在宅介護を選んだ理由はひとえにお金の問題
それと 忙しくしてる方が性に合ってるから・・
今月の5日に退院した母を家に連れて帰った時、
ある程度の覚悟をもって現実を
直視しなければ、在宅介護は無理だろうなとは思った。
ほんとに待ったなし、よどみなく動かないとつっかかってしまうのだ。
幸いと言っていいほど、これまでのさまざまな仕事の経験が私自身を支えてる。
色々あるけど、経験は必ず次のステップへの褒美なのだ。
朝の数時間がその一日を決める。そして、寝る前の1時間が翌日の行動のバロメーター
段取り良く、目配り、気配り、心配り・・
そうでなければ親の看取りなんてできはしない・・・
3週間、自分の醜さとも向き合った・・
まるでジキル博士とハイド氏のよう~・・とまでは
いかなくても、なぜここまでしゃかりきになってるんだろうとか、
もう、逃げ出したいとか、母の自分勝手さとか、主人の無関心とか・・
つい、なぜ分かってくれないのと大きな声で母を怒ったりとか・・
必要以上に世話をするとか・・
自分の醜さ・・それはなにごとも自分を正当化しようとするところ・・
正当化するために母を利用してるんではないかとか思ったりもする・・
しかし、現実は介護を必要とする目の前の母しかいない・・
逃れようのない現実を受け入れようとする母を見ていて
私は、慰めや励ましの言葉をかけてる
母はともかく必死で私を求めて必要としていた
私はその現実を背負うのにまだこころの準備ができてなかった。
そのことに気がついたとき、私はもやもやが少なくなった。
なんだ・・目の前のに私を必要としてる人がいるんだ・・
その必要を私は満たしてあげられる・・あげられてるんだ・・
と、やっと自信が伴ってきたんです。その自信は、たまに崩れたり
戸惑いもあるけれど、それであたりまえ・・
最初から何でもかんでも完全とはいかないんだ・・
あたりまえのことにちょっと気持ちが軽くなりました・・
これからもそうだし、これまでもそうだった・・・
足りないぐらいがちょうどいいかも~です
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