ジンと僕に起きたこの突発的な事故に、彼女も僕も深く傷つきはしたものの、誰にでもある恋愛の苦々しい思い出として心に刻み込んだくらいに思っていた。




しかし、どうやら僕はトラウマをここに抱えてしまっているようである。自分では、よくわからなかった。




人間とは現実的日常生活の中で自分自身の考え、主張を通そうとするものである。自分の選択を施すとき、様々な要素を決定への足がかりにする。それらの要素の中にこのようなトラウマ的な事項が存在するとき、その決定からつながる結果には何かに対して曖昧で欠落的とさえ思える見落としを内在させる事が多く、結末として無意識的に不本意な結果に終わらせたり、無意識的逃避的躊躇に見まわれたりするのである。




神経症からのいくつもの問題を抱える僕の中に、女性との距離感の問題が存在している。そこにも前述したものと同質のものを内在していると体の芯から感じている。それは、この頃に由来するものではないかと予想している。




ある日バイトの後輩が、僕に話しがあると近寄ってきた。彼は、ちょっとハーフ的な男の子だった。二重の無邪気な瞳をして、肌は浅黒く、髪は黒々として縮毛質で尚且つ強い癖をもちながらカールしていた。性格は明るく、社交的で、誰にでも優しい子だった。知的で、絵が上手く、イラストレーターを目指していると言っていた。バイトでは、真面目で、責任感があり、みんなに好かれ、頼りにもされていた。そんな彼が悩みがあるという。


その数週間前に、あるパーティーでいろんな業界の人達と知り合えて、今凄く楽しいと言っていた。そこでプロのヘアメイクさんと知り合えたからとある日、僕を呼び出してそのメイクアップアーティスト(某有名美容室出身でメジャーに活躍された立派な方)を紹介してくれたばかりであった。




「どうしたの?ヨシくん!めずらしいね。悩みなんてさ!俺じゃなくて、谷川さんの方がいいんじゃない?」




「ええ。その方法も考えたんですが・・・。内容が谷川さんに相談するには、ある意味刺激が強いかなと・・・。周りにもまともに話を聞いてくれる人がいないと言うか・・・話すに切り出せないというか・・・。」




「ふーん。まあ、いいよ。俺に話せるならいいじゃん。話そうよ!どうしたの?」




「あのー。ニキーダさん。僕はK氏とお付き合いしているんですね。そのことなんです。」




「ああ。そうか!じゃあ、みんなはわからないよな!あのメイクさん、いい人だよね。そうそう、ほんとにありがとうね。紹介してくれて!お話、ためになったよ。でも、ヨシくん、僕に紹介して知ってる人をわざわざ付き合ってるってさ、表現が大袈裟だから。勘違いしちゃうよ。」




「ニキーダさん!茶化さないでください!ぼくは真剣なんです!わかりませんか!」




「えっ・・・って・・・。ごめん・・・。って・・・。えーと・・・。悪かった。」






僕の脳裏に言葉がかすめた!






「って、ヨシくん・・・君。GAY?」




「はい!そうです。ニキーダさん。僕はGAYです。K氏と付き合っているんです。」






これには度肝をぬかれた。身内仲間でも、面識あるくらいの知人でも初めて存在したGAYだったのだ。




「で、でも。う嘘だろ。だってパーティーで可愛い子と知り合って・・・あ、あれはK氏のことか。えええ!でも3ヶ月前彼女がバイト先に来て、パフェとか食べてたじゃない!」




「ああ、彼女とは、とっくに別れています。」




「つーか・・。彼女納得しないだろ。」




「いえ、してもらいました。」




「はあ~。ほんとか?」




「大変傷ついたようですが・・・。しかたなかった・・。」




必要以上に驚いてはいけないと言い聞かせた。




「でも、うん。そうか。うん。いいんじゃん!いい人だしさ。世の中、男と女しかいなんだから。組み合わせも3通りあるんだからさ。変とは、言い切れないよな!ヨシくんが楽しくやれて、充実しているなら何が悩みなんだ?」






と悩みという話を数時間聞き、話した。




簡単に言えば、三角関係の悩みである。先天性のホモセクシュアルと後天性のホモセクシュアルの話にまでのぼり、いろいろ話したが・・・。これは、どうにも予測もつかず、励ますのが精一杯であった。




ホモセクシュアル・・・・・・・・・・・・・。僕は男に性的興味・興奮は持ち得ない。なぜ男が男なのか?と考えたりした。あのヘアメイクさんがホモセクシュアルの可能性が高いことはわかっていた。それは、彼の出身の美容室で予測できた。




ヘアメイクという職業自体にそういう人が多いという。(いや、実際、多い。)




僕は自分自身を見つめなおした。僕もそうなのではないかと・・・・。考えているうちに怖いというか・・・罪悪感のような気持ちにとらわれた。




ヘアメイク・美容師・感性・女性の世界・海外・平凡を超えた世界・ファッション業界・・・僕の内面的な女性的キャラクターの自己認識!そして、あの屈辱的な言葉!!




