初めてやった作業。

20年以上の付き合いの友。

14時間の内に繰り返された発言。

複雑な感情を抱いたので記しておく。



①子の人生を考えた時、障害者しか周りに居ない環境しか知らないのはどうなのかと考えた。将来の居場所を作っていく為にも、支援学校という特別な世界ではなく普通校への入学も選択肢とし、色々考えを巡らせている私に放った友人の言葉

「いやぁ、それは支援学校がいいよ。知的障害者は作業所とかで何か作業してた方が外の世界に出てくるより幸せでしょ。知的障害者の人雇った時本当に大変で、家族でもないのに何でこんなに私が苦労しないとならないのって、大変過ぎて。もう知的障害者は無理…。(超嫌そうな顔)周りの人に聞いても、お金だけ払って自宅待機してもらってる所がほとんどだよ。」



だから、現実はそうだって知ってるけど、それでも何とか子の居場所を、人生を、と考える親心から考えてるんでしょ?

そう抗議すると「まぁそうだね」

20年以上の付き合いの友達を目の前にしても言えちゃうんだ。

知的障害者と言葉でまとめられてしまい、個を見ようともしない。

ここに壁があり、これが障害なんだと痛感した。



②子供や夫のことで悩みの尽きない私の愚痴を遮って発した友人の言葉

「もしかして、私は凄く幸せなのかもしれないって、今聞いてて思った!だって旦那は優しくて嫌なところもないし、子供は可愛く賢いし、何も悩みないし。みんな旦那の愚痴言ってるのに、私、ないもん!」



突然のことすぎて動揺した。

幸せな人ですね。

どうぞお幸せに。



③私の連絡取ってない共通の友人に、うちの子供の障害などを言いふらしている友人の言葉

「みんな可哀想〜って心配してたから連絡してみなよ?」



何で上から目線で言われなきゃならんの?

いちいち偉そうにするな!



④運動神経の良いうちの下の子にやたら体操を勧めてくる友人。多動で教室にも居られないと話しているのに、やれやれ煩い。本人と会ったこともなく、障害の内容も知りもせず、やれると思っている。

「絶対運動させた方が良いよ!」



あなたが考えるような事はもうずっと前から考えています。

どうか、偉そうに指図しないで下さい。



⑤急に思い付いたように私に言った友人の言葉

「ねぇ、まだ〇〇(私の知的障害のある子)は小さくて可愛いかもしれないけど、大きくなっておじさんぽく可愛くなくなってきたら大変じゃない?体も大きくなると暴れて阻止するのも大変だし、マジやばくない?どうすんの??」


…しばし絶句の私。

どうするんだろうね?と必死に答えた。





彼女と別れて悶々とし、自分の心と向き合った。


彼女のような考えは多いのかもしれないが、これでバッサリ縁を切ると社会が二分化していくのだろうか。

だとすると、距離を置きつつやり過ごし、いつか理解してもらえるよう、時間を掛け障害を知ってもらうべきなのか。

障害者を上から目線で馬鹿にした発言が目についたが、彼女のように配偶者・子供・仕事に不満なくプライベートも充実しているように見える人間は、本当に豊かなんだろうか?

国連の言う社会の脆弱性はこういう所を指しているんだろうか。

というか、友って何だ?

彼女は友達と呼べるのか?

共に過ごして心地よいのか?

この先、10年、20年後、彼女と何を話すんだ?

見当たらない…

ということは、もう永遠にさようなら?

そんなことしたら、頭の凝り固まった人間になる?




社会が変わる前に自分の心を守ることにした。

痛みに寄り添える人でありたいな。