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ASKAの「本日も恋愛小説」

日常と非日常のはざまで生きる痛女(イタジョ)の
気づいたことや伝えたいこと。
「blogぢゃなくて友達に話せばいーじゃん」ええ、友達いないんです(泣

 

なんだか俄かに忙しいです。

悪いことではないですが・・

 

時間や意識との戦いになりますが、自分が完全に自由だと意識を保つことが難しいです。

そんなときには、「目標設定」ですね!

 

私は結構ざっくりとした目標が好きで、細かな時間割みたいなものは合わないみたい。(やり始めると集中して時間を忘れてしまうので)

項目をしぼって、今日は何をやる! そしてどこまでやる!

 

と、決めます。

このときに、具体的かつ実現可能(と自分が思っている)目標を明確に立てることが

勝機につながるようです。

 

私の場合は、結構、これは真似できないだろう? 的な目標を決めると、

調子にのって(大変なお調子者なので)やっちゃいます。

逆に、こんなことくらいできるよね? 的な目標だと、

やる気なかったりします。

 

「いい気になる」とか「調子に乗る」という言葉は、

特に日本ではあまりよくない響きですが、いいじゃないですか?

気分も調子も悪いなかで、努力することが美徳なのかも知れませんが、

さすがに効率悪すぎです。

脳が楽しくなければ、何もしようとはしないんです(私だけなんでしょうか? つまらないと完全に思考停止に陥ったりします)

 

話を戻して、目標設定で決めたら、必ずできる! と自分を励まし続けることが大切です。

「キミがやらねば誰がやる、今でなければいつできる」

フランス革命時代の新聞記者、ベルナールの言葉です。

まあ、若干お前がやれよっていいたくなりますが。

「あなたならできるわ」っていうバージョンもいいですよね。

 

そして、できたら自分を褒める。あるいは誰かに褒めてもらう。

ええ、強制的にでも。

 

自分の気持ちをポジティヴにリラックスさせたよい状態に保つことは、大変重要です。

結局(やっていることのほとんどは)脳に負担をかけているわけですから・・・

 

このあたりのメカニズムはもう少し調べてみたいところですね。

コカインが(ある種の)よい影響をもたらすことはもちろんわかっていますが、

いかに脳内で物質を造らせるかだと思うんです。“ナチュラル・ハイ”ですね。

「マラソンが好き」な人も、「勉強が好き」な人も、同じかもしれません。

もっといえば、「ギャンブルが好き」な人も「勉強が好き」な人も同じかもしれません。

 

勉強が嫌いな人は、勉強をして、わくわくドキドキしたり、気持ちよくなったりすることを知らないだけです。

脳は「気持ちのよい」ことをしようとするだけだから、何が気持ち良いかを教えればいい。

私は日本の小学校から大学まで、ほとんど授業も聞いていないし、学校のための勉強をほとんどしていないので、あまり悪い印象がありません。(・・・)

その代り、自分の興味の湧いたことを好きに「勉強」していたので、脳が気持ちよさを知っているんです。

(英語は別です。あれは嫌いだけど勉強しました。まあ、20過ぎてからですけど)

 

ブログを続けたければ、ブログは気持ちいいって脳に思わせることです。

ブログ、なんか意外と楽しくなってきました。

でも、いったいブログの何が「気持ちいい」のか、あまり私はわからないし、わかりたくないのですが、ナルシストで露出狂なんでしょうかね、人は本来・・・

 

iTunesUというアプリケーションがあります。UUniversityUでしょう。

大学などの授業を配信することができますが、配信する側で何ができるかはさておき、

実は多くの授業が無料で全世界に配信されています。

私たちはiPadiPhoneで、どこにいても最高の授業を聞くことができるのです。(訳文朝ですね・・・There is the application its name is “iTunesU”. “U” might be “U” of “University”. It can deliver------

 

シリコン・バレーの中にある有名校、Stanford Universityの授業もあって、

私も受けて(勝手にだけど)います。

Algorismの授業とか、Bostonで受けた授業と同じテキストを使った授業もあったりして、懐かしいですね。

今や蒸し暑い日本にいながら、授業を受けられるようになりました。

すごいことです。

アメリカに留学して、なに食べたらよいかわからなくて、

シーザーサラダとサミュエル・アダムズ(地ビール)で生きたりしなくてもよいわけです。

(別に渡米してもビール漬けになる必要はないんですが・・)

 

スタンフォードの授業が、自宅で受けられる! しかも無料!!