「・・・君が女なら・・・・結婚したかもしれないよ!」






僕は自分を包有し取り巻く世界を表象するイメージ的な言葉に圧倒されていた・・・。

「あっ、どうも。」




「ああ、お先に。ニキーダくんだっけ?」




「はい。そうです!」




と、まあ、オーナーさんの友人ということもあり、ちょっと偉そうな態度であまり好きな感じの日とではなかったのですが、愛想よく言葉をかわしていたわけです。で、その人は1度戻りかけたのですが、振り返って、語り始めたのです。






「あっ、僕らの仲間内で噂になっているよ!君は。」




と、顎を少し上げ気味で、片側の眉を微妙にあげ、薄ら笑いをするかのように言葉をはき始めた。そして・・・




「それにしても、君はできた人間だよ!許したんだって!彼女の事を!驚き物だったよ。」






僕は、いきなりのその言葉に当惑と驚きと惨めさと恥ずかしさで言葉につまった。






“何いってんだ・・。どういう意味で、何がいいたいんだ。このひとは・・・。”僕は、しどろもどろとなっていた。






この人は、意地悪だった。そして、終いに、こう言った。




「君が、女だったら、嫁さんとわかれても、結婚したかもしれないよ。あははは。」






熱い思いが、逆巻きあがるかのようにこみあげてきて、声をしぼりあげ始めてしまった。






「あんた・・・いい加減にしろよ。俺とあんたは何のつながりもねーんだよ。立場もクソもねんだよ!俺ゃーよう!あんたが想像するほどおとなしくねーから!特に、初対面で横柄な態度とる野郎は、気にいらねくて、ワナワナくんだよ。今すぐ、目の前から消えろ!でなきゃ、おりゃ、どうなるかわかんねえ!テメーの嫁つれて、帰れ!豚野郎!」






相当、尋常ではなくなっていた。おさまりがつかなくなていた。トイレに来た何人かの人達が、引いているのがわかった。




「いや、そういう意味じゃなくてさ・・・。」






相手の言葉が終わらないうちに、僕はブチ切れて叫んでしまった。まるで違う人格となってしまった。




「せーんだよ!!ああ!!」




ガシャーン!!




何をどう蹴りとばしたのか忘れてしまったが、おもいっきりそこにあったものを蹴った。それが、ガラスに直撃しガラスが割れてしまった。その音に驚いてその男は逃げって行った。僕は、顔を洗い、水を頭からかぶり、水を出しっぱなしで、しばらくその場から動けずにいた。




いつの間にか、ジンが来ていた。僕は、ジンに連れられ、無言のまま家に帰ったのだった。




ジンと僕は、そのまま生活を続けだした。




ジンはかなり気をつかったし、僕もそうした空気感が痛かった。そうした事が、切っ掛けになったのか、僕は海外へ行くことを真剣に考え始めた。だが、現実的には資金が全く足りていなかった。だが、僕はその夢を現実的なものとしていろいろ考えることが唯一荒立った心を鎮める方法だった。







二人とも黙ったまま時間が過ぎる。凍りついたような息苦しい空気と時間。







「ジン、明日谷川さんのところに謝りに行けよ。亨と土屋にも謝れよ。」


「うん。そうするよ。」









このとき、僕は、すでに強い感情から離れていた。あれほどのけたたましい怒りは鎮んでいた。







「あたし、田舎にかえろうと思っているの。」


「そうか・・・帰るか。」







よくわからない気持ちになっている自分が苦しかった。




可哀想なのは、ジンなのだとも思っていた。ジンは幸せを感じたかったんだ。毎日楽しくいたかっただけなのだ。




自分を振り返った。僕は全てに焦っていた。遅れて美容の道に入り、名のある店への道は閉ざされ、自分が行きたい場所は、そんな店さえも呑み込むような場所と感じていたから・・・。




だから毎日毎日どうしたらよいか、焦っていた。自分の不器用さにも腹を立てていたし・・・。苛々していた。楽しいはずの美容の業務は、全く楽しくはなかった。むしろ苦しむために、悩むために、それがあるかのような日々が続いていた。






そんな状況で、ジンはどう感じていたのか?それは耐え切れないものであったに違いない。それを誰が責める事ができようか?当然といえば当然なのだ。









「ジン!お前だけのせいじゃない!俺がお前の事を考えすぎなかった事も事実だ。だが、俺には余裕なんてものは程遠いかった。これからも、変わらないだろう・・・。悪かった!ごめん!」




「悪かったのは私だと思う。ニキーダのせいじゃないよ。・・・覚悟もしてたし・・・。」




「・・・・・。ジン。もうこの話はよそう。終わったことだ。はっきり言って、俺もあいつが言った事を信じて、騙された。お前が騙されてもおかしくはない!」




「あ、ありがとう・・・・。帰って、しっかりやり直す、あたし!」









いいのか?これで・・?帰らせていいのか?戸惑う自分がいて、まさか、こんな折り返し方で、再び悩み苦しむとは思いもしなかった!






「ジン。俺は、まだお前が好きだ・・・・と思う。やり直すこともできるかもしれない。でも、やはり前と同じようにはなれない・・・。今、信じきることはできない!お互いが漏った傷をお互いにリスクとして、やってみるつもりがあるなら、戻って来い・・・。やれるかどうか・・・、俺も確かでない。こんな曖昧な言葉しかだせなくても、やり直してみようというなら、俺も努力するよ。」




「・・・・・・・。」






しばらく、ジンは答えるに答えられなかった。そして、小さい声でいった。







「・・・・・うん。ありがとう。」








僕達は、またなるべく変わりないように、今までのように生活し始めた。









今回のことで、ジンは店を数日欠勤してしまった。ジンは、お店の女性オーナーにお詫びしたとき、このオーナーを姉のように大変信頼していたのですべてを正直に話していたようだった。




このオーナーと僕は面識があり、僕が美容の世界に入るとき、よくアドバイスしてもらっていて、少し店も手伝わせてもらったこともあった。




あの事件から2ヶ月くらい経った、ある日、僕はそのお店での食事会に招待され、ジンとともにでかけた。料理もおいしく堪能し、みんな楽しく過ごしていた。大分、酒もはいって、みんな相当、気分よくなっていた。まあ、僕は酒が弱いので、ほとんどジュースで済ませていた。トイレに行きたくなり向かった。トイレには、そこに同じように招待された、オーナーの旦那さんの友人夫妻の男の人がいた。