長谷川幸洋・東京新聞論説委員 インタビュー vol.1

「民主党政権は国民をなめていた」 田原総一朗のニッポン大改革

(現代ビジネス 2010年07月20日)  http://bit.ly/ddaX2N


長谷川 いや、(民主党が)これほど負けるとは思わなかったですね。もうちょっと行くんじゃないかと思いました。まあ、みんなの党はだいたいこんなものだとは思っていましたが。

田原 投票日前週の木曜、金曜あたりの新聞各紙を見てね、47議席くらいかと思ったんですけど、さらに落ちましたね。これはなんでしょうね。

長谷川 まあ、菅政権ができてからずっと支持率落ちてますし、あの予想はたぶん2日前、3日前のデータだから、投票日までにもう一段下がるのはまあ自然だなと。

田原 そうですか。僕はまたね、木曜、金曜日各紙がきつく叩いたので反動的にちょっと上がるかもしれないと思ってました。

長谷川 まあ、上がる要素がほとんどなかったですね。それで最後に消費税のお詫び広告を新聞に出したでしょう、あれでいよいよこけたなと。

田原 あれが大きかったですか。最初、僕は、(民主党が)54取れるかどうかから、50台に上がるかどうかあたりだったんですが、長谷川さんはどう見てらっしゃいました?

長谷川 まあ、50そこそこ、おそらく割るんじゃないかなというくらい。でもこれほど負けるとは思わなかったです。

田原 菅政権ができて、最初(支持率)は朝日新聞が60%、読売新聞が64%でしたかね。NHKが61%ですか。それがじわじわ落ちて、その次につるべ落としのように下がった。これはどう見てらっしゃいますか?

長谷川 まあ、それまでの政権の実績がよくなかったということに加えて消費税問題で、まあ10%以上値引きされていったという気がしますね。


違和感があった経団連会長の発言


田原 その消費税についてはね、新聞でいえば朝日、毎日、読売、日経、産経、東京新聞も含めて賛成でしたね。

長谷川 東京新聞は反対なんですよ。ぼくが社説を書いてますから。

田原 長谷川さんは消費税の引き上げに反対なんですか?

長谷川 反対っていうか、その前に公務員制度改革その他やることがある、という社説を書きました。

田原 じゃあ東京新聞のぞいては、全部消費税賛成ですよね。

長谷川 細かく見れば必ずしもそうじゃないですが・・・。

田原 朝日は大賛成でしたね。

長谷川 あれはひどかったですね。

田原 テレビも反対はどこもなかったと思う。

 ひとつはね、マスメディアがみんな東京にあって、日本の中で東京だけは少し景気があがったかなというのがあったんだと思います。新聞やテレビが非常に消費税賛成なんで、つい菅さんはそれに乗ったのかなという気がするんです。どうですか?

長谷川 うーん、マスコミに煽られたというか、財務省がそこは周到なんですけども、こういうことを総理に吹き込む前に、外堀をしっかり埋めていくんですよね。

田原 外堀って、マスコミですか?

長谷川 マスコミの前に、一番最初は経団連だと思います。

田原 あ、経団連?

長谷川 経団連、経済界ですね。

 で、マスコミはつまり財務省に取材し、次に経済界を取材していくわけだから、マスコミの取材先をまず潰していくわけですよ。経団連に聞けば賛成、と。だから選挙の直後に米倉(弘昌経団連)会長の発言を聞いていても、「消費税引き上げを言ったことが敗因ではないと思います」と言ってましたね。

田原 なんか、鳩山、小沢政権がまずかったからってなこと言ってましたね。

長谷川 あれも僕は財務省が振りつけてると思いますね。

田原 ああいう言い方も?

長谷川 ああいう言い方も含めて。

田原 米倉さんは、言われたとおりですか。

長谷川 言われたとおり、言ったんじゃないかなと。

田原 そういえば、あのコメントは違和感がありました。

長谷川 ええ、僕もすごく違和感ありました。

田原 だって、どう見たってね、鳩山、小沢さんは辞めたんですからね。一時は、菅さんになって、支持率どーんと上がったんですから。

長谷川 僕、あれ見た瞬間に米倉さんが自分の頭で考えておっしゃったとは思えなかったですね。

田原 そんな人が経団連会長になって大丈夫なんですか?

長谷川 というか、そういうふうに、はじめから経団連事務局と財務省主計局は完全に握り合ってますから。経団連事務局が出してくる消費税や税制のいろんなペーパーがありますけども、財務省主計局が作ったペーパーそのままってこと、よくあります。

田原 おんなじですか?

