菅首相もばっさり、家庭内野党の力 酒と選挙と小沢さん大好き、伸子夫人

(毎日新聞 2010年7月15日 東京夕刊)    http://p.tl/6vok
 

◇「公邸には9月までの服しか持って行ってません」

伸子さんの酒は楽しい。「あなた、どう思うのよ!」と逆質問には参ったけれど…=三浦博之撮影

 参院選で民主党が大敗しながらも続投を決めた菅直人首相。そのいばらの道を支えるのは妻の伸子さん(64)である。「家庭内野党」を貫く最強ブレーンらしい。大の飲んべえと聞き、夫人を居酒屋に誘った。【鈴木琢磨】

 ここは東京・高田馬場の赤ちょうちん、そばを神田川が流れている。13日夕、公邸を抜け出した伸子さん、やってくるなり、ビールの大ジョッキをグイーっ。「津田塾を出て、田舎に帰るのがイヤで早稲田の仏文に学士入学したの。菅と付き合っていたから。東京にいる口実ね。私は高円寺の4畳半で下宿し、銭湯にも通ってましたけど、かぐや姫の歌みたいな同棲(どうせい)はしてなかった。早慶戦のあった日なんかジョッキ十何杯飲んだわね。若かった。ハハハ」

 甘酸っぱい青春の思い出はさておき、気になるのは、二人三脚で歩んできたご亭主の出処進退。12日未明の記者会見で菅さんは敗北の理由に「消費税の説明不足」をあげながらも辞任は否定し、続投宣言した。「財務相からすぐに首相になったんですよ。財政を何とかしなくちゃって思いを引きずっていましたから。財務相の気分で首相になっちゃったんですよ。会見が終わって公邸に戻ったら、芋焼酎をロックで飲んでコロッと寝てしまった。終盤には結果がよくなさそうだと知っていたけど、どんなに負けても続投するぞって割に早くから言っていたわね。神経、ずぶといし、ノー天気な人だから」

選挙戦では伸子さんも応援演説に全国を駆け回った。民主党を「仮設住宅」、自民党を「ボロ家」にたとえて聴衆をわかせていた。「仮設住宅は屋根もあってご飯もつくれる。もうちょっと住んでみてくださいよ。ボロ家はまだ雨漏りしていますから」。なかなかうまい。「もともとは田中秀征さん(元新党さきがけ代表代行)がおっしゃってたの。おもしろいからいただいちゃって」。でも、そのボロ家、案外、丈夫でしたね。

 「あんた、ホントそう思ってるの! ボロボロじゃないの。だって、与謝野馨さんは出るわ、舛添要一さんは出るわ、人材がいないでしょ。すごいのは林芳正さんくらいかなあ。うちもそんな偉そうに言えたもんじゃないけど、人材はこっちの方が多いです!」。いつしか伸子さん、日本酒をぐいぐい。あだ名は「のぶゴン」、その見事な飲みっぷり、鼻っ柱の強さは頼もしい限りだが、国会は立ち行かない。「菅には、みんなの党の公務員制度改革のアイデアを丸のみしちゃったらって言ってるんです」。すわ連立?

 「菅は、大事なことは私には一切、言わない。ちゃんと情報管理してますよ」

とにかく選挙が三度のメシより好きで、夫婦の会話も政治ネタ中心というから、ちょっと変わっている。「そうかしら。私、お茶をやってるんです。禅宗でしょ。執着しない心、年をとるにつれ、わかってくるわね。モノも地位も名誉もいらない。元気で選挙ができたらそれが一番、こんないいことない。いろんな人に出会えて」。参院選敗北の伸子流総括はこう。「去年の衆院選で勝ちすぎちゃったからね。まあうちの地力、こんなものよ。1人区でボロ負けしたでしょ、県会議員や市会議員がほとんどいませんから。来年の統一地方選、本気になってやらないとダメよ」

 なんとも冷静な観察眼、そして次を見据えている。まるで幹事長。そういえば、前幹事長の小沢一郎さんの行方がようとして知れないとか。「おもろいねえ、あの人。めっちゃ好きです。顔出したくないのよ、シャイで。私、選挙のやり方、小沢さんそっくりなの。川上からやれ、1日50カ所、つじ立ちやれ。まったく同じ。私もやってます! やってなかったら、ここまできてません! でも小沢さん、あそこまで行った人なのに、まだまだやりますよ。9月の代表選で菅がやられるかも」

 ほろ酔いで舌が滑らかになったとはいえ、聞き捨てならぬ発言である。ケムに巻かれている気もするが、舌はさらにすべる、すべる。「公邸に引っ越したとき、9月までの洋服とか着物しか持って行ってませんよ。冬物なし。公邸のことを私、首相の社宅って呼んでいるんです。だからリフォームもしてません。社宅ってそうでしょ。すぐ吉祥寺の自宅へ戻らなきゃならないかもわからないし。可能性高いわよ……」。ガハハと豪快に笑い、おちょうしがどんどん空になっていく。情けないことに、インタビュアーのこちらが酔っ払ってきた。

さっきからカウンターの向こうでおかみさんが興味津々である。しばしインタビュアーをバトンタッチした。野菜の煮物、アジの南蛮漬けをつまみながら、話題は永田町暮らし。「光熱費もかからないし快適だけど、生活するのは不便ね。買い物に行けないでしょ。この30年、生活クラブ生協に入っていて、公邸に配達してもらうことにしたの。でも、こんなケースは初めてらしく、危険物のチェックのため、保冷剤入りの発泡スチロールの容器に赤外線を当てたり、そりゃもう大変よ。自宅だったら、玄関先に積んでおいてもらえるのに、留守にしないでと注意されたり」

 ごく普通のおばさん感覚である。選挙中の応援演説では消費税論議について「食料品は課税してほしくないと菅に言っています」と述べてもいた。だが、家庭内野党の声は選挙民には伝わらず、大敗した。消費税率アップはもとより、モットーに掲げた<強い経済、強い財政、強い社会保障>の解説もどうもぴんとこない。なぜ菅さん、こんなことを自信満々に語りだしたのだろう? しかも唐突に。あれこれ考えていて、ふと思い当たった。高校のころ、クラスでたったひとり数学の難問が解けて、有頂天になっていた同級生に似ているな、と。

 「そんな感じする。解けたから世の中、どう変わるかってことよ」。気がつけば、一升瓶がカラになり、二升目もあと少し。こちらはもはやノックアウト寸前、伸子さんはというと、けろっとしている。「菅も強い。学生時代、2人は酒の神・バッカスで結ばれましたから」。伸子節のパワーは衰え知らず、もう一軒ハシゴした。夢見心地の頭に残った言葉がある。「菅直人が首相になること自体、日本中が小粒になったことのあかしよ。永田町も草食系ばかりだし。人間を育てないといけないわね。教育なのよ、結局は」