【前提:実存主義の立場にのっとり記述する】
自分探しの旅で得られる答えは「答えは探したところで出てこない」ということ。
生まれたときから様々なメディアに囲まれて、あらゆる概念を与えられた若者は、
自分自身で概念を作ることが苦手で、マニュアルを欲し、それに従いがちである。
例えば数学の参考書のように、問題の答えは予め用意されていると思い込みがち。
社会でそれなりの地位につくことがステータス
目が大きくて顔が小さい細身の女性が美人
浮気や不倫は悪いことだというから悪い 等等。
与えられた価値観、概念が正しい答えであると思いがち。
それらはあくまで誰かが作り出したものだということを忘れてしまい、
最初からそうである、決まりきった正解だと認識しがちな傾向にある。
しかし、それらはあくまで誰かの手で、都合のいいように、作られたものだ。
あらゆる答えや常識は、人の手によって作られ、時代の変化に沿って、
やがて作り変えられていくものだ。そこに絶対性は存在しない。
前提として、そのことを念頭におかなければならない。
数学には大多数を対象としているものには正確な答えが予め用意されているが、
あらゆる常識の「~は~である」ということに絶対的な正解なんて存在しえない。
まして個々人の生き方やら何やらという個人的なものに
正確な答えなんて用意されているわけはないのだ。
探しても、その答えは出てこない。
家族、友人、常識などなど、いろいろな声に惑わされて、
迷って、妥協を続けるような生き方はするもんじゃないと思う。
自分の中を探したところで、そこにあるのは「過去」でしかない。
探したところで、その先にある自分は「過去」の延長線でしかない。
次に行きたいと望むのなら、進みたいと望むのなら、
「過去」を土台として、新しいものがきっと必要になる。
それまでにない、こうでありたいと望む何かが。
そのギャップを埋めるように生きていくことで、
きっと未来は作られていくのだろうと思う。
大切なのは、自分がどうありたいのか真剣に考えることだ。
サルトルは言う。「君は自由だ。選び給え。」
答えは探すものではない。作り出すものだ。
過去の言葉に耳を貸すのではなく、こうありたいと願う心の声を聞くべき。