悩ましい選挙の悩ましい結末


(内憂外患・田中良紹  2010年07月14日 09時00分)  http://bit.ly/agcX9y


 敗者が誰かははっきりしている。しかし勝者が誰かとなると良く分からない悩ましい選挙結果だった。一応自民党が15議席増やして改選第1党になった事から勝者に見える。党の幹部らが人指し指を立てて笑顔を振りまけばそう思う。しかし比例の結果を見ると、自民党は惨敗した3年前よりさらに得票率と当選者数を減らしている。

 3年前の自民党は得票率28%で14人を当選させた。しかし今回は24%で12人しか当選していない。因みに6年前は30%で15人が当選した。比例を見る限り自民党の長期低落は変わらず、今回の選挙で史上最低を記録した。

 しかも議席を増やしたとは言え自民党は非改選と合わせて84議席と参議院242議席の3分の1をわずかに上回る程度である。55年体制下で万年野党の社会党は「3分の1政党」と言われたが、自民党はその程度なのである。

 自民党が議席を増やす事が出来たのは選挙区、とりわけ1人区で民主党との攻防を制したからである。3年前に23対6で民主党に負けたのを21対8と逆転した。1人区だけで15議席増やした。その理由を私は民主党の路線転換と自公選挙協力にあると見ている。

 3年前の参議院選挙で当時の安倍自民党は「成長を実感に」というスローガンを掲げ、経済成長を重視する姿勢を示した。対する小沢民主党は「政治は生活が第一」を掲げ、分配に重きを置く姿勢を見せた。都市部と異なり地方では政治と生活が直結している。かつて自民党が長く政権を続けて来られたのは地方で圧倒的に支持されてきたからである。いかに経済を成長させてもその果実が地方に分配されなければ支持されない。

 ところが小泉政権の登場で「痛みを伴う成長路線」が始まり、地方には痛みばかりが残された。そこに昔の自民党を思わせる小沢民主党が登場した。長年の自民党支持者が民主党に投票するようになる。それが3年前の23対6であり、昨年の政権交代につながる。ところが菅民主党は果実が行き渡る前にその路線を転換させた。

「生活が第一」路線には野党の公明党も賛成した。長年自民党と連立を組んできたにもかかわらず、公明党は民主党の「子供手当法案」に賛成し、「政治とカネ」の問題でも自民党の議員辞職勧告決議案提出に後ろ向きだった。参議院選挙での自公協力も見直す方針が表明された。公明党の選挙協力がなければ自民党の選挙区候補者は10万から15万票を失うと言われる。従って自民党には厳しい選挙が予想されていた。

 それが菅民主党の誕生で一変した。中央は選挙協力を見直す方針でも、地方は個別に協力することになり、それが1人区の激戦を左右した。元公明党国会議員の二見伸明氏によれば「民主党から消費税を持ち出されては公明党は賛成できない」と言うことだが、菅、仙谷氏らの創価学会に対する対応にも警戒感があったのではないか。いずれにしても「自民党が勝った」のではなく「民主党が自滅した」のである。

 自民党に次いで議席を増やしたのはみんなの党である。政界のキャスティングボートを握るとメディアの脚光を集めている。しかし私はこちらもそれほどとは思わない。議席数は非改選と合わせて11と2桁を確保したが、19議席の公明党のおよそ半分にすぎない。バックに組織がある訳でもなくまだ政党の体をなしていない。選択に困る悩ましい選挙だったから受け皿になり得たが、次の選挙で同じ事が起きるとは思わない。この党はあくまでも政界再編のための過渡的な存在で、いずれどこかに吸収される筈である。

 第3極の中で重みを増したのはむしろ公明党である。自民党には選挙協力で貸しを作り、民主党にも敵に回したら面倒だと思わせた。次の選挙を考えれば自民党は公明党を味方に付けておきたいだろうし、民主党はそれをさせないことがポイントになる。そして民主党にとって参議院19議席、衆議院21議席を持つ公明党との連立は「ねじれ」の解消を意味する。しかしその公明党も選挙では2議席減らしたから勝者とは言えない。

 以前から私が指摘してきたようにこれから始まる「ねじれ」は未体験の世界である。自民党は衆議院で3分の2の議席を持ちながら「ねじれ」で苦労し、苦労の挙げ句に野党に転落した。ところが民主党は衆議院で3分の2を持っていない。だから誰も経験のない厳しい国会が始まるのである。

 その厳しさを民主党執行部は分かっていないようだ。「部分連合」で乗り切りを図ると言われている。しかし自民党もみんなの党も民主党政権を解散・総選挙に追い込む腹だから、難問を次々にぶつけてくるだろう。それをかわしながらテーマ毎に相手を代えて協力関係を結ぶというのは至難の業である。複雑な政治技術が必要となる。

 表向きは対立しているように見せながら実は野党の一部を籠絡し味方に組み込む位の芸当がないと政治は前に進まない。3年前の参議院選挙で「ねじれ」が起きたとき、当時の太田昭宏公明党委員長が「これまでの政治は足し算、引き算、掛け算、割り算の世界だった。しかしこれからは微分、積分の世界になる。複雑な高等数学を解くような政治が始まる」と言った。3年前よりさらに複雑な政治技術を駆使しないと民主党政権は潰されるのである。

 選挙中に訪れた長野県で一緒に酒を飲んだ地元の男性は「民主党は学級委員会レベルだもの。ガキの理屈より、ちゃんとした大人に政治やって貰いたいよ」と言った。今の民主党執行部には最も不得手と思われる政治技術が問われているのに執行部は誰も責任を取らずに続投するらしい。常識を超えた話だが、今月末に開かれる国会で比較第一党である民主党から参議院議長を選出する事が出来るのか、まずはお手並み拝見である。

 国民新党と約束した郵政改革法案の成立、自前で行う初の予算編成、さらに普天間問題の処理など問題は山積している。しかしその前に民主党はこの選挙の総括をしっかり行うべきである。そして3年前の参議院選挙と昨年の衆議院選挙の勝因と真摯に比較して欲しい。私に言わせれば民主主義に対する理解が天と地ほど違う。それを国民は鋭く見抜いている。しかし民主党だけが気付いていないのである。

 自分を陥れる罠とも気付かずに年金未納問題に飛びつき、「未納3兄弟」と叫んで非難していたら逆に首を取られた菅直人代表時代、自民党が分裂したのを見て「民主党が大勝する」と豪語し、郵政選挙で惨敗した岡田克也代表の時代、自民党の国対関係者は民主党の未熟さを鼻で笑っていた。私に「こんな政党は永久に政権取れない」と断言していた。

 その民主党が「コペルニクス的転換」をして国民の前に現れたのが3年前の選挙である。民主党が変わったから国民は民主党を支持して政権を取らせた。ところが民主党はそれ以前の民主党を「民主主義的だ」と思い、それが国民に支持されると思い込んでいる。悩ましいことが起きるのはそこに原因がある。