新しい方向に気持ちが向かっている。


仕事が楽しい。もっといろんなことが知りたい。
やりたいこと、目指したいものは沢山あるの。


なりたい自分になりたいの。

そのためには今は
いろんな人に会って話して、
いろんなことを吸収しないと。


家にこもってる場合じゃないんだ。
狭い世界でぬくぬくしてられないの。

そういう守ってくれる場所が必要な時間は終わったの。
もう私は過去に逃げたりしないし、前を向いてるの。


だから、きっと長くはない。

ひとところにはいられない。


まだ先のことは分かりません。どうなるか予想がつかない。
今の彼氏と今後どうなるかも、仕事がどうなるかも、全部。

でも、うーーーんと幸せになってやろうと思います。
誰からも羨まれるくらい、思い切り幸せになりたいです。

なんだか2010年は、私にとって良い1年になりそうです。
新しいことを始めるのにうってつけの年だと感じます。

今まで滞っていたものをすっかり洗い流して、
自信を取り戻して、ちゃんと自分を好きになって、
一皮向けたいい女になってやろうと思います!!!


わくわくして仕方ないw


これからの時間が待ち遠しいと感じるのは、どのくらいぶりだろう?

最近、とても大きな心境の変化がありました。

事情をここに書き残すわけにはいきませんが、
2年間、ずっと欲しかった言葉をもらえました。

長かったし、苦しい思いも沢山したけど、
やっと、終わりにすることが出来ました。
きっともう泣かないし、恋しくもなりません。

素敵な思い出をぶち壊してしまったけど、
やっと自由になれた気がして、嬉しいです。
長い長い旅がようやく終わった感じです。

きっと私はもう振り向かないし、前に進みます。

将来がどうなるかなんてさっぱり分からないけど、
前に進んで、きっと素敵な新しい時間を過ごします。


いろいろあったけど、最後に心から、ありがとうと言いたい。
簡単に言葉にしてはダメ。
言葉はわたしも他人もしばる。

不確かなものが事実になってしまう。


言葉にしない。

そうすれば、事実じゃなくなる。





誰かのために、何かをしているとき、
なんだか優しい気持ちに包まれるようで、

優しくしたい相手がいるということは、
幸せなことなんだな~と感じたりする。


昨日、おととい辺りから、どうも彼氏とうまく行かない。
私も疲れてるんだろうか。年末だし、仕事終わんないもんな。

向こうも研究とか何やらで疲れてるみたいだし、
一緒にいるときに微妙な雰囲気にしたくないから、
ここで愚痴れるだけ愚痴っておこう。

違う人間が二人いれば、
それはまぁもめるのは当たり前だけど。

あんなに怒ることないのに。

それはまぁ私も文句とか我侭を沢山言うし、
向こうにたくさん負担もかけてると思うけど。
ほんと人のこと言えないとは思うけど。

少しは私のことを推し量ってくれてもいいんじゃなかろうか。
普段優しいだけに、甘えすぎちゃってるってのもあるけど。

おちゃらけてるように見えるかもしれないけど、
彼に勉強があるように、私だって仕事があるんだから。
朝から夜まで働いて、家の家事もやってるんだから。

最近は自分のお金で二人分の生活費だしてるし、
勉強したり本を読む時間も削ったりしてるし。

勉強はそれは大切だとは思うけど、私だって仕事してるんだよ。
腰掛OLみたいな仕事じゃなく、自分を生かすために働いてるんだよ。
安定した仕事じゃないから不安だし、プレッシャーだってあるし。

家事がたまるといけないから、なるはやで帰ったり、
帰って疲れてても買い物してご飯作って洗濯物したり。

そんなこと気にしないでいいじゃんとか、
やらなくてもいいのにって言うけど、
やんなきゃ生活がまわんないんだよ!!!

腹立つのは愚痴ると「じゃあ追い出せば」というところ。
二人の生活を快適にしようと思ってやってることなのに、
どーしてそういうことがいえるのか意味がわからない。

どっちにしろ、二人で暮らすなら、それはやらなくちゃいけないことであって、
その負担がちょっと自分に傾きすぎてるから分担して欲しいといってるのに、
どうして人の気持ちを踏みにじるようなことを平気でいえるんだろう。