本当に凄いことなんですが、できないこともいろいろあります。

たとえば人工知能なんて、(たぶん)ほとんど何もできていません。

100年前から何が変わったんだろう? っていうくらいです。

コンピュータと「無駄話」できるようになるのはいつなんだろう?

暇になったら、やっぱりTRYしてみようかしら? 

 

とにかく、ネット時代には、やはり英語ができたほうが有利ですね。

私の過去を知らないひとは、

アメリカの大学を出てるなんて聞くと、

「この人は英語が好きで得意だったんだろうな」と大きな誤解をします。

 

いえ、全然です。

同窓会に行って、学校の先生がビックリしてました。「まさかお前が・・・」

英語大嫌いでした。

単語は覚えられない、文法はわけわかんない、ホントに無理。。

私のダントツ不得意科目です。

 

自分に英語の才能があるなんてちょっとでも思ったのは、

アメリカの大学に入ってからです。

うまい表現を思いついて会話を救ったり(基本あんま喋らないけど)、結構よい文章を書いたりすることがたまにあって、ああ、もしかしたらって。

 

それまでは、多大なる劣等感やら、英語への不満やらを抱えながら、ひたすら努力。

20を過ぎてからですが、ずいぶん英語を自力で勉強しましたから。

 

でも、結果的には「英語が苦手」で良かったと思うことがあります。

「英語が得意」な知り合い多いんですが、

「日本語が苦手」だったりして、結局翻訳の仕事ができなかったり、通訳すら怪しかったり。私も話すときに「範疇」て言って通じないから「category」って言い直さなきゃならなかったりしましたもの。(それはそうか)

 

とにかく、英語は努力でなんとかなります。できるようになります。

中2の最後のクラスで、I am a girl. を否定文にできなかった私が

アメリカの大学を卒業できるんだから。

英語は日本で、独学で勉強できます。

(というか、この時代に独学で勉強できないことなんて、まずないです。)

 

大抵の場合、諦めてしまうからできないのであって、

諦めなければできるようになります。

特に語学はそうですね。

・中学範囲の文法に自信がなければひととおり勉強する

・同じ映画を何度も見て、自分でもセリフを大声で真似してみる

今はよいテキストもありますし、勉強向きの映画が、シナリオとともにパッキングされて売っています。

 

英語が使えれば、インターネットからの情報の発信も受信も変わってきます。

 

塾でも開こうかしら?
 

 


 

久しぶりに小説を書きました。

 

400字詰で120枚ほどの書きかけの小説に、月曜と火曜で80枚足して、200枚。

一応の最低の小説のラインに達したものです。

客とホストとの「恋愛関係」の話。

割とリアルかつ根源的な話。

10-12月クールの連ドラにぴったり?!

まあ、そのままじゃ脚本にはなんないけどね、全然。

 

書き終えて、面白いとか大変とかじゃなくて、なんというか、スッキリしました☆

書き始めて1年半くらい経っていたから。

 

ずっと片づけなければ、と思っていた引出しを整頓した気分。

 

もちろん、昨日書き上げた小説だってまだまだ完成度が高いとは思わない。

ただ、とりあえず、他の人間が読める形になったというだけのことだ。

矛盾も逡巡もあるけれど、それを単純に取り去ってしまうのでは何かが違う。

きっと良い編集者からの指示を受ければ、とても良いものになるだろうと思う。

ただ、この小説は適当に書き始めて、ずっとほっといたんだけど、

読み返したら、書き出しが面白くて続きを書かなきゃと思ったの。

 

小説を書こうとか、小説家になろうと思うと、

わけもなく気負ってしまって、

どんなふうに世に出るかばかり考えて、焦るだけ焦って何もできない。

 

そういえば、高校生の頃に、ある人に言われたことがある。

 

「キミはアマチュアだ。ボクはプロだ。何が違うと思う?」

私は思いつく点を並べてみた。

その人は「いいや」と言った。

「シンプルなことなんだよ、キミは書き上げないし、ボクは書き上げる」

 

それから長い長い年月が経った。

良い言葉を良いタイミングで聞いて、それが心に沁みたとしても、

動き出せるとは限らないんだなあ、と改めて思う。

 

「夭折」する予定だった年を大幅に超えてやっと、

私は書き上げることができるようになったのだろうか?

 

うん、「引出し片づけ概念」は、いいかもしれない。

なんか、これっだったら気負わないよね?

そう。

私にはまだ、片づけできていない引出しがたくさんあって、

私が片づけるのを待っている。

 

その辺りをとっとと片づけながら、

「物語理論」を実践していける

本当のストーリー・テラーになりたいなあ、と強く思うんです。