ボクらはスーパーマン -2ページ目

ボクらはスーパーマン

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カンボジアでは2回目だろうと
様々な出会いがありました。
短すぎた8日間。みんなだいすき。
おかげで年末年始はバイト三昧でした。
そのため年越しの瞬間はお風呂でした。

そんなこんなで始まった2012年、
1月は、パネル・小学校・飲み会・
ジブリ美術館・滋賀県・飲み会・テスト・
飲み会・飲み会って感じで一瞬で終わり、
2月は教育実習で0.5瞬で終わりました。

あのね、どうしても忘れられない言葉。
4年1組での実習、1日目のことです。
フルネームで漢字1文字違うだけ
(新井晶子と新井奏子みたいな)の
女の子たちがいて、顔は全然似てないから
「2人は親戚なのー?」て聞いたら2人で
顔見合わせて「違うよねー」「うん」
「違うよ、ただ親友なだけ!」って。

ただ親友なだけって、アンタ、
すごいことよ。
大人は絶対に言えないことだね。
”親友”についての価値観とか、
子どもと大人じゃ違うからかな。
うん。変わっちゃうってことか。
それを成長と呼ぶなら、成長はさみしい。
うーん。いやー、とてもとても
衝撃的な一言だったんです。
子どもってなんて
魅力的なんだと思ったんです。
こんな子たちと一緒にいたいなあ。

そして恵まれた実習生活でした。
ほんとに。あと3クールくらいやりたい。
そしていろんなこと考えたい。ああ。

そして3月です。実習終わった日の夜に
鶴瀬に帰宅。なんたって次の日事後指導。
そしてアドミ4年生送る会~
そしてそしてカエラちゃんのライブ~
カエラちゃんがね、「みんなが明日から
ハッピーな気持ちで頑張れるように
みんなの中にある悪い気持ちや怖い夢とか
不安な気持ちはわたしとクモちゃんが
ぜーんぶ食べちゃうからね!!!!」って
言ったときには私号泣。
つまり最初から号泣。
とりあえずみんな、これ読んで
カエラちゃんの想いを知ってくれ。
私が話しててもしょうがない。


そしてカエラちゃん終わり、
次の日の夜行バスで三重県へと
行って参りました。伊勢神宮。
かみさまかみさま。
行くところ行くところ全部日本で、
すてきで、地震でこゆとこが
なくなったらまずいですねーとか
話していました。ほんとに。
守らなきゃだめ。

そして最終日、生牡蠣にあたったらしい
ボクタチはげろげろぴーやのまま
11日の朝に帰宅。とりあえず寝る。
その後回復し、とりあえず髪の毛
染めようと思ってブリーチしたけど
1ミリ茶っこくなったくらいでした。
なんて強い髪の毛。くそう。

そんなことしてたらあっとゆう間に14:46。
手を合わせました。1分間、黙祷。
でも、なにを想えば良いのか
わからなかった。

亡くなった方に対しての、、、お祈り?
うーん。じいちゃんのお墓参りでは
いつも現状報告だからなー。

わからないから、1分間、いろんな記憶が
巡って、それはやっぱり主に石巻市に
行ったときのことで、止まった時計とか
土に埋まったいろいろとか、
出会った人々の顔とか、そゆのでした。
間違いなく言えるのは、みんな笑顔を
見せてくれたということ。
半年経ったところで訪問させて
いただいたわけだけど、
出会った人々は、みんな笑ってた。
もちろん笑顔の裏にいろいろなことは
抱えてるんだと思うんだけど、でも
その笑顔は嘘ではなかったと思う。
ちゃんと目の前の何かに微笑んだり、
声を出して笑ったりしてたんだと思う。

悲しみは計り知れないけど、
もう悲しみだけじゃないんだと思った。
ちゃんと楽しさとか嬉しさとかそゆのが
あの人たちのなかにはあるんだと思った。
かわいそう、なんて一瞬も思えなかった。
あの人たちはすごくつよい。

