🌊 31年かかって気づいたこと —— 人間は線形では生きられない
自分はこれまでずっと、「線形に生きなければいけない」と信じ込んでいた。
線形とは、毎日同じように、一定のペースで努力し、積み重ねること。それが成功につながる、と教え込まれた価値観だ。学生時代にも、社会に出てからも、線形の世界は当たり前のように目の前にあった。
しかし、最近ふと気づいた。
そもそも、人間は線形に生きられるように設計されていないのではないか?
これは一見、単純な気づきに思えるかもしれない。でも、31年間、自分を苦しめ続けていた根本原因がそこにあった。
自分の「脳の配線」は、線形ではなく「非線形」だったのだ。
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🔹線形の世界観はなぜ強いのか
社会制度は徹底的に線形に最適化されている。
学校:同じペース、同じ教科、同じ進度
仕事:毎日同じ時間に働き、継続することが評価される
給与:勤続年数に応じて上がっていく
福利厚生:辞めずに続ける人ほど得をする
「続けること」「止まらないこと」「同じ速さで進むこと」が最も合理的な行動として認められている。それを支える仕組みが社会全体に埋め込まれているから、多くの人が無理にでも線形に合わせようとする。
問題は、人間の脳がみんな線形ではないということだ。
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🔹非線形の脳とは何か
自分を観察していて気づいたことがある。
気力や集中力は波のように上下する。
やれる日はとんでもない集中と創造性を発揮する。
逆に、まったく何もできない日がある。
昔はそれを「怠け」「甘え」「根性が足りない」と思っていた。
しかし違う。
これは、脳の「自然な使い方」だった。
脳は一定のペースで働くようにできていない。
前頭葉が酷使されれば必ず限界が来て、実行機能が低下し、先送りが増え、気力がなくなる。
これは一種の「システムの防御反応」だ。
最近気づいたのは、この状態は非線形システムとしては正常だということ。むしろ線形にしようとする方が脳に負荷をかけていた。
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🔹非線形を生き方に適用する
この気づきは単なる認知の話では終わらない。
生き方の設計そのものを変える。
ポイントはシンプルだ。
> 1. 方向性だけ決める
2. 波が来たら一気に進む
3. 波が来ない日は何もしない
これは「怠け」ではなく「自然なリソース管理」だ。
線形の価値観では「休む=悪」だが、非線形では「休む=次の波の準備」になる。
自分は今まで、波がない時に無理やり進もうとして、前頭葉をすり減らしていた。
結果、必要なときに波が来なかった。
当たり前だ。休んでないのだから。
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🔹31年かかって見えたこと
一番大きな気づきは、
> 「自分は非線形がデフォルトなんだ」
という単純な事実だ。
この気づきにたどり着くまで、実に31年かかった。
でも、その31年は無駄ではない。
むしろ必要だった。
線形で生きようとして苦しみ、失敗し、何度も立て直し、観察し続けてきた経験があったから、今、言葉にできている。
不思議なことに、この「気づき」だけで、日々の生きづらさが3〜5割は軽くなったと感じている。
責める必要がないからだ。
波があるのは自然。リズムがあるのは当然。
そう考えるだけで呼吸が深くなる。
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🔹社会は線形を求める。じゃあどうするか?
現実的な問題として、社会制度は線形前提で設計されている。
だからいきなり非線形が理想の社会を作ろうとしても、摩擦が生まれる。
それでも、できることはある。
自分の波を知る
波を観察する
波の来るタイミングで行動
波のないタイミングに罪悪感を持たない
これだけで、自分の生き方は非線形に設計できる。
線形社会の中でも「内部に非線形のOS」を持って生きればいい。
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🔹結論:人は波だ
人間は線形の機械ではない。
波だ。エネルギーだ。
気力や集中力は、自然現象と同じように周期を持っている。
社会制度が線形的に設計されていることが、非線形の脳を持つ人々を苦しめている。
だが、その構造を理解し、非線形を自分のデフォルトとして受け入れるだけで、生きやすさは大きく変わる。
もしこれを読んだ誰かが「自分も非線形でいいんだ」と思えたなら、それだけでも世界は少しだけやさしくなる。
そして、それはたぶん、これからの時代に必要な「新しい生き方の哲学」になると思っている。