^ ^。もうすぐ3月。

3月といえば、、、、お雛様😃

でも忘れてはいけないのは、今年で10年経つ「3.11」ですよね😔

今回は、あの日の事を少し振り返りたいと思いますあせる
あの時、長男はまだ10ヶ月、私は妊娠6ヶ月位。

ちょうど大震災の1ヶ月前に引っ越しをしたばかりの慣れない環境の真っ只中の時期でした。

年子という事もあり、私の母がよく私を助ける為に家にきてくれていたのだけど、あの日もたまたま母が来てましたドキドキドキドキ

いつも通り母に家事はお任せして、長男との時間に費やす私ラブラブそんなのんびりしていた時に、突然今まで感じた事もない揺れが…ガーン

すぐに3人身を寄せて揺れに耐えますあせる母が長男を守るように抱いて私は母とつかまりながら揺れに耐えました。
未だにあの時は、ただ何も出来なかったとしか覚えがありません。。

長い揺れが、収まったものの外へ避難するべきかこのまま家で様子を見るべきか悩みましたが建物が壊れると思い外に避難しました。

当時の家は、7階だったので普段はエレベーターでしたが地震によりもちろん止まってしまい階段を使いました。普段使いしていたベビーカーも断念し、妊娠中だった私に代わり母が長男をおんぶして1階まで降りましたおーっ!

外へ出ると、とても3月とは思えない気温と気候で雪まで降ってました。長男が寒くないかあせる一度家の中で待機したほーがいいのかそんな迷いが巡りながらも 外でしばらく様子を見ていました。

揺れも収まり始め、私のお腹の張りも出てきたので一度家に入ろうと母と決め7階まで階段で戻る事に。長男を再びおんぶして母はゆっくり登り始めます。

あの日、周りの人たちは携帯で連絡を取れない状況だったと思います。もちろん、パパとも連絡は取れません。パパの安否が分からず数時間続きましたが、パパはなんとか職場から何時間もかけて徒歩で帰って来れました😭

その日は、数十分単位の余震で一睡も出来ずに過ごした事を覚えています。

唯一救いだったのが、余震の中でも長男はスヤスヤ〜zzzzzzと眠り普段通りであった事。

地震の影響で、スーパーも閉まり電気、ガスもストップ。コンビニに行ったもののお店の中はスッカラカンでしたえーん

そんなこんなで、あまってる物で食べて数日は過ごせた私達。母はもちろん電車も止まってしまい数日間帰れず、パパもお仕事は無しでした。

家族の命があるだけでも、有難い事ですねショボーン

あの時母がもしも遊びに来ていなかったら私は長男と一緒にどう行動してたのだろうと考えます汗お腹の子の命も守りたい‼️でも目の前の長男の命も守らなければと苦渋の決断を責められたに違いないと思います。

母がたまたまいたから、良かった。。

私は、あの震災で被害に遭われた方に比べてはいけないくらいの経験しかしてないと思います。

ただ一つ思うのは、これは年子関係なく その時誰といたかで本当に状況が変わるという事。

大きくなった年子兄弟。もしも震災が起きて私達親に何があったとしても 2人が一緒にいればどーにか進んでいける。そー思わずにいられないえーん

だから、とにかく2人さえ一緒なら…と思えて仕方ないんですよね。一つしか歳が変わらないからこそ兄弟のような親友のような絆で育った2人。ぶーぶー同志って言えば良いのかな🥰

近い将来、きっと地震やら自然災害はくるのかもしれない。
その時に、兄弟でどのように行動出来るのかは普段からの行動で違う気もしますラブラブ

だいぶ長くなりましたが、読んで頂きありがとうございました😊

次回、まだまだつづきまぁーーー、、、す。。

多分。。。笑笑