鬱病と診断され、2年半。休業2ヶ月目。

街の賢者面白い。ゲスナーさんぺいおもしれぇな。

俺のスタンスは天邪鬼、躁鬱が激しい。1日に複数の人格が顔を覗かせる。聞く音楽でわかる。今の気分はバキバキのベースラインが響く楽曲だ。

そんな俺が俺は嫌いであり、でも大事である。ブログを始めたのは会社の同期と風呂で馬鹿話を話していたときだ。「今までの話をブログにしたら信者ができるぜ。」と。

創作はしたかったし、労働と同じく没頭することで安心できる。ただ、図書館でただカッコ付けてるふりして活字を見ている時間が浮かぶ。

哲学をゲスナー風に解説したい。それをバトル漫画化してみたい。ヒップホップ要素も取り入れたい。

政治も好きだ。先生に弟子入りしたい。経済も好き。日経は読み続けるぜ。今のテレビよかラジオ好き。今は金持ちにならなくていい。


俺のアイデンティティを見せるために俺とそれの取り巻きを紹介していく。

とある港区のカムロ町に俺は生まれた。工場地帯と田んぼが雑多となっていて、コンビニも近所になかった。物心ついた時に俺はちん○んやう○こを連呼しているキッズだった。意味も無くもだ。もちろん1人で言ってる訳でもなく、同じカムロ町のモーヤとだ。この卑猥な言葉達はモーヤに教えてもらった。楽しくなって俺も連呼した。この時の感覚は今も顔を覗かす。「脳みそ使わないのって楽しい」ってね。

モーヤは悪童だった。小3からタバコを吸っており弟と2人でアパートを借りており、訳ありな家庭の子だった。他の奴らとは一線を画す趣味や思考に俺は惹かれた。釣りが好きで若干5歳でバス釣りに興じてたこと、プラモデルが大好きで若干5歳にしてミニ四駆のペイントにもガチ絵の具&スプレー技術を駆使していたこと、ばあちゃんの家(同カムロ町に所在)で若干5歳にして親父の所持しているスーファミのクソゲーを必死にプレイしていたことなどだ。他の奴らとはとにかくひと味違ったのだ。

また危険を好む思考があり、すぐ高い遊具から飛び降りたくなるようで、飛び降りない奴をバカにする。小4のときモーヤはパーティを組んで市営団地の雨樋をよじ登っていた。5階ぐらいは登ってたのを確認している。チャリンコには六角がついていていつも弟と2人乗りでいろんなところへいった。万引きもしてたし、夜のゲーセンにもいったし、エアガンを平然とゼロ距離でぶっ放してた。

痛みに対する怖さがなかったと思う。数年前、中学の同窓会があったときにモーヤの姿はなかった。

A「あれ?モーヤいねぇじゃん」

B「あれ、ホントだ。会いたかったなぁ」

C「モーヤって川に犬流したモーヤだろ?」

一同、苦笑時々爆笑。

元気してるだろうか。いろいろ倫理に反することがあるが、俺は過去と向き合うために書いていく。

つづく