我が家は二世帯住宅じゃあないんだけど、じいちゃんばあちゃんが隣にあって家も一部でつながっている。
小学校くらいから母親はパート的なので働いていたから俺はよくばあちゃんに遊んでもらったり、じいちゃんにニケツで出かけたりしてもらってた。
じいちゃん、ばあちゃんこだったわけだな。
んで、俺は兄弟がいるんだけど俺が末っ子で兄貴とは4つ離れているんだ。ちなみに今俺20ね。そんなにヤングな両親でもないし、祖父母両方とも80後半、母方の方は90越えしている。一緒に住んでるのは父方。
どっちとも元気で、ずーっとぴんぴんしてて定期健診なんか行くと驚かれるくらいだったみたい。
だけど、こっからは一緒に住んでる祖父母メインで書いちゃうけども、
1年前にばあちゃんが救急車で運ばれて、それからも物忘れとかもうあり得ないくらいになってきて、倒れるまでそんなに考えていなかった、注視してなかった自分がすごい情けなくて。
隣に住んでいるのに・・・。
そんなこと思ってちょくちょく気にしたりして、夜はなしにいったり、昼飯食べたりするようにした。
ほんの時々だけど。
そういうときに思ったことがあった。
じいちゃんばあちゃんいるときは二人で会話してる。
じいちゃんはびっくりなほど多趣味であるから一人の時間もうまくやっているけど、
ばあちゃんは一人でいるとき、ぽつんとコタツに入って見ていないテレビを眺めていたり、読んでない新聞を広げたりしてる。
正直な話、つまらなそう。
テレビだって若者向けでついていけなかったり。
趣味に興味をもたなくなったことの時点で特有の症状であったりするみたいなんだけど、
そんなときに俺が話に行くとすげー嬉しそうな顔してんだなあ。
気づいたんだよなあ、
両親もそうだと思うけど
それ以上に
じいちゃんばあちゃんは孫である俺らとのふれあいだったり、成長をみたり感じたりするのが残りの人生での一番の楽しみなんじゃないかって。
俺を喜ばせようとするためにいろいろおかしとか、ごはんとかくれようとしたりして誘おうとするけど、あんまり無理に言うと嫌われちゃうから嫌われないようにっていうのを若干感じる。
自分に余裕がない時もあるから、余裕があるときなるべく今まで以上に顔だそうって考えたんだ。
そんな風に思ってた・・・。
けど
俺は出かけてて知らなかったんだけど、
こないだばあちゃんがまた倒れたらしくて、しかも道路。
地元では知り合い多いからなんとかじいちゃんが迎えに来て大じょぶだったみたいなんだ。
でももしかすると・・・って考えるとぞっとするし
こんな考えてばっかでなくてちゃんと実践しなきゃ、できなくなっちゃうかもしれないって改めて思うんだ。ほんとにそんなのんきな時間はないんだと実感した。
だからといってじいちゃんばあちゃんのため、
とかいって生きていくのはちょっと違う気がするしそんなのは祖父母達が喜ぶわけないから
とりあえず春休み家でごろごろしてる時間あったら話そうと思うんだ。
大学始まっても、朝声だけじゃなくて、ちゃんと顔だしていく。
こんなこと自分で言うのも恥ずかしいけど、じいいちゃんばあちゃんは俺の笑顔がどーしようもないくらい好きだから笑
おわり
小学校くらいから母親はパート的なので働いていたから俺はよくばあちゃんに遊んでもらったり、じいちゃんにニケツで出かけたりしてもらってた。
じいちゃん、ばあちゃんこだったわけだな。
んで、俺は兄弟がいるんだけど俺が末っ子で兄貴とは4つ離れているんだ。ちなみに今俺20ね。そんなにヤングな両親でもないし、祖父母両方とも80後半、母方の方は90越えしている。一緒に住んでるのは父方。
どっちとも元気で、ずーっとぴんぴんしてて定期健診なんか行くと驚かれるくらいだったみたい。
だけど、こっからは一緒に住んでる祖父母メインで書いちゃうけども、
1年前にばあちゃんが救急車で運ばれて、それからも物忘れとかもうあり得ないくらいになってきて、倒れるまでそんなに考えていなかった、注視してなかった自分がすごい情けなくて。
隣に住んでいるのに・・・。
そんなこと思ってちょくちょく気にしたりして、夜はなしにいったり、昼飯食べたりするようにした。
ほんの時々だけど。
そういうときに思ったことがあった。
じいちゃんばあちゃんいるときは二人で会話してる。
じいちゃんはびっくりなほど多趣味であるから一人の時間もうまくやっているけど、
ばあちゃんは一人でいるとき、ぽつんとコタツに入って見ていないテレビを眺めていたり、読んでない新聞を広げたりしてる。
正直な話、つまらなそう。
テレビだって若者向けでついていけなかったり。
趣味に興味をもたなくなったことの時点で特有の症状であったりするみたいなんだけど、
そんなときに俺が話に行くとすげー嬉しそうな顔してんだなあ。
気づいたんだよなあ、
両親もそうだと思うけど
それ以上に
じいちゃんばあちゃんは孫である俺らとのふれあいだったり、成長をみたり感じたりするのが残りの人生での一番の楽しみなんじゃないかって。
俺を喜ばせようとするためにいろいろおかしとか、ごはんとかくれようとしたりして誘おうとするけど、あんまり無理に言うと嫌われちゃうから嫌われないようにっていうのを若干感じる。
自分に余裕がない時もあるから、余裕があるときなるべく今まで以上に顔だそうって考えたんだ。
そんな風に思ってた・・・。
けど
俺は出かけてて知らなかったんだけど、
こないだばあちゃんがまた倒れたらしくて、しかも道路。
地元では知り合い多いからなんとかじいちゃんが迎えに来て大じょぶだったみたいなんだ。
でももしかすると・・・って考えるとぞっとするし
こんな考えてばっかでなくてちゃんと実践しなきゃ、できなくなっちゃうかもしれないって改めて思うんだ。ほんとにそんなのんきな時間はないんだと実感した。
だからといってじいちゃんばあちゃんのため、
とかいって生きていくのはちょっと違う気がするしそんなのは祖父母達が喜ぶわけないから
とりあえず春休み家でごろごろしてる時間あったら話そうと思うんだ。
大学始まっても、朝声だけじゃなくて、ちゃんと顔だしていく。
こんなこと自分で言うのも恥ずかしいけど、じいいちゃんばあちゃんは俺の笑顔がどーしようもないくらい好きだから笑
おわり