長谷川 書式を見ればすぐわかるんですよ。

田原 書式から。

長谷川 ファイルで。僕も経団連のペーパー読んだことありますけども、これ主計局のファイルをつぎはぎしてるなって、一目でわかります。

田原 そういうものですか。

長谷川 そういうものです。


増税のまえにまず政府が身を切るべき


田原 財務省はまず、じゃあ経済界に・・・。

長谷川 その次が、マスコミですね。

田原 マスコミですね。

長谷川 今回菅政権になって、霞が関はこれまでにも増して、マスコミ工作をやっていた形跡があるんですよね。

田原 そうですか?

長谷川 ええ、僕が聞いただけでも、某大手新聞社の社長ですよ、編集担当じゃなくて社長。社長に直接、某重要経済官僚の事務次官が会いに行って・・・。

田原 経済官僚?

長谷川 ズバリ言いますけど経産省です。経産省の望月(晴文事務次官)氏です。

 望月氏が某新聞社の社長に会いに行って、「この成長戦略をやりたいと思ってます」と。要するに宣伝、地ならしです。それをやっていて、そこに編集論説幹部も出席した。

田原 同席して。

長谷川 少なくとも論説の幹部は同席してるんです。まあ、その手のことは前もしょっちゅうあることで、審議官や主計官が地ならしをするんですけど、今回は望月さん、事務次官自ら社長行脚して。

田原 行脚? 一社じゃないんだ。

長谷川 そうだと思います。全部は聞いてないですけど、まあ一社だけとは思えないですね。

田原 そういえばね、東京新聞の長谷川さんの除いては全部賛成ですからね。消費税値上げ。

長谷川 私が社説書きましたから、東京新聞は反対ということになってるんです。

田原 だから、東京新聞のぞいてはね。

長谷川 そうです。

田原 じゃあ、東京新聞には来なかったんですか?

長谷川 はじめから無理だと思ってるんじゃないですか(笑)。

田原 どうして長谷川さんは反対だったんですか?

長谷川 それはもうすごく単純明快な理由です。消費税を上げる前に国会議員と行政が身を切らなければダメです。

 それから、僕は消費税引き上げに必ずしも頭から反対というわけじゃないんですよ。むしろ、ひょっとしたら消費税引き上げの議論を本当にまじめにしなきゃいけないな、と実は思ってるんです。でも、そのためには政権が信頼されてなきゃいけないんですよね。

 つまり、この政権がする議論であれば、腹を割って、虚心坦懐に議論を聞いてあげようかと国民が思わなきゃいけない。そのためには政権が、まず「身を切る」ということをしないと、国民は信頼しないんですよ。

田原 なるほど。

長谷川 自分たちが天下りは容認し、あるいは国会議員の定員削減も全然いじらず。幼保一元化の問題、それから例えば納税者番号の問題、こういう問題も全部、役所の抵抗で動かないままにしておいて、改革問題の実績をあげずにおいて、「お金がないから国民の皆さん負担してください」という。

 これは話としておかしいだけじゃなく、政治家の政治判断として間違っている。ズバリ言えば国民をなめてる。そういう政治判断は間違ってるんです。つまり未熟な判断です。僕に言わせれば。

田原 なるほど。そのね、長谷川さんの意見にわりに近かったのはみんなの党ですね。

長谷川 そうです。

田原 菅さんはね、10%と言ったときに、自民党が、谷垣(禎一)さんが10%と言ったと。「自民党が10%と言ったから、だから」ということでね、なんか、「乗った」って感じですよ。あの軽さはなんですか?

長谷川 あれはほんとうは、内閣府、財務省の下ごしらえでは10%じゃなかったんです。15%だったんです。

田原 ほんとは。

長谷川 ええ。

田原 そういえばね、僕は前に財務大臣をやっていた藤井(裕久)さんにね、彼が現職のときに、「消費税どのくらい上げるんだ」と聞いたら、「まずねはとにかく13、14%まで上げないと話にならない」と言ってた。

長谷川 大塚耕平さんはちょっとねぎって(笑)、12%くらいと言ってた。

 それで、内閣府が中期財政フレームと財政運営戦略の閣議決定するときにちゃんと試算してるんです。そのペーパーも持ってますが、それによると消費税は15%です。

田原 15%ですか。

長谷川 はい。それプラス、それだけじゃ全然足りない、プラス所得税1.7兆円と相続税0.3兆円の合計2兆円です。

田原 所得税を増やすということは、高所得者の税をもっと上げるということですか? 今50%、一番上がですね。それをもっと上げると?

長谷川 50%にはなってなかったんじゃないですか?

