小泉「構造改革」の正しい評価が必要だ


山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
(DIAMOND online 2010年8月18日) http://p.tl/dn-C

■菅政権延命でも政界再編

 菅直人首相が夏休みを取ったこともあり、9月14日に民主党の代表選を控えている割に政治は静かだ。対立候補が明確でないこともあり、猛暑の中、政界にもある種の倦怠感が漂っているようだ。

 各種調査を見る限り、世論は菅内閣を支持していないが、他方で、短期間に日本の首相が替わることに対しても賛成していない。短期間での首相交代が、本当に国益に反するのか否かは、本来前後の政権を較べて論じないと結論が出ない話だが、国民は目下政権交代に消極的であり、これが菅首相の頼みの綱になっている。

 端的に言って、次が誰であるとしても、最早、菅氏と比較するとしても、魅力的な候補者がいないとの諦めを多くの国民が抱いてるのかも知れない。「政治不信」とは別の形だが、政治の力が低下している。

 一方、参議院選挙期間中は、いわゆる「ブレ」発言のオンパレードが報道された菅首相であったが、彼及び彼の周辺から、参議院選挙後には、目下の所、意外に大きな失点はない。参院選挙を台無しにした菅党首の消費税発言から見ても、官僚組織は、菅内閣が随分「お利口」な内閣になったと感じて、攻撃の手を緩めているのかも知れない。官僚組織としても、政治屋が言うことを聞くなら、しばらくそのままでもよい筈だ。

 菅氏は、16日、代表に再選された場合、小沢一郎氏を幹事長に起用しない方針を明らかにした。メディアの協力を得て、「小沢か、非小沢か」を再び争点にすることができれば、世論の支持も得て再選が可能かも知れない。しかし、その場合、民主党内の亀裂は大きくなるだろう。

 加えて、次期通常国会では、予算案は衆議院の優越規定で通るとしても、予算関連法案を通す見通しが立たない。加えて、世界的に経済対策の効果が切れる時期を迎えており、景気はしばらく下り坂だ。

菅氏が少々続けることが出来たとしても、政権は立ち往生する可能性が大きい。連立の組み直しや、新たな連立を前提とした政党の再編が遠からず起こるのではないだろうか。

 何を切っ掛けに誰と誰が手を結ぶか、その際に、菅氏を許すとも思えない「剛腕」小沢一郎氏がどう動くのかといった予想は、頭の体操として面白いが、現時点ではまだ具体像が見えない。ただ、政界がいかに再編されるとしても、政策の考え方について整理しておきたいポイントが一つある。


■参院選の民意は小泉路線の再評価

 与党である民主党内にも、前回総選挙のマニフェストに立ち返るべきだという声と、官僚組織に逆らって政権運営は出来ないのでマニフェストの見直しを積極的に行うべきだとする声があるように見える。今のところ、小沢氏に近いグループが前者、菅氏・仙石氏の路線は後者だろう。

 また、最近は注目度が下がっていて目立たないが、最大野党である自民党内にも、規制緩和と金融緩和を重視して名目成長率の引き上げを優先する「上げ潮派」的な考え方と、消費税率の早期引き上げを主張する「財政再建派」がいる。

 二大政党は両党とも一枚岩にはほど遠い。有権者としては、比例代表に投票する際に、党名を書いても、実質的に自分が何に賛成しているのか判じがたい状況だ。

 一方、前回の参院選から敢えて目立った民意を拾うと、「小泉路線の再評価」ではないだろうか。

 民主党の負けすぎで、分かりやすいキャスティングボートを持てなかったが、みんなの党が10議席を得たし、自民党でも、片山さつき氏、佐藤ゆかり氏、猪口邦子氏といった、かつて小泉チルドレンと呼ばれた人達が余裕を持って当選した。付け加えると、小泉純一郎氏の次男・小泉進次郎議員の人気にも、かつての小泉路線への共感がなにがしか入っているように思われる。

ここで、筆者とは意見が異なるのだが、みんなの党に対して批判的な慶応大学の金子勝氏のツイッターでのご発言が分かりやすい補助線を提供してくれるので、紹介したい。金子氏は、以下のように、つぶやいた。

「みんなの党の主張って完全に小泉「構造改革」の焼き直しなのに。中身は、議員・公務員数削減、規制緩和と法人税減税で成長?、地方分権で「小さな政府」。どこが新しいの?プラス埋蔵金探しにインフレターゲット。あきれて、つい「やってみたら」と言いたくなってしまいます。終わっていますね。」

