何かつなぎとめておくモノが必要だ | ???

何かつなぎとめておくモノが必要だ

埃のかぶった箱から

 

昔、知人の自主製作の映画を手伝いしていた頃の、

 

 

絵コンテやら、写真などが出てきた。

 

 

そんな中の一枚。

 

 

 

 

 

 

街のノイズを収集するのが趣味な男の話。

 

 

 

 

 

 



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たしか、16ミリで撮影していたと思う。

 

 

そういや、作品は完成しているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな知人に頼まれて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三船敏郎の告別式に行った時の写真と、日記がでてきた。

 

 



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~* 何かつなぎとめておくモノが必要だ

 

 

 

 

 

 

 

 

98年1月 冷たい風が吹いている。

 

 

 

 

 

 

今日、三船敏郎の告別式があった。

 

 

知人に、この告別式を個人的に撮影したいので手伝って欲しいと頼まれ、

 

 

青山葬儀場へと出かける。

 

 

 

 

一般の参列者は、思ったほどたくさん居なかった。

 

 

 

 

世界の三船と言われていた三船敏郎も、人間であった。

 

 

そう、人間は、いつか必ず死ぬのである。

 

 

当たり前であるが、そんな事に改めて気がついた。

 

 



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参列者の中には、有名人もたくさん居たに違いないが、

 

 

僕の知っている顔は、ほんの数人だけだった。

 

 

 

 

そんな参列者たちを見ていて思ったコトは、

 

 

 

 

彼ら(彼女ら)は、

 

 

僕の知らない言葉を沢山もっているに違いない・

 

 

多くの、僕の知らない風景を心にそっとしまい込んでいる・

 

 

そして、それを時々、引き出しては眺め、自分の糧にしているのだろうと・・・

 

 

 

 

僕もいつかは見つけられるだろうか。

 

 

 

 

 

 

イヤ、見つけなければならないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの駅前、

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れがとてもキレイだった。

 

 

その美しさに気がつきながらも、

 

 

橋の上、足も止めずに人波に流されたまま過ぎ去っていった。

 

 

この人波の人たちは、この美しさに気がついていないのだろうか?

 

 

イヤ、本当は気がついているのだが、

 

 

毎日見慣れた同じコトなので、気にもとめないのだろうか。

 

 

それとも、この人たちは、この夕暮れよりも魅力的なモノが

 

 

待つ場所へと足を急がせているのだろうか。

 

 

それとも僕の様に、その美しさに気がつきながらも、

 

 

何となく流されているに過ぎないのだろうか?

 

 

ただ何となく・・・・・・

 

 

 

 

 

 

駅で知らない男が声を掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

「今、手相の勉強をしているのですが・・・」

 

 

僕は、早足で過ぎ去ってゆく。

 

 

僕は、あの男から見れば、

 

 

手相のひとつでも見てみたい人物に見えたのだろうか。

 

 

家に帰り、鏡を覗き込んでみると、

 

 

 

 

「まったく、ひどい顔してやがる」

 

 

 

 

 

 

手相のひとつでも見てもらえばよかったと、少しだけ思った。~