愛に飢えている人あり。
真の愛を確立している人あり。
或いは、学びの過程で、学びに応じた知見に至る人あり。
至高の愛を閉ざされた環境があり、人々があり、関係性がある。
答えは総て脚下にありと洗脳される者あり。
深く人里離れ静寂の中で幻想と向かう人あり。
それでも尚、幾重にも張り巡らされた「罠」を見抜けぬ求道者もあり。
個々の魂は、指紋が100人100様であるのと同じく、学びの過程にただの一つも同じものが無い。誰かの言葉や指針がその時々において必要であったり、陳腐な言葉の羅列に過ぎないと感じることもある。
殺し合い、傷つけ合い、奪い合うという食物連鎖・強者弱肉のプログラム・システムの世界での、言って見れば誰もが被害者、もしくは勝者の役を「主役として」演じている・演じさせられているのだと知見すれば、物語は終了し、舞台は音を立てて崩れる。
マインドの雑音が消え、途方もない静寂の中で初めて、「真の許し」が芽吹き・至高の愛がようやく顔を出す。それでも尚、聖者は、この宇宙が、己の立ち位置が、神の面を被った獣たちの、人知を超えた宇宙の中に閉じ込められている事に気が付かない。
彼は輪廻のプログラムは終えたかもしれない。彼は真の勝者だろうか??? どこかで反転宇宙の創始者・サタンの高笑いがしている。
だが、なりすましの神たちがどうにもできないジレンマがある。それが、貴方が源泉・ソース意識と直接繋がってしまう「可能性」を断ち切れなかったことだ。
慈悲と言う名の至高の愛・愛と言う名の至高の慈悲心の中では、弱肉強食・支配被支配のプログラム・権力構造が全て崩壊してしまうのだ。
貴方は自らを真に愛したのか???? 否、そうだとしたら、マインドが悪魔の声が貴方に囁き続けた「貴方」は、既にそこに居ない。貴方は貴方ではなくなって変容を遂げているのだから・・・