「読み」誤った小沢氏


(産経新聞 2010.6.5 01:29) http://bit.ly/c4jVLV


多くの人が挨拶に来る菅直人・新首相(左上)とは逆に、小沢一郎(右下)のもとには人影がない =4日午後、国会・衆院本会議場(中鉢久美子撮影) 民主党代表選で新代表に選出された菅直人は、派手なガッツポーズで議員たちの拍手に応えた。

 「まず、『ノーサイド』の宣言をさせていただきます」

 決意表明に立った菅は、誇らしげに語った。「ノーサイド」とはラグビーの試合終了を告げる言葉で、戦いが終われば敵も味方もなくなるという意味が込められている。

 「敵」と「味方」が入り乱れた代表選に勝利した菅は、達成感に満たされていた。代表選に出馬すること計7回。当選したのはこの日が3度目だが、今回は第94代首相に直結する勝利だったからだ。

 菅はその後、国会内の民主党代表室に乗り込むと、さっそく人事に着手した。

 人事のキーワードは「小沢傀儡(かいらい)政権からの脱却」だ。菅は3日の代表選出馬会見で、鳩山政権を事実上、支配していた幹事長、小沢一郎について「しばらく静かにしていただいたほうが本人、民主党、国民にとっていい」と述べた。事実上の「小沢外し」宣言だ。

 菅は内閣の要の官房長官に仙谷由人を内定、小沢の後任幹事長には枝野幸男の起用を検討している。2人とも小沢と距離を置く存在で、「脱小沢」を演出するにはうってつけの人選だ。

ガールズまでも

 代表選の過程で、“小沢離れ”のうねりが急速に拡大していったことも、菅を強気にさせた。

 4日午前、代表選に立候補を届け出たばかりの菅を支援する集会が国会内で開かれた。1年生議員がせきを切ったように発言した。

 「私は特定グループの手下として動いたつもりはない」

 「圧力をかけて一つの方向に持っていこうというのは間違っている」

 いずれも、小沢を取り巻く議員集団を念頭に置いていることは明白だった。別の議員はこう言った。

 「たまりにたまったエネルギーを、菅さんの下で爆発させてがんばろー」

 反小沢のマグマが一気に吹き出した瞬間だった。

 「小沢ガールズ」の代表格の一年生議員、田中美絵子は4日午前の民放番組で、「私は河村(たかし・名古屋市長)の秘書だった。『河村チルドレン』といわれるほうが正しい」と言い放った。

 一方、小沢に近い議員グループ「一新会」の3日夜の会合は大荒れだった。

 「私を信用できないんですか!」

 小沢の側近中の側近、樋高剛は会合の途中、思わず声を荒らげた。出席者から「幹事長(小沢)の意向は確認したのか!」と問われたときだ。

 グループ内の一部議員は菅の対抗馬として衆院環境委員長、樽床(たるとこ)伸二を支持する方針を固めていた。だが、会合では「樽床は総理の器じゃない」と反発の声が相次いだ。支持を訴えるため、会合会場に入った樽床は別室で同会会長の鈴木克昌とあいさつを交わしただけでその場を後にするしかなかった。

幻の「真紀子」擁立

 小沢本人は、多くの一新会のメンバーも知らないところで第3の候補の擁立に向け水面下で動いていた。

 2日午後、国会にほど近いホテルの一室で、小沢は元外相、田中真紀子と向き合った。小沢は単刀直入に「代表選に出馬してほしい」と切り出した。説得は数時間にもおよんだ。しかし最終的な田中の返答は「参院選の後なら代表をやってもいい」。小沢は田中をあきらめた。

 小沢サイドはその後も、選対委員長代理の海江田万里や鳩山内閣の総務相、原口一博の出馬を打診したが、すでに党内は反小沢勢力が主導権を握っており、幻の擁立劇となった。

 すべてを悟った小沢は、紛糾する一新会の会合に、自分の“意向”を伝えた。

 「あとは任せた」

 一新会は「自主投票」を決め会合を閉じた。

 小沢の誤算は、自らに距離を置く議員たちの予想外の素早い動きだろう。小沢が党幹事長を辞任した直後という「喪に服す」(一新会幹部)間隙を突くかのように、外相の岡田克也、国土交通相の前原誠司、財務副大臣の野田佳彦らが菅支持を次々と打ち出し、反小沢包囲網を完成させた。