って、ああもう、この性格を直さないとダメだな。

勝手に自分であれもこれもやらないとって思ううちに、
自分を縛って、どんどん窮地に追い込んでいくのは悪い癖だ。

亮ちゃんのときと全然変わってないんだな。わたし。
自分こそ相手のこと推し量れてないのかもしれないな。

ちゃんとしていないと気がすまないけど、
どうしたってキャパオーバーなわけで、
自分の手で首をしめることになる。

こうじゃなきゃいけない、とか
ああじゃなきゃいけない、ていうのは、
持たないほうがいいんだ。

相性は作るものだといってる割に、うまく出来ない。

もっとのんびり構えててもいいのかもしれないな。


うーーーん。うまく出来るかな~~。。

はぁ~~~。二人暮らしって難しい~~。
オフィスでガリガリ仕事をしていると、
上長と営業さんの話が聞こえてきます。

自分のアサインの話が聞こえてきたときはひやひや
コンサルとゆー職種上、避けられrないけど。。。


自分の値段とか、何月まであっちだからどうとか、
契約上の面倒くさい事情とか、つーつーぬーけー。

出稼ぎ労働者はつらいです。


ああでも早くオフィスから出たい!!!
【前提:実存主義の立場にのっとり記述する】


自分探しの旅で得られる答えは「答えは探したところで出てこない」ということ。

生まれたときから様々なメディアに囲まれて、あらゆる概念を与えられた若者は、
自分自身で概念を作ることが苦手で、マニュアルを欲し、それに従いがちである。
例えば数学の参考書のように、問題の答えは予め用意されていると思い込みがち。

社会でそれなりの地位につくことがステータス
目が大きくて顔が小さい細身の女性が美人
浮気や不倫は悪いことだというから悪い 等等。

与えられた価値観、概念が正しい答えであると思いがち。
それらはあくまで誰かが作り出したものだということを忘れてしまい、
最初からそうである、決まりきった正解だと認識しがちな傾向にある。

しかし、それらはあくまで誰かの手で、都合のいいように、作られたものだ。
あらゆる答えや常識は、人の手によって作られ、時代の変化に沿って、
やがて作り変えられていくものだ。そこに絶対性は存在しない。


前提として、そのことを念頭におかなければならない。

数学には大多数を対象としているものには正確な答えが予め用意されているが、
あらゆる常識の「~は~である」ということに絶対的な正解なんて存在しえない。

まして個々人の生き方やら何やらという個人的なものに
正確な答えなんて用意されているわけはないのだ。


探しても、その答えは出てこない。

家族、友人、常識などなど、いろいろな声に惑わされて、
迷って、妥協を続けるような生き方はするもんじゃないと思う。


自分の中を探したところで、そこにあるのは「過去」でしかない。
探したところで、その先にある自分は「過去」の延長線でしかない。

次に行きたいと望むのなら、進みたいと望むのなら、
「過去」を土台として、新しいものがきっと必要になる。
それまでにない、こうでありたいと望む何かが。

そのギャップを埋めるように生きていくことで、
きっと未来は作られていくのだろうと思う。

大切なのは、自分がどうありたいのか真剣に考えることだ。



サルトルは言う。「君は自由だ。選び給え。」


答えは探すものではない。作り出すものだ。

過去の言葉に耳を貸すのではなく、こうありたいと願う心の声を聞くべき。
真実が存在しない以上、世の中には客観的な正義も存在しない。



世界を見るということは、能動的であり、受動的である。
それだけを見ているのであり、それ以上を見ているのである。

文にはその周囲を取り巻く環境としての文脈が不可欠であり、
また、それを読む「私」が登場人物の「誰か」に感情移入して読むのであるが、
世界を見るということは、まさに、そのような読書のようなものだ。
今日はクリスマスだから、暖かくて美味しいご飯を作ろう。
早く帰れるか分からないけど、クリスマスしてあげよう。

ケーキを作って、チキンを焼いて、サラダを作って。
19時にオフィスを出たら、即お買い物&お料理だな・・・。
あーエビフライも買ってこないと。散らし寿司もしたい。。

今朝はちょっといじわるしちゃったから、その分優しくしなきゃ。

自分が安心したいがためにああいうことを言うのは
よくないって思うしとめたいんだけどとまらないー。

離れていくのが怖いからリスクヘッジしてるかもしれないし、
たぶん単純に彼にとって1番になりたいだけのような気もする。

朝の話の続きは聞かないようにしよう。
話すだけ、苦しませるだけだな。きっと。

自分を責めるのはつらいことだから、聞かないでおこう。
その代わり、素敵なクリスマスをしよう。


彼の優しさや純粋さは、私を救ってくれる。

現実につなぎとめてくれてる気がする。


甘えてくれるのは嬉しい。
居場所をくれているようで救われる。


今日も暖かくて、いい夜にしよう。