日韓大家族 -10ページ目

日韓大家族

結婚14年目!2023年子供が6人になりました。女の子1人、男の子5人の日韓夫婦です。



안녕하세요 😄 


もう3月になってしまいました。



ブログも間隔があいて
1月に一時帰国した日本から帰ってきた更新でとまってましたね驚き


あれからしばらくルオの体調不良が続きまして、
あまりにも高熱が続くので入院手前までいったり

それから二週間の韓国一周キャンプツアーに出掛けたりと何かと忙しくしてました。

2がつといってもめちゃめちゃ寒いのでキャンプ、大丈夫かー?って心配したんですがテントの中は暖かくて意外と過ごせましたにっこり


釜山から出発!






蔚山のキャンプ場。
海がめちゃめちゃきれいでした




そして義お姉さんの家に寄ったりしながらまたまたルオの体調が悪くなりそうだったので途中、断念して二週間でかえってきました。


そして帰ってきてゆったり過ごしていたある日、日本にいる姉から連絡がありおじいちゃんが亡くなったとぐすん


年齢は95歳だし足腰は弱っていたけど頭はしっかりしていてむしろ私達より記憶力はいいし、お正月に会ったときは「色々買い物はしたね?必要な物買いなさいお金あげよう?」といっていたおじいちゃん。

もう買い物は終わったから大丈夫だよ。
またすぐにくるからってさよならしたばかりだったのに…


見つけたのは私のお父さん。つまりおじいちゃんからしたら息子なんですが、

おじいちゃんはこの年になってもお父さんの家から15分くらいのとこで1人で暮らしていました。

お父さんが自分の家にくるようにいっても住み慣れたところが良いのか自由が効かないのもあって拒んでいました。


まだまだボケも全くないので介護訪問とかも行きたくないと言っていたらしいけど最近足腰が弱くなってお風呂もお父さんの介護なしではできなくなったし、週に1~2回行ってみては?とやっと申請するまでこぎつけて先月認定2級が下りて4月から通う予定だったとのこと。
介護認定の聞き取りでもあまりにも細かい程ハキハキと話すので笑

びっくりされてたとか。

お母さんが料理をつくって1日1回~2回は様子を見に行き昼と夕食を渡しにいっていたみたいだけど、
お父さんが次の日のお昼に様子を見に行ったら家に居なくて探し回ったら家の前の車庫の中で倒れていたみたい。

お父さんは咄嗟になんでこんなとこで寝とるとね!ってさけんだらしいんだけど救急車がきたときにはもうすでになくなっていて運べないと。
心肺停止の場合はもう運べないらしい。

警察の管轄になるからと警察がきてから救急の方とバトンタッチ。

お父さんも気が動転してて後々気づいたらおじいちゃん、靴を履いていなくて車庫のそとの隅のほうに靴があって事件性も視野にと色々とその後警察での聞き取りが大変だったようだけど、

膝に擦り傷はあったものの外傷、家も荒らされた様子もないことから事件性はないとの結果に。


お父さんが前日14時頃ご飯を届けてお茶を飲んで話ししたあと帰宅。



「おじいちゃんは生ゴミを捨てるために外へ。
(お父さんからは何度も転んでるから絶対外にはいかないように。トイレにでも動くときには携帯を!と言われてたみたいだけどどうしても生ゴミを捨てたかったみたい)

生ゴミを捨てたあと、何らかの拍子で転倒→まだ意識はあって這いつくばって近くの車庫へ
靴を履いてなかったのもその為
一生懸命起き上がろうと色んなものに掴まる(車庫にあったタイヤ、椅子、ホウキが散乱していたみたい)→力尽きて亡くなった。
死亡推定時刻は前日の17時頃。つまりお父さんが帰って数時間後のこと。」
 
が警察の推測みたいです。
車庫のスライドの入り口が閉めてあったため毎朝朝早く新聞を届けてくれている新聞配達の方にも見つけてもらえなかったみたいですが、

お父さん曰く、最期は見届けれなかったけど最初に見つけたのが他人でなく良かったと。そのために入り口のドアを閉めたのかなぁと話していました。



連絡をもらってすぐにチケットを取って見送りにいってきました。



うちの子達は葬式も初めてだし死んだ人を見るのはもちろん初めて。
怖がっていましたが、
上の子二人はボロボロと大粒の涙に流してかなしんでいました。






おじいちゃんの家のトイレに貼ってあった手書きのメモ
この通りがんばり屋のおじいちゃんでした。