人を褒める事はすげぇこと
私の学校で体力テストがあった。
3回に分けて体育の授業を使って、体力を測定した。
他人から「運動出来そう」とよく言われるけど
全然運動出来ないんです。
好きと得意は違うもので
筋肉があるだけの運動音痴なのである。
「警察官になったらいいじゃないの」など父から日常的に言われ
「私は体力系の仕事が向いている」と思っていたが、
部活を辞めてから運動が嫌いになったので
「うん。向いてないっ!!」と毎日をダラダラと過ごしている訳である。
部活を辞めてから、体育の授業で特に持久走などの授業の時、
悪夢のような練習の日々を思い出しては、劣等感という重りが
自分に付いてはなかなか取れない。
次第に他人に羨みの目と妬みの目を向けるようになった。
「あの子は出来るのに、私は諦めた」という悔しい顔が滲み出ているの
を他人に悟られないように自分の中でドロドロした思いを溜める。
他人の功績を褒めるなんて出来ない。
だって羨ましいんだもん。
自分に出来ないんだもん。
ちょっと照れくさいんだもん、…
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体力テストの最後に持久走のタイムを測った。
走り終えた後、悔しさと諦めが顔に出まくっている
自分の情けを隠すように友達と笑い話しながら
タイムの遅さを嘆きを混ぜながら茶化す。
斜め後ろから「総合点計算した?…どんなやった?」と言う声が
聞こえてきた。
どうやら私に話しかけた訳ではなく、
私の隣の人に話しかけたらしい。
他人の点数確認してどうするんだよ。なんて思いながら
その場所から去ろうとした。
「え〜わたし〜? 30点ぐらい? ヤベえよ評価Ewww」
言うのかよ。…てか、私負けてるし。
「え〜マジで~? 頑張ったやん!!」
「それなぁ〜www」
…………………っ……。
何故か私は心を打たれた。
その声はお世辞でもなく、他人を素直に称える声だった。
「頑張ったやん!!」
ありきたりな褒め言葉でも、励ましでもない。
どんな結果でも相手の頑張りを肯定する。
「頑張った」という事実を褒めることができる。
そんな事が出来るものだろうか。
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ずっと言われたかった言葉である。
頑張っても頑張っても「この調子で!!」とか「もっと頑張れる」
言われ続け、ある時「なんか無理。」とある日何かが折れた。
何かが折れて空っぽになった私の様子を見て、
今までの言葉を撤回するように周りの大人は
「頑張ったね」とか「すご~い!!」とわざとらしく声をかけたが
そのよそよそしさが鬱陶しくて仕方なかった。
親とか先生も励ましのつもりだったことは明らかである。
いつの日からか、どこか塞ぎ込んだような顔になり、ずっと下を向い
た。
他人の功績だけを見れば本当に素晴らしいものだけど
やっぱりいつも何かを見落しがちで
本人の気持ちは後回しになってしまう。
「もっと頑張れる」なんて他人のエゴに過ぎない。
「もっと頑張れる」は自分がそう思って成り立つものであって
他人の限界を勝手に決めたりしない人、
他人に勝手に期待をしない人や
褒める事こそが素晴らしいと思える人は
素直に他人を褒めることが出来るのだなと感じる。
私も羨みや妬みの気持ちを捨てて、他人と折り合いをつけて接していき
たいと願うばかりである。
…他人を褒めるってすげえから、ちょっと話聞いてみようかな。
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あとがき…
はじめましての方も前も見たわよって方もこれからも宜しくお願いします!!
他人を褒めるってやっぱり恥ずかしいし、照れくさいです///……
妬みも羨みもやっぱり人間ですから…ね?(おい)
息するようにぽんぽん褒めてたら、多分…幸せになれますよ。
ちょっとでいいと思います。
手が綺麗でも、まつ毛がくるんってしてるのを褒めるとか。
見えるものを褒めるのは嬉しいものですよ……
優しさ…頑張りとか見えないものは褒めづらいし、人それぞれなので…
この前「下敷きが綺麗だね」って褒めました(?)
友達に「そこかよっ!!」って言われましたけど
なんか嬉しそうでした。
でも、あれですね。なんか文章まとまってませんね。
精進します。
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誤字脱字もお手数ですが、ご報告ください。
改めましてここまで読んでいただきありがとうございます!!
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