 一新会のメンバーは「うちも菅でよかった。しかし露骨に動けば、新代表が『小沢傀儡(かいらい)』といわれることへの躊躇(ちゅうちょ)もあった」と振り返る。

 小沢の懐刀、松木謙公は代表選の行方を見届けた後、記者団に「OK、OK。戦いというものはそういうもんだから」と語り、こう付け加えた。

 「そうは言いつつ、くやしいよね」 

小鳩の呪縛

 「脱小沢」「新生民主党」を必死にアピールする菅だが、鳩山と小沢が敷いた「呪縛(じゅばく)」から抜け出すことはできない。

 鳩山は首相として開いた4日の最後の閣議の席上で菅に一枚のメモを渡した。

 「日米、日中、日韓をよろしくお願いします」

 菅はよほどうれしかったのか、この後の代表選の政見演説でこのメモを披露し、「記念になると思い、(鳩山に)『名前も書いてくださいよ』とお願いいたしました」と語り、感激に言葉を詰まらせた。

 「私は鳩山の正統な後継者だ」ということを広く知らしめたかったようだが、菅は短いメモの「重さ」にまだ気づいていなかったのではないか。

 「日米」とは、広義では「日米同盟の強化」ということになるが、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の移設先を「辺野古崎」(同県名護市)周辺に決めた5月末の日米共同声明の順守が前提となる。

 一方で参院選での社民党との連携は難しくなる。

 「日中」とは、鳩山がこだわった「東アジア共同体」を指す。「東シナ海を友愛の海にしたい」という意味も含まれる。4月の沖縄近海での中国海軍の示威行為に「事なかれ主義」で臨んできた鳩山路線はこれで継承されることになる。

 「日韓」では、韓国大統領、李明博と対北朝鮮外交などで足並みをそろえるだけでなく、李が求める「定住外国人への地方参政権付与」を前向きに進めることも含まれる。

 李は「日韓併合100年」の今年中の天皇陛下の訪韓を強く求めているが、応じるならば国論を揺るがす事態になる。

 もう一つは国民新党との関係だ。菅は国民新党代表の亀井静香とは野党時代から頻繁に会合を重ね、親密な関係を築いてきたが、昨年暮れの平成21年度第2次補正予算などをめぐり、すきま風が吹いた。それだけに亀井との関係修復は不可欠だと考えたのだろう。

 鳩山が退陣表明した2日夜、菅は憲政記念館で開かれた国民新党の総決起集会に駆けつけ、力説した。

 「亀井先生と連立政権で行動を共にできたことは大変ありがたく、非常に多くのことを学ばせていただいた。私にとって郵政は1丁目1番地で大変重要であることはもちろんであり、100丁目100番地まで共に活動できるようにしていきたいと思っています」

 代表選を見据えてのリップサービスだったのかもしれないが、老獪(ろうかい)な亀井がこれを見逃すはずはない。首相指名選挙直前の菅との会談で、郵政改革法案の今国会での速やかな成立を期すとの合意文書を交わした。

「反小沢色」演出

 「反小沢」色を演出するため、菅はあえて小沢と距離を置く枝野を小沢の後任に起用しようとしている。

 ところが「枝野幹事長」構想には、菅の身内から懸念する声があがっている。菅に近いベテラン議員はこの人事案を耳にすると「小沢の顔の前にやりを突きつけた形になる。ミステークだ」と渋い表情をみせ、菅に電話し再考を促した。

 3日夜、都内のホテルの一室。菅、仙谷、枝野らがいる席で、菅の側近である首相補佐官、荒井聡は「枝野幹事長」を伝えられた。

 荒井は声を荒らげた。

 「反対です。それでは支えられません!」

 党内に敵が多い枝野では党をまとめられないと危機感を持ったのだ。

 小沢に近い参院幹部はこの人事構想を余裕の表情で“評価”した。

 「離れていった無党派層が帰ってくる。『(参院)選挙が終わるまでの枝野』ならいい人選だよ」

 代表選で小沢系グループはその力を見せつけることはできなかったが、樽床が129票を獲得したことを予想以上の成果だったとみる向きもある。このうち小沢系グループの票は80票前後だとされる。

 ある小沢側近はささやいた。

 「菅を支持するグループに手を突っ込まれたが、おかげで腰の据わっていない連中をあぶり出せたよ。次の政局は参院選後だな…」

 別の小沢系議員も不気味な予言をしてみせた。

 「菅さんも気をつけないと。気がつけば『裸の王様』になってしまうぞ」