「かんばろう東北」という言葉が私は
ずっとどうしても嫌いなんだけど、
だって東北の人はすごく頑張ってるから。
あんなことがあっても生きてるって、
すごく頑張ってるじゃない。
それなのにその上にまだ頑張らせるのか。
それより直接ツライ想いをしてる人たちが
こんなに頑張ってるんだから、
それ以外の人たちがもっと頑張って
支えなきゃだめでしょ。

だから頑張るのはみんなでしょ。
他人事みたいに言うな。

って思ってたんです。そして石巻に
行ったときこんな写真があったんです。
$ボクらはスーパーマン
ほんとは日本人が言わなきゃいけない
言葉を言ってくれたなって。
むしろ言われてしまった。

いっしょに生きていかなきゃ
だめなんだよ。
みんなで背負わなくちゃだめなんだよ。

でもそれはみんなで一緒に悲しむ
ということではなくて、私たちの力を
足して笑顔を増やしていくという
ことだと思う。なくなったものを
埋めるのではなくて、なくなったものを
ちゃんと踏みしめながら、その上で
笑って泣いて怒って
生きていかなきゃいけない。

そのためにみんなで力を
合わせていかなきゃいけない。
それが絆なのかなあと。
どうですか埼玉県。
教育振興基本計画に沿えていますか。
埼玉県はどんな先生を求めてるんですか。
教員採用試験というものの意味はなんですか。
そこで選ばれ、認められた人たちが
良くないことをしている現状を
どう思いますか。
偉い人が選んだ人たちなのでしょう。
教育をどんなものだと思ってるんでしょうか。
教育ってなんでしょうか。
「子どものため」の
「ため」ってなんでしょうか。
「最近の子どもは」って言うけど
そんな子どもを育ててきた
「最近の大人」はどうなんですか。
そんな大人を生み出すことになった
いまの社会をつくった人たちは
何をしてくれたんでしょうか。

子どもたちに、大人っていいぞって
胸張って言えません。
できれば小学生に戻りたいなんて言葉は
心の中にしまっておきます。

でも間違いなく、幸せはあるんだよって、
ちゃんと伝えていきたい。
当たり前を当たり前ではなく、ちゃんと
幸せに気づける心を育てていきたい。

そしてこれもいつもじゃなくて
たまにでいいから、お母さんお父さんに、
じいちゃんばあちゃんにありがとうと、
生きていることにありがとうと思える人が
増えていったらなにかが
変わると思うんだけどな。

100年計画でも足らないでしょう。
でもいつか、大人って
すげーたのしいんだよって
子どもたちに自慢できる世界に
なってほしいな。
そんで子どもたちが、
いやいや子どものがちょうたのしいから!
とか言ってね、そんで大学生は相変わらず
モラトリアムにもんもんするの。笑

ああ。理想と現実は違うね。でも、理想を
キレイゴトで片付けてしまうのは違うよ。
理想はつまり目標でしょ。
誰にだってあるものでしょ。
それがちょっとなかなか達成するのは
むずかしんじゃねってゆうものになると
理想という名前に変わるんだろうな。

でもそれってつまり自分が
レベルアップしたら目標に
少なからず近づくわけで、それが
積み重なったらいつか理想と
呼んでいたものが現実と
寄り添えるようになるではないか。

言葉で言うのはいくらでもできますね。
でもね想像できれば創造できるんだって。
そして信じたもん勝ちだもんね。

私は、理想を忘れない。
でもちゃんと現実を見る。
そこで生きていく中で、どうしたら
その理想を実践していけるのかを
しっかり考えていく。
最初から100できるわけない。
1でも、0.1でも、
理想に近づいていきたい。

そのために、今やること、やっていこう。

ふふー。久しぶりに時間ができたので
いろいろ考えてしまった。
文字にするってすごく大切ね。

今日も始まる!