったのは、元外交官で評論家の天木直人氏だ。
「この国はまだ本当の意味で政権交代をしていない。普天間問題で分かったように、政治の主導権を官僚が握り続けているからです。それで自民党時代と変わらない政治になっている。とくに何もできない菅首相は、官僚に任せておいた方が楽だと、どんどん官僚依存を強めている。これに我慢ならず、立ち上がったのが小沢氏です。菅政治ではせっかくの政権交代が台無しになる、自民党政治に戻しちゃいけないと、政治主導、国民主導を強く訴えている。全面的に賛成です。官僚は強い政治家には従う。小沢氏がトップに立てば、この国の政治スタイルは劇的に変わります。マスコミは小沢氏の過去にしつこくこだわるが、正しい政治をやってくれる人がいい政治家なのです」
分かる人はそこが分かっている。だから小沢に対する期待がどんどん高まっているのだ。


◆小沢が首相になれば、菅は得意な厚労大臣で働かさせてもらえばいい
それなのに民主党の議員や党員の中には、まだ「脱小沢だ」とホザいている者がいるから驚く。民主党支持者の熱狂が全然分かっちゃいないのだ。
筑波大名誉教授の小林弥六氏(経済学)が言う。
「反小沢の議員たちは、最近の世論調査の数字を盾にしていますが、それがおかしい。選挙で示された民意、それこそが最大の世論なのです。昨年の総選挙でマニフェスト、政治主導を掲げた民主党は圧勝した。そのマニフェストを後退させ、消費税増税を打ち出した今年の参院選では大敗した。つまり、菅首相の政治は世論に否定されたのです。小沢氏が好きか嫌いか、いいか悪いかだけで、1000人程度に聞いている世論調査とは重みが全然違うのです。それを考えれば、民主党の議員や党員は国民の選挙の声を汲み取って代表選で投票する義務と責任があるのです」
本当だ。参院選で否定された菅首相を、再び首相に選ぶのは、有権者に対する裏切りと同じなのだ。
小沢に熱い声援を送る聴衆の気持ちを踏みにじるだけの問題ではないのである。

◆見えてきた民主党政権長期化の道
小林弥六氏(前出)が続ける。
「経済危機、雇用危機、将来危機と、日本は危機で八方ふさがりです。菅首相の能力ではこの危機を乗り越えられないことが3カ月間で分かった。そこに小沢氏が出馬の決断をした。庶民は、この閉塞感を打ち破ってくれるかもしれないと期待を持った。明るい兆しが初めて見えてきたのです。この庶民の高揚感を、民主党は絶対つぶしてはいけない。あってはならないことです」

立会演説会の手ごたえもあって、小沢は勝利に自信を深めたのだろう。これまでの「政治とカネ」の釈明など守りから攻めに転じてきた。官僚の力をそぐ地方自治体への一括交付金問題では具体的プランを語り始め、野党との連携でも一歩踏み込んだ発言をするようになってきた。一方、政権維持に精いっぱいの菅は相変わらず「コヨウ、コヨウ」の連呼と、唯一の政治実績である薬害エイズ問題を披歴するだけである。2人の言動は、深みやノリシロが全然違う。もはや「勝負あった」である。評論家の塩田潮氏がこう言った。
「民主党政権を見ていると、保守合同後の自民党の歴史とダブって見えます。鳩山前首相のおじいちゃんである鳩山一郎がまず初代首相を務め、2代目の石橋湛山は短命で終わり、3代目の岸信介がよくも悪くも、その後の自民党長期政権の基礎をつくった。岸と小沢氏の政治哲学の違いはともかく、小沢氏が首相になれば、3代目首相にして初めて民主党政権長期化の大枠ができると思います」

薬害エイズの思い出が大好きな菅は、そのとき、小沢内閣の厚労大臣にでもしてもらえばいい。それがハマリ役。菅が身の程をわきまえれば、小沢新政権は押しも押されもしない本格政権になること請け合いだ。