田原 いや、最高50%。

長谷川 そうですね、累進課税を高めるということです。

田原 なるほど。でも、だけどね、財務省が15%と言ってるのに、なぜ谷垣さんは、自民党は10%と言ったんでしょうね。

長谷川 まあ、それもちょっと腰だめで、ねぎったということじゃないですか。

 自民党ですら10%という数字なので、菅さんが15%と、つまり役人の言うとおり、15%と言うのをためらって、それで腰だめで、「自民党が10%と言ってるので」というふうに言ったんじゃないかと思いますね。


菅直人は「国家戦略局はいらない」と思っている


田原 ちょっとそこね、長谷川さん詳しいと思うんで聞きたい。

 菅さんが10%と言う時に、例えばスタッフ、官房長官、幹事長とか、あるいは野田(佳彦)財務大臣とか、そういう論議はしてるんですか?

長谷川 してないと思います。

田原 してない? まったく?

長谷川 まったく、ではないと思いますけど、数字を出す直前に、「まあこういう数字言い方をする」くらいはおっしゃったんじゃないかなと。

田原 誰も反対しなかった?

長谷川 止められなかったんでしょうね。玄葉(光一郎)さんも、直前にそれを聞いて、「10%というのはいかがか」と思ったけど、菅さんがしゃべっちゃったと。というので、後でサポートせざるを得なくなったと。

田原 玄葉は、例えば鳩山さんが(普天間移設問題で)「国外、最低でも県外」と言ったときも、「びっくりした」と。あの人はいつもびっくりしてる(笑)。

長谷川 (笑)。

田原 びっくりしたけど止められなかったと。ほんとは、政調会長なんてね、政策をやるわけだから。

長谷川 まさに、田原さんご指摘の件と、根はまったく一緒だと思うんです。

 つまり、普天間も最初はマニフェストで「在日米軍基地のありかたについては見直しの方向でのぞむ」と、ふわっと書いたにもかかわらず、鳩山さんがいきなり「国外、少なくとも県外」と言ってしまった。そしたら、あとはご承知の通りで、外務大臣、防衛大臣、官房長官、てんでばらばら。つまり内閣の方針が決まらなかった。

 それから予算編成でも、12月16日に小沢さんが官邸に行って、「暫定税率の廃止先送り」を言うまでは、作業が止まっちゃって、内閣として方針が決まらなかった。

 今回も一緒だと思うんですね。つまり、この内閣、民主党内閣は、内閣として重要政策について議論をしっかりして、意思一致していくと、そういうプロセスがそっくり抜け落ちた状態なんですよ。

田原 じゃあまるで、学校のホームルームみたいなもんですか?

長谷川 まあ、だから、ホームルームでわーっとしてるんだけど、突如、誰かが、リーダーがぽーんと行っちゃうと、「えーっ」ということになる。

 だから内閣としての政策を練り上げていくプロセスが、ご承知の通り、国家戦略局がほんとうはその役割を担うべきだったのに、まるで機能していない。どころか、むしろ私が見ている限り、菅さんは「国家戦略局はもう機能しなくていい」というふうに思っているんじゃないかな、と思うくらいのフシさえ感じられますね。


「その問題は松井君に」


田原 例えば小泉(純一郎内閣)さんのときは、経済財政諮問会議が事実上予算を組んだ。その経済財政諮問会議を、いわば国家戦略局が吸収しちゃった。あそこが中心なのに、菅さんは大臣のときになんにもしなかったですね。あれはなんですか?

長谷川 役人の骨抜きというのもありますけども、経済財政諮問会議をやめて、国家戦略局にすると言った時、最初からどういう役割を担うのか、そのための法的整備をどうするのか、そこいらへんの議論を全然詰めてなかったですね。

 僕、菅さんに聞いたことあるんですよ。スタートしてまもなく。いや、もっと後だったかな。官房副長官の松井(孝治)さんも隣にいました。そのときに、「国家戦略局の位置づけ、法的根拠をしっかりしないとダメです。機能しないと思いますけど、菅さんどうするんですか」と聞いたんです。

 すると「その問題は松井君に」って、ひとことも答えずに松井君にふっちゃったわけ。それを見て、菅さんは問題意識がすごく薄いんだなと。つまりご自身が、国家戦略担当大臣だったわけですよ。

田原 そうですよね。

長谷川 にもかかわらず、ご自身の仕事の法的根拠をどう整備するかというのは、最も肝心な仕事だと私は思うんだけど、その肝心な問題を自分が把握していない。

 記者に聞かれてるのに答えようとせずに、松井官房副長官に問題を投げちゃう。で、松井さんは問題意識を持ってるから、私にすごく丁寧に答えてくれたんですよ。

田原 まあ松井さんは、元経済産業省の役人だから。

長谷川 ええ、そうです。松井さんは丁寧に答えてくれたんだけど、そのやり取りを見て、あ、菅さんはこれはそういう問題に意識がないんだなと。そここそが役人との闘いの肝なんだと、こういう認識がないんだなと。

