「小沢VS菅」対決の果ては民主党分裂と改革路線見直し

小沢出馬説で大揺れする政権党の脆弱性


長谷川幸洋「ニュースの深層」
(現代ビジネス 2010年08月20日) http://p.tl/GYyT


民主党の代表選が迫ってきた。

 焦点の小沢一郎前幹事長が立候補するかどうか、本稿執筆時点(19日午後)では確定していない。だが、小沢が出馬するにせよしないにせよ、明らかになりつつあるのは、どうやら次の民主党政権はこれまでの政策路線を見直す可能性が高いという点だ。

 まず、小沢グループの動向からみていこう。

 小沢側近である山岡賢次副代表は8月6日に約150人の議員を集めて「09政権マニフェストの原点に返り『国民の生活を守る』集い」を開いた。

 事実上、小沢擁立を目指すグループの総決起集会だった。集会の名前が示すとおり、小沢グループの結集軸は「09年マニフェストへの回帰」である。

 参院選の敗北は菅直人首相の消費税引き上げ発言に加えて、09年マニフェストを実現できなかったことが大きな理由であり、だからこそ党の原点に戻るべきだ、と彼らは唱えている。

 そう言うなら「では、09年マニフェストをどう実現するか」という政策論議につなげていかなければならないはずだが、そんな展開にはなっていない。

 そうなっていないのは、表向きは政策を語っているように見せても、実はグループが結集する大義名分として「09年マニフェストへの回帰」を持ち出したにすぎないからではないか、と私は疑っているが、その点はひとまず措く。

 ここはまずグループとして団結し、影響力を高めることが最優先と判断した、と理解する。この目標はひとまず達成しつつあるようだ。

 幹部たちの「菅首相の思い通りにはさせない」という戦闘意欲は次第に熱を帯びて、マスコミ報道でも「小沢vs菅」の構図が出来上がってきた。

 こうなると菅代表が再選されたところで、もはや小沢の影響力は無視できない。

 小沢を党か政府の役職につけた場合はもちろん、つけなかったとしても、小沢グループが大義名分に掲げた09年マニフェストを可能なかぎり実現していく方向で妥協を図らざるをえなくなったのではないか。

 そうしなければ、小沢グループを完全に敵に回してしまうからだ。下手をすれば、小沢の離党=党分裂さえ誘発しかねない。

 分裂の芽は内閣の中にさえある。

 たとえば、小沢に近い原口一博総務相は私のインタビューに答えて「マニフェストが守れなかったことは真摯に反省すべき。参院選の結果をうけてマニフェストを修正しようとの動きがありますが、われわれにとってマニフェスト自体が構造改革なのですから、それは違うと思う」と語っている(『週刊現代』9月4日号)。

原口は「政権交代があるなら、2011年度予算編成で一般会計歳出の上限を71兆円、国債発行額の上限を44兆円とした閣議決定も見直すべきだ」という考えもあきらかにした。

 こういう考え方は菅首相が続投した場合でも底流に流れ続ける。小沢が代表選に勝利し、小沢政権が実現した場合はもちろんだ。

 つまり小沢vs菅の構図が固まってくるにつれて、政策の基本路線もなんらかの修正を迫られそうだ。ずばりいえば、歳出71兆円と国債発行44兆円という大枠は、はやくも風前の灯火なのではないか。

 09年度マニフェストを実現する財源はあるかどうかという議論は二の次、三の次である。政局の流れが政策の流れを決めてしまうのだ。

 このあたりは、できないと分かっていながら尊皇攘夷を掲げて徳川幕府を倒した薩長同盟を思い出させる。尊皇攘夷は結局、できなかったが倒幕には成功した。その過程で大量の無駄な血が流れた。今回は無駄なカネを浪費する公算が高い。

 それもこれも、ようするに民主党としてのしっかりした政策路線があるようでいて、実はぐらぐらしていることが根本的な理由である。約束した予算組み替えができないのは、その象徴だ。

 菅代表=首相が続投した場合でも、党と内閣の大幅改造は必至である。

 菅首相は代表再選を決めれば、直ちに党執行部を入れ替えるとともに、閣僚の辞表をとりまとめ内閣改造に着手するだろう。枝野幸男幹事長と安住淳選挙対策委員長の更迭は党内の大勢が織り込み済みである。

 閣内では、なんといっても仙谷由人官房長官の処遇が最大の焦点になる。

 仙谷は大幅に求心力を失った菅に代わって「いまや事実上、官邸の主」という評価が高い。小沢にすれば、菅の続投を容認したところで、仙谷を外さなければ、政権を舞台裏からコントロールするのが難しくなるのは百も承知だ。

 小沢vs菅の決着は、実は小沢vs仙谷の行方にかかっている。


■小沢政権なら公明党は協調路線


 小沢が勝利した場合は、政局の構図がガラリと変わる。

 その場合の焦点は、もはや負けた菅支持派をどうするかという戦後処理問題ではない。公明党の動向である。公明党は菅政権に対してレッドカードを突きつけたが、小沢政権に対しては一転して協調路線を探る可能性が高い。

子ども手当など政策面でもともと親和性が高いのに加えて、与党との関係を好転させれば、ガチガチの野党に徹しているより、キャスティングボートの価値が高まるからだ。民主党代表選の行方をもっとも真剣な眼差しで見つめている野党は公明党である。

 公明党が小沢民主党に接近した場合も、やはり11年度予算は大型化する可能性が高い。先の臨時国会で補正予算による景気対策を唱えたのは公明党だった。財政出動に前向きなのだ。

 永田町の権力闘争をよそに、日本経済は危機モードに入ってきた。円は一時1ドル=84円台に突入し、10年もの国債が示す長期金利は一時0.9%にまで下がった。株価は低迷、デフレが加速している。

 そこに政変が重なって政府は国債増発、日銀は思わせぶりなポーズばかりで、政策転換には知らん顔となると、さて日本経済はどうなるのだろうか。

 さすがに少し心配になってきた。これほどの混乱状態はちょっと思い出せない。これまで真面目に生活防衛を考えてこなかったが、この際、安くなったドル、あるいは金(ゴールド)でも買っておくか。