どうしてアカペラをやっていたんだろう、と


アカペラを辞めてみて改めて考えさせまれました。





前にも書いたかもしれませんが、私は体で表現することが好きで、心が震える瞬間が好きですキラキラ



たまたま小さいころから触れる機会が多く、体になじんでいた身近な手段が音楽であり、歌であった。



表現したいという欲求と、感動を得たいという欲求を満たす身近な手段としてあったのが、アカペラだったんだなって思いますおんぷ♪






アカペラを3年間続けて、アカペラから学ぶことはたくさんありました。



たった6人のチームでも、ひとりひとりのアカペラをやる目的、優先順位、モチベーションの所在…まったく違うから、同じ目標をもって同じ気持ちで頑張っていくなんて、本当に難しいなきがお



どうしたらチームの目標に向かって頑張れるのか、どうやったら楽しく取り組んでくれるのか、どうやったら責任感をもって取り組んでくれるのか。


それらは、一人ひとりがこのバンドに何を望んでいること、どういう欲求を満たすために活動しているのか、どういうときにモチベーションが上がるのかなど、ひとりひとりをよく理解したうえで対処しなければ逆効果になってしまいかねない。



まったく違う個人が、ひとつのことに取り組むということの難しさを、この3年間で学びましたニコ



まぁ、ここはまたあとで整理して考えようと思うのですが。



3年間同じことを続けていく中で、ぶち当たるであろう壁にはぶち当たり、一通り悩みを乗り越えてきたのではないかと感じます。



だから、大学5年目は何か新しいことをはじめようと思っていますニコ

それが何かはまだ模索中ですが。




けど、アカペラを引退した今


私の中の本質的な欲求が、殺さないでって、悲鳴をあげていることに気付きましたううう





私は、自分を体で表現することが好き。感動で心震える瞬間が好き。





この2つの気持ちは、アカペラ始める前からずっと変わっていないんだって。




アカペラはひとつの手段であったから、こだわる必要はないのかなと思っています。




けど、これからも表現すること、感動することをやめたくないです。



社会に出るときが近づくにつれ、自分のできないことの多さに、どこか「成長」ばかりを意識していた昨今でしたが(もちろん、このままでは使えない人になってしまうので沢山勉強しますが)



学ぶことも大事ですが、それ以上に



自分の心をうるおいで満たすことのできる、感性を豊かにできる何かがあるって



素敵なことですよねキラキラ




ただ、アカペラだと技術的に活躍できないなっていうのがなんとなくわかってしまった今(だれにも負けないくらい努力していたつもりだったのに、結局センスのある人には技術でかなわなかったので(笑))、



私は負けず嫌いなので、またアカペラを続けていく可能性は低いかもしれませんが




自分自身を表現することを、続けていきたいと思っています。




それが、誰かの笑顔に、心震える瞬間につながれば、これ以上の幸せはないと思いますニコ



長くなりましたが、今日は今の気持ちの整理ということで。

このへんでリサとガスパール♪

まったりにゃんこ

まったりにゃんこ 3年間、大学生活の半分くらいをかけてきたねんものラストライブが終わりました。



とりあえず、ここまでやってこれた。安堵感。




思えば私は、いつもみんながどうしたらねんもで歌うのが楽しいと思ってくれるかなって、そればっかり考えてました。



だから最後みんながステージの上で、ねんもにいてよかった、ここまでやってきてよかったって言ってて、本当に嬉しかった。
本当に。




そして、上手さではないバンドの良さがお客さんに伝わったようで、それもすごく驚いた。



「あったかいバンド」

「楽しくて感動できる理想の卒業ライブ」

「勇気をもらいました」

「ねんも大好き」



どれももったいないくらいの誉め言葉です。




私がアカペラをやっていたのは、自分自身のパフォーマンスで人に何か感じてもらいたい、笑顔になってもらいたいという想いから。



それがねんもで達成できたのかと思うと、本当に幸せです。






本音を言い合えるからこそ、ほんとに毎日毎日ぶつかり合いでした。






だけど、ここまでこれたのも、ぶつかり合うことのできたこの6人だから。






最高に青春した
3年間をありがとう



まったりにゃんこ



そしてこれからも
最高の仲間でいてくださいハート

最近勉強も追い込みで忙しかったのでニコニコ久しぶりの更新ですひらめき電球



今日は、自分のなりたい姿についてキラキラ


私は大学に入ってから、さまざまなの個性や能力を持った人に出逢いましたニコニコ



そんな中、やはり無い物ねだりというか、隣の芝生は青いというか…じぶんにはない個性をもった人に憧れていたんです。


それは行動力であったり、発言力、リーダーシップ、自信、頭の回転の速さ、主体性…どれもじぶんには欠けていたから、そんな個性を持った人が有能な人間であり、社会に求められている人であると思いましたショック!


だから自分に自信をなくしてしまったあせる

だけど、それはまったくの間違いだということに、恥ずかしながら今になって気付いたのです。





ブログを初めてから、自分の思考や長所と積極的に向き合うようになりました。
それでやっと気付いたんです。





人間の個性に優劣はない。



もちろん、人道に反することはいけないですが、


頭が悪いなら、そのぶん人に優しくなればいい。


発言力がないなら、そのぶん人の話をきいてあげればいい。


大きなことにチャレンジする勇気がないなら、小さなことからこつこつと積み重ねて自信にしていけばいい。




人の魅力は皆違って、だからこそ価値があると思うんです。
いろんな個性を併せ持ったオリジナルな自分は、世界に一人しかいないんです。



私はじぶんに無い物すべてが欲しくて、もっていない自分に自信をなくして。





けど、完璧な人間なんていないんですよね。





完璧でない、でこぼこの自分を受け容れる。
それができれば、同様に不完全な他人を受け容れることもできる。優しくなれる。




そんなことにも気付かないなんて、やっぱり私は視野が狭くて完璧主義ですねあせる





けど、このブログを始めたおかげでこのことに気付けて、何か変われそうな気がしていますキラキラ




私がなりたい姿は、誰からも愛される、周りをハッピーにする人ですニコニコクローバー



その理想に近づくために必要なことは、今まで自分に必要だと思ってきた、めいっぱい背伸びして失敗することや厳しい環境に身を置き鍛えることではないような気がしています。


もちろん苦手を克服しようという姿勢をなくしたらいけないと思っています。

けど、私がなりたい周りをハッピーにできる人は、人に嫌われてまで自己主張をしたり、大きなことを成し遂げる力をつけることとは違う。


なりたい姿に近づくための長所をのばすことの方が、今自分にとって必要なのではないかと思っていますニコニコ



だから、私は私のいいところを最大限発揮するために、


【完璧でない、だけど誰にもない個性をたくさんもっている自分を好きになることから始めよう】


そう思っていますハートキラキラ



久しぶりに書いたので、考えが溢れだしてうまくまとまってないかもしれないですがあせる



自分と向き合う場所として、これからもちょこちょこブログかいていきたいと思いますメモラブラブ