田原 「脱官僚」と言ったのは菅さんですよね。

長谷川 そうそう(笑)。肝心要の官僚と闘う武器ですよ、法的根拠というのは。つまり、俺にこういう権限があるんだから、お前俺の言うこと聞け、という話になるんだけど、そこのところを松井さんに丸投げしちゃったわけですね。

 もうそれが証明しているんだけど、菅さんには闘うための武器、枠組み、体制作りということに関して問題意識がきわめて薄い。加えて、それから荒井(聡国家戦略担当大臣)さんを鳩山さんが重用し、菅さんもそれを引き継いだまま来てますけど、荒井さんのところの国家戦略局をもっとがっちりしていこうという、そういう発言は全然ないですから。

田原 菅さんにも、荒井さんにも? 

長谷川 荒井さんにもないですね。

田原 荒井さん、自分の事務所の問題でちょっと大変だったけど。

長谷川 荒井さんの論説懇談会に僕も参加して、議論というか様子を見てたこともあるんですけど、あれはもうずばりいうと内閣府の一部局にすぎないですね。


経産省のペーパーを丸飲み


田原 ちょっと話を戻しますが、菅さんっていうのは総理大臣になって何をしようとしてるんですか? あるいは何をしようとしてたんですか、いったい。

長谷川 それは菅さんみずからの言葉を検証するかぎり、1月に財務大臣になり、鳩山さんと小沢さんの問題で偶然のように落ちてきて総理大臣になった。

 その経過をたどるのが一番いいと思うんだけど、1月半ばまでは副総理室、首相官邸に陣取っていて、「俺が知ってるんだ」「政治主導でやっていくんだ」、この姿勢が強かった。でも1月26日だったか、27日に例の林芳正さんに子ども手当の常識問題を質問されて、立ち往生した。

田原 答えられなかった。

長谷川 僕はあれが分水嶺だったと思うんです。

 で、あれ以降、というのは2月、3月、4月と月を追って消費税引き上げにどんどんのめりこんでいくんですよ。

 はじめのころは、政府の税制調査会で消費税の議論をすると言っていたのが、その次には、今の通常国会で財政健全化法案、これすなわち増税法案ですけど、財政健全化法案を提出したいとまで言い始めたんですね。4月の段階では。で、首相になって消費税10%を言いだすんですね。

 ですから、この経過をずっと見ると、これまでのところあの人のやってきたことを見ると、増税ですね。

田原 増税ですね。

長谷川 それ以外は成長戦略のところ。自分が12月30日に基本計画をまとめ6月に成長戦略を出しましたけど、あの成長戦略の中身を見ると、あれは政府が、内閣が作った文章というよりは、経済産業省のお勉強ペーパーですよ。

田原 経済産業省が2月と6月に出してますよね。あれをそのままいただいたわけですか。

長谷川 経済産業省のお勉強ペーパーという意味は、例えば産業構造審議会なんかがですね、審議官への報告書として出すようなペーパーなんです。ご覧になればすぐわかりますけど、50ページもあるような、ものすごく細かいことがバラバラ、勉強した成果が全部載ってるんです。

田原 私も見ました。あれを見て、作った経済産業省の課長に言ったんです。「これね経済産業省のペーパーとしてはいいけど、農業問題、厚生労働問題、なんにも入ってないと。つまり縦割の一番悪い例だ」と。

長谷川 その通りです。菅政権のペーパーというよりかは、経済産業省のお勉強ペーパー。それを菅政権としてやろうとしているということは、すなわち、各省縦割のこと、財務省は増税、経産省は産業政策、という各省の縦割のことを自分が持ってきて、そのまま売り出してるにすぎない。

田原 実はね、この経産省の幹部に、「なんでこんなもの作ったんだ」と僕は聞いたんですよ。

 そしたら、ほんとうはね、自民党時代こういうものを作るときには、経産省の局長だか課長クラスが財務省とも話をし、外務省とも話をし、当然農水省とも話をしてやったんだと。(民主党になって)脱官僚依存となっているから、まず大臣に言わなきゃいけない。ところが、経産大臣に言っても「ああそうか」と何にも反応がない。だから「内閣を刺激をするために我々は作ったんだ」と。それを丸のみしちゃったわけね。

長谷川 「刺激をする」と言いながら自分たちが制圧しちゃったわけね(苦笑)。

(以下、次回。この対談は7月13日に収録しました)