政権交代は何のためだったのか?

(民主党 中塚一宏の毎日更新ブログ 2010年9月4日)  http://bit.ly/as29Iz


政権交代は何のためだったのか?
今日は土曜日だけれど早朝に選挙区日程をこなした後、選対政策班のミーティング、新宿西口立会演説会、そしてその後、ニコニコ動画生中継の打ち合わせに先乗り。ネットライブ中継のできはひじょうに良かったと思う。

小沢一郎さんと20年。その間いろいろなことがあった。別に総理にならなくても、素晴らしい政治家だと思うし、それは今も変わりない。

思えば、「小沢一郎政治塾」を発案したのは私、「一新会」という名前を付けたのも、私。毀誉褒貶つきまとう小沢一郎という政治家の本当の姿を広く皆に知ってもらいたくて、今までやってきた。

昨年、皆さんのおかげで政権交代が実現しました。にもかかわらず、やりたいことの半分もできずに、次の選挙の心配ばかりしなければいけないようでは、何のために政治をやっているのか分かりません。

今までとは違う政治という、政権交代の本義を実行するため、代表選挙頑張らないと。


終わりにかえて~小沢一郎という政治家~(拙文、平成14年著「新しい繁栄と発展のために」あとがきより)

平成2年4月、全く無鉄砲に24歳の男が政治の世界に飛び込んだ。始めの5年は議員秘書として選挙を学び、次の5年は政策を中心に学んだ。幸いにして多くの人のご助力とご配慮により、10年目にして衆議院議員に当選することができた。

この12年間は、世界と我が国が激動した時代そのものである。政界も激しく有為転変を経験した。私は正にその渦中にあって、色々なことを見聞きした。終わりに、この10年の殆どを通して小沢一郎氏と政治行動をともにすることができたが、私の政治の師であり、政治的な父親である小沢一郎氏について触れたいと思う。

小沢一郎氏ほど、毀誉褒貶つきまとう政治家は現在いない。多くの人は小沢氏の周辺から人がどんどんと離れてゆくことをもって、剛腕、わがままという評価を下す。しかし小沢一郎氏から離れていった人は、野党から与党へと変節した人が殆どである。権力のもつ魔力は一度経験したものにとっては何ものにも抗しがたいものらしい。選挙にしても与党で戦えば多くの団体の支持が見込めると考え、氏のもとを離れていった人が殆どである。

私から見た小沢氏とは、とにかく「真面目」の一言に尽きる。小沢氏は子供の頃、母から「男は泣き言をいうんじゃない。言い訳をするんじゃない。志を高く持って、それを貫け」と教えられたそうで、それをずっと貫いているように思える。また加えて「欲がない」という面もある。人は誰しも、他人から良く思われたいと考える。ところが小沢氏にはそれがない。正に人が自分から離れようとするときに、お愛想もなければ、引き留めることもしない。これが誤解を受ける一番の原因だろう。

しかしながら、小沢氏ほど人間の持っている可能性、民主主義のもっている可能性を信じている政治家もいない。小沢氏の理想は時に荒唐無稽と思えるほどに崇高である。その信念こそが自民党という権力の中で、しかも将来を嘱望されていた存在であったにもかかわらず、離党しあえて野党という立場で、政策を武器に政権交代を迫ろうとする原動力なのだと思う。

また政治家同士に対する厳しさを他の誰よりもっている議員でもある。私も「政治家である以上、自分の志、信念に殉じることができなければならない」と言われたことがある。また人間関係と政治を厳しく峻別する人でもある。みんな仲良くということは、素晴らしいけれども、これだけの厳しい時代に、特に政治の世界において、議員同士の人間関係だけが優先され、政策が議論できない、構造改革が進まないということは、論外である。どこまでも議論をつくし、そして決まったことには皆で従うという、民主政治の基本に立ち返るべきだと考えている。

私がはじめて小沢一郎氏に会ったときは、氏は自民党幹事長であった。まずはその卓抜したリーダーシップを目の当たりにして、たいへん大きな刺激を受けた。我が国は、気候温暖で農作物に恵まれ、また島国であるという地理的な条件からも、その歴史の大部分を平和なうちに過ごすことができた。平時にはリーダーシップは必要ない。パイが増え続けているうちは、皆に公平に分配してゆくことが可能であり、リーダーの役目はせいぜい順番をつけることくらいである。ことろが危機が顕在化すると、リーダーシップが不可欠となる。我が国においても過去何度かの大改革が行われているが、その改革の主役の評判は必ずしもかんばしくない。大化改新の天智天皇しかり、中世を終わらせた織田信長しかり、明治維新を断行し日本の近代官僚制度を作り上げた大久保利通しかりである。我が国はとかくリーダーシップを認めにくい社会であるが、今こそ「嫌われ者」「異端者」としての指導者が求められる激動期である。そういった指導者が民主政治下において現れるためには、なによりも民主政治の担い手、主人公である国民一人一人の自立が必要となる。この観点からも、小沢氏は自立ということを、常に熱く語る。

今、小沢一郎氏は自身の栄達よりも、我が国の前途に思いをめぐらせ、とにかくこの国をかえたいとの一心である。今の体制の変革を成し遂げるために、理念と政策を武器に、現政権の打倒に全力を挙げようとしている。小沢氏は本年還暦を迎えた。政治年齢というのがあるとすれば、小沢氏はまさに今までの経験とその見識が円熟を迎える時期である。混迷する我が国の政治状況にあって、また不安定さを増す国際情勢の中にあって、小沢氏のもつ政策・理念・信念はますます輝きを増していると思う。小沢一郎氏には、ご自愛をお願いするとともに、私を含めた若い世代の政治家に対して、更なる御鞭撻を賜りたいと切にこいねがう次第である。