 別の場所には「メディアが事実に基づいて構造改革の失敗を総括できずにいるので」というご発言もあった。

 推察するに、金子氏は、小泉構造改革が行われた結果、日本の社会と経済の状況が悪くなった、という事実認識を前提にしておられるのだろう。


■実行されなかった小泉「構造改革」

 確かに「構造改革」の総括が重要だ。では、事実認識の問題として、小泉「構造改革」は、どの程度実行されたのか。

 端的に言って、構造改革は、「宣言すれども、実行せず」だったのではないだろうか。

 金子氏が挙げた項目を見ると分かりやすい。確かに、何れも、前々から指摘されていた項目であり、新鮮味はない。だが、実現し、その効果が確認されたのだろうか。

 小泉政権の頃と現状を較べると、議員定数は減っていない。公務員は少し減ったが、ペースが遅い。天下りはむしろ容認にすり替わり、廃止ないし民営化されるはずだった行政法人は、看板を変えながらほとんど全てが生き残った。国家予算で飯を食う広義の公務員は大きくは減っていない。

 電波の効率利用、医療の株式会社化の容認のような効果の大きい規制緩和はさっぱり行われていない。法人税減税でも、日本は現在税率引き下げの国際競争で大きく遅れを取っている。

公平を期するために、進んだものも挙げると、公共事業の削減は随分進んだ。これは地方経済の地盤沈下に直結した。地方の公共事業は減ったのに、予算と権限の面での地方分権が進んでいないために、地方が浮上できないのだ。

 何よりも、小泉純一郎氏が声を大にして強調して前々回の総選挙で大勝した争点であったはずの郵政民営化は、進行があまりにゆっくりであったことから、元に巻き戻りつつある。

 それぞれの改革の現場に関わった方は一方ならぬ苦労をされたのだろうから、一緒くたに批判するつもりはないが、小泉元首相は、方針を掲げたものの、実行が甘かった。彼の在任中によく使われた批判の言葉は「丸投げ」であった。小泉氏は、勇ましいことを言っただけで、実務を官僚組織に丸投げした結果、官僚の巧みなサボタージュや時間稼ぎによって、何れも「骨抜き」にされてしまった。

 渡辺善美みんなの党代表の分かりやすい説明を借りると、官僚の三大武器は「リーク、悪口、サボタージュ」であるらしいが、巧みにコントロールされたサボタージュの効果は驚異的であった。民主党政権になってからも、国家戦略局を立ち枯れに追い込むなど、効果を発揮し続けている。

 小泉「構造改革」が実行面で進まなかった最大の理由は、小泉氏が公務員の人事制度改革を先送りしたからだ。敢えて一言言うなら、小泉氏は、負ける可能性のある喧嘩をしなかった。賢かったとも言えるし、情けなかったとも言える。

 結局、「構造改革」は殆ど実行されなかった、というのが、正しい事実認識ではないだろうか。


■政策の対立軸

「構造改革」が、実行されて失敗したのか、実行されなかったのか、の事実認識は今後の政策の対立軸を整理する上で重要だ。

 筆者は、「構造改革」は殆ど実行されなかった、と考えている。

 だとすると、「構造改革」が主張した規制緩和と公的部門の(つまりは公務員の)経済関与の縮小は有力な方針の一つとなるのではないだろうか。民主党にも「構造改革」的路線の支持者は少なくないだろうし、彼らから見て、自民党は「構造改革」を唱えたものの、これを実行しなかった政党だ。一方、自民党内にも、「構造改革」を今度こそ実行しなければならないと考える人達がいるはずだ。両者は、理想とする所得再配分の程度において、異なる意見を持っている可能性があるが、当面の行政と経済の運営面では、路線が一致するはずだ。

 公務員の人事制度改革を行うか、法人税の大幅引き下げを行うか、労働規制の緩和を行うか、といった点について整理していけば、政治は、再び明確な選択肢を国民に提供できるようになるのではないだろうか。

 今の時点で推測するに、渡辺善美氏はそれぞれに「賛成」だろうし、亀井静香氏はそれぞれに「反対」ではなかろうか。二大政党の諸氏は何れにつくだろうか。

 この明確化に失敗して、党内・党外共に「ねじれ」の状況ままでは、現状の停滞感がますます固定化されるだろうし、経済的な活力の海外流出が止まらないだろう。