先日、K-1 WGP 2009 横浜大会をテレビ観戦しました。
前田慶次郎選手がマヌーフ選手に衝撃のKO勝ちを収めたシーンや、急遽対戦が決定したシュルト選手VSカラケス選手の試合で、無名のカラケス選手が思いの他善戦したのは印象的でした。しかし、そのようなシーンを差し置いて最も印象的であったのはピーター・アーツ選手の試合内容でした。

ピーター・アーツ選手はエロール・ジマーマン選手というバダ・ハリ選手と並ぶ新世代の強豪選手との対戦でした。ジマーマン選手はバダ・ハリ選手との試合が予定されていましたが、バダ・ハリ選手の出場が急遽キャンセルになり、代わりにアーツ選手と対戦することになりました。もちろんジマーマン選手はアーツ選手にとって楽な相手ではありませんでした。KO負けのリスクもあった試合だと思います。そのジマーマン選手に勝利したことも見事ですが、その試合内容にも目を見張りました。

ご存知の通り、アーツ選手は現在38歳。K-1の大ベテラン選手です。より安全に勝利を掴むために、もう少し“上手い”戦い方、悪く言うと“ずるい”戦い方も出来たと思います。しかし、アーツ選手の戦い方は決して“上手い”ものではありませんでした。常に前に出て攻撃を仕掛けてくるジマーマン選手の攻撃を、“上手く”いなすのではなく、正面で打ち合うということを選びました。ジマーマン選手の戦い方は勢いのある若手選手を象徴するようなものでした。一方のアーツ選手の戦い方はベテランらしからぬ、気持ちが前面に出た激しいものでした。アーツ選手はジマーマン選手と正面からぶつかり合い、延長戦の末、見事に勝利を収めました。

この試合の結果よりも、試合の内容そのものに心を動かされたファンは多かったのではないでしょうか。
最近のアーツ選手は40歳を手前にして、その試合内容は一時期よりも激しくなってきています。もう少し、ベテランらしくうまく戦い、ポイントを稼いでの判定勝ちを狙うことも可能だと思いますが、そのような戦い方は彼自身の中で許されないものとなっているような気迫を感じます。また、対戦相手に関しても、もう少し楽な相手を選ぶことも可能だと思います。アーツ選手はK-1の創設期から活躍し続ける知名度の最も高いK-1選手の一人であるため、主催者側に言えば彼をプロテクトするようなカードを組んだり、強豪との対戦を避けることも出来ると思います。しかし、今回のジマーマン選手との緊急対戦オファーをすんなり受け入れたり、昨年は誰もが対戦を避けていたシュルト選手との対戦を「このままではK-1がつまらなくなる。」との理由で志願するなど、常に自らを追い込んでいます。

何がここまでアーツ選手を動かしているのでしょうか。それはアーツ選手の、自身を育て創設期から関わってきたK-1への想いと、創設期最後の選手としての責任感だと思います。近年のアーツ選手の傾向は、特にホースト選手が引退をほのめかした頃から強くなってきていると思います。やはり、創設期から活躍している現役選手が自分一人になるということで、何か使命感のようなものを感じたのかもしれません。試合に勝つということはもちろん大切にしていると思いますが、対戦相手、試合内容への拘りも強いものを持っているようです。K-1、そして創設期からK-1を支えてきた選手達、そして何より自分を長年応援してくれているファンに対して、自身の強い姿を見せ続けることが役目と感じているようです。ジマーマン選手との試合で見せたアーツ選手の引き締まった体は、38歳にして近年における最もグッドシェイプであったといっても過言ではないと思います。


そのアーツ選手と対象的であったのがレミー選手。レミー選手は結果が良ければ、すべて良しという選手に見えてしまいます。終始アリスター選手の圧力に苦しみながらも、最後のラウンドで奪ったダウンが採点に響き、何とか判定勝ちを収めたレミー選手。採点は真っ当なものであったと思いますが、何か腑に落ちないものを感じたファンの方も多かったのではないでしょうか。ダウンのポイントでレミー選手が勝ったものの、試合を通じてアリスター選手が押していたように見えた人も多かったと思います。極めつけは試合終了後のレミー選手の表情。K-1を主戦場としない相手に対し、決して良いとは言えない内容での勝利にも関わらず、満面の笑みを浮かべていました。K-1王者としてMMA選手と試合をするプレッシャーや、膝を怪我をした状態での試合ということで、レミー選手に僅差でも勝利をものに出来た安堵感があったのかもしれません。ただし、その試合内容に対する不満は無さそうでした。結果勝てたので良いというレミー選手のファイターとしてのスタンスが露になった瞬間でした。アーツ選手であれば、勝利したとしてもあのような内容であれば、不服そうな表情をしていたかもしれません。

レミー選手は、K-1をビジネスと捉えすぎているといった声が良く聞かれます。もちろんファイターにも仕事という側面はあるので、ビジネスのマインドは大事だと思いますし、選手個人個人のスタンスは様々だと思います。ただしK-1を含め、格闘技イベントは、ファンありきのビジネスです。レミー選手のスタンスではこれ以上人気は出ないと思いますし、ファンの心を動かすことは出来ないかもしれません。最悪の場合、このままヒール役になる可能性すらありそうです。(レミー選手のキャラが立つという意味で、ビジネス面ではこちらのほうがおいしいのかもしれません)


一方で、まさにファンの心に響く試合を見せ続けるアーツ選手は、K-1が続く限り、永遠に語り継がれる選手となりそうです。今年でK-1は16年目に突入しています。アーツ選手は20年目までは現役選手として戦い続ける意向のようです。その20年目までに、是非もう一度ベルトを巻くアーツ選手の姿を観てみたいものです。