太平洋戦争終結から日本国憲法制定に至る経緯を振り返り、九条や天皇の位置付けを自分なりに考察し、後に続く家族にも残しておきたいと思いました。ここで更に開戦の経緯にまで時代を戻ってみたい。開戦を決定的にしたのは言わずもがなハル・ノートであろう。喧嘩は先に相手に手を出させ、その後に数倍返しで圧倒するのが後味もよく、後願の憂いも無いものである。我が国は退路を絶たれ、一路と開戦へと付き進んだのである。
いちお~ハル・ノートというのがどういうものか?以下がそのリンクである。
http://kenjya.org/nichibeiharu.html
遅れて進出した大日本帝国を袋叩きにする内容であることは確かである。また特にヒトラー率いるドイツにロンドンを連夜爆撃され、英国は米国の参戦を心待ちにしていたのである。但し当時の米国世論は第一次対戦への参戦に懲りてそれには至って消極的であったのだ。ただこのリンクにも触れているが、このハル・ノートを米国世論に公開し、その非道を訴える手はあっただろうね。ただそれも出来かねるほど事態は切迫していたともいえる。
ただ私見を言わせて貰えば、こういう風に仕掛けられた戦争ではあったが、だからと言ってそれが9条に自衛隊あるいは軍を明記させ、フツーの国のフツーの憲法にすれば良いのかと言えば、それは違うだろう。オンリーワンがワンオブオールに成り下がることは無いのである。確かに1941年~45年、我が国にはトテツモ無いことが起こったのである。しかしその結果、今の憲法が生まれ、戦争放棄だけでなく三権分立や言論の自由、生存権や社会権、国民主権など民主国家としての礎も築かれたのである。そして我々の大多数は、自衛隊隊員の皆さんも含め、それらのタイムライン上に唯一の生を受けている事を忘れてはならないと思う。
追記1は以下です。まだならどうぞ・・