学校は、刺激的で楽しかったけれど、一つ悩みもあった。周りの友達は皆お金持ちばかりで、私は平凡な家庭で育って来た事に不満を感じる様にもなっていた。桁外れのお金持ちばかりでついていけない。買い物に行っても値段も見ずに買うような子ばかりだったし、両親が芸術家で成功していたり、誰もが知っている名の通った会社の社長さんも多かった。 そんな中、私は実優と仲良くなった。彼女はアイドルとしても通用するぐらいキュートで可愛かったけれど、両親が居ないせいなのか、顔に似合わずとても野心家だった。
彼女の影響で私たちは、学校帰りに渋谷や新宿、原宿なんかで平気で欲しいものを持ちかえる用になった。いつもの用に、表参道辺りで持ち帰りをしていると、普段と店員の様子が明らかに違っていてどこのお店に入っても皆、電話を片手にこっちの動きを追っている。私は実優に「今日はこのぐらいで帰ろ」 と伝えたが、世間を舐めてる彼女の勢いは止まらない。 私も、周りは難なく好きなものを手にしてるのに、不公平だよね。なんて軽い気持ちと実優のあっけらかんとした姿に強気になって、物色しまくり始めた。。。程なくして私服警官に声をかけられ腕を捕まれた。実優は振り切って逃げたが、私が抵抗しないで付いて行ったので、警官を睨み付けながら渋々戻ってきた。
そのまま渋谷警察で事情聴取を取られ親のサインを貰う紙切れを渡されあっけなく帰された。実優は「自分で書いて、送っちゃおうね」とニコニコだったが、私は、雨が降る前の曇ったように、落ち込んだまま帰宅した。両親の目を真直ぐ視ることが出来ず、部屋に籠もって、ぶるぶる震えた。
@長くなりそうなので、次回に続きます。いや、実優は強烈な女の子でした。だからこそ魅力に惹き付けられたのかもしれません。その後彼女は、AV女優として活躍しましたが、現在の消息は不明です。今となって、やっと彼女の当時の気持ちが判ったような気がしてます。幸せに過ごしていますように。。
私は、直感型人間だった。。両親には、沢山習い事をさせてもらったけれど続いたのは絵画教室だけで、あとの習い事は、親には行くと言って友達と遊び惚けていた。
初めてクレヨンを買ってもらった二歳、部屋中の壁一面にあっという間に描きまくってしまい、、両親は、怒りもせず絵画教室に連れて行ってくれた。
先生は洋画家で、無口な人明るい保母さん出身の奥さんと夫婦で、毎週一回中学生ぐらいまでの子供を対象にお遊びの様な教室を開いていて、私は、初めて目に触れる筆や絵の具、キャンバスや画用紙、粘土にドキドキした。先生には子供がいなかったので、私は、第二のパパとママが出来たみたいで嬉しかったし、色んな物や景色、色んな場所に連れて行ってもらった。
その日は友達とどんなに楽しい遊びがあっても、休む事はなかったし、10歳で油絵を習ったあとも、美大の付属に通い始めても、先生との関係は崩れる事が無かった。
私は、天真爛漫で積極的だったので、周りに沢山の仲間がいたけれど、それは、八方美人と言うか、上手くやるにはこういう言動、行動をすれば良いと抑えていたのかもしれない。自分の心の内は、描く事創る事によって表現して均衡が取れていたのかもしれない。と今になっては思う。
美術学校には、個性的な子が多かったので、社会的に順応出来ないような私も、目立って外れる様な事は無かったし、勉強よりも制作の授業の比率が高かったので、毎日が有頂天だった。横文字職業への憧れも強かったので、私は、格好良いデザイナーになって好きなものに囲まれながら幸せな人生を送れるものだと、素直に信じて希望に満ち溢れていた。同じ志しを持った魅力的な友達や先輩後輩先生に囲まれ、私は、楽しくてキラキラしていた。

・・・うーん、私が一番大切に思う、戻れるものならこの時って時代なのですが、上手く文章が書けないなぁ ブログタイトルからは大幅にかけ離れた世界ですが、私にとって、この時代の事は核となる大事な部分でもあるので、まずは幸せいっぱいの時期から何通か書かせて頂きたいと思います。
P.S.こさどさん、早速のペタ有難う。ただ、ブログ初心者、、ペタって何なの?お気に入りに入れさせて頂きたいのに何から手を付けていいのかすら、まったく判らん、、涙
はじめまして、倫です。
このブログでは、私の半生を綴って行こうと思います。素人の拙い文章になりますので、途中、不愉快な表現や描写もあるかと思いますが、素直な気持ちでありのままを書いて参ります。どうか、温かい眼で見守って下さい。