2017年10月末、2つめの病院に行った。

おかしいと思い始めてから2年が経っていた。

予約日の前日夜、実家に帰った。
父がA4用紙2枚に母の近況を箇条書きにしてくれていた。
父は透析があって一緒に行けないから、と。
それを見ながら、過不足はないか父と義姉と話した。
普段の母の様子が分からない私にはとても助かった。


母には当日まで、病院に行くことを話していなかった。
買い物に行こう、時間作って、と、1日空けておいてもらった。
当日朝、母が身支度をしている時に話した。
言葉が出てこなかったり気になるから病院に行こう。私が心配だから。何にもなかったらなかったでいいし、お昼には終わるから、その後ランチして買い物行こう!と。
母は渋ったけど、わかった、と了承してくれた。


病院では、問診票が、本人用と付き添いの人用の2種類あった。
母と私、それぞれが書いた。
問診票と、父と義姉と作ったA4メモ2枚も一緒に渡した。
このメモ、すごく良かったと思う!
限られた診察時間だけど、裏で医師や看護師さんたちが目を通してくれていて、話が早かった!


暫く待って、まずは看護師さん(だったかな、曖昧...)に呼ばれ、別室へ。
近況を聞かれたり。
母は「今まで大きな病気したことあるか」ということに答えられなかった。
「うーん...えっと...まぁいいです!」って感じで。
多分思い浮かんではいたんだろうけど、言葉が分からなかったんだろう。
まぁいいとかそういうもんじゃないやん!て心で突っ込んだ。笑

一通りお話した後、診察室に移動して医師の診察を受けた。


衝撃だった。

「犬も歩けば」の続き、
「弘法も筆の」の続き、言えなかった。
そもそもことわざだという認識もないようだった。

いつも家で「○○ってなあに?」って言うようなとぼけた感じで医師と話す様子を見て、これはわざととぼけてるんじゃなくて、本当にわからないんだ...とショックだった。


MRIをとる準備のために紙を渡されて、母と読んでいたけど、母は「仰向け」が読めずに「これ何で読むの?」と聞いてきた。
「あおむけ」と答えると、「あおむけってなあに?」と。
なんかもう、泣きたくなった。
母は本当にわからなくなっているんだと。


母がMRIを取っている間、私は看護師さんと色々な話をした。
これからのこと、困っていること、などなど。

この病院は、
認知症の本人には分からないように、付き添いの人と色々話す時間を作ってくれていた。
母は、私がずっと待合室で待っていると思っていた。
この配慮はすごく有り難かった。


そして医師から、前頭側頭型認知症だと告げられた。

それまで、「前頭側頭型認知症」という言葉を聞いたことがなかった。
え、なにそれ?アルツハイマーじゃないの?

それからネットで前頭側頭型認知症について調べると、母の言動に当てはまることが多くて納得した。

母の言動が大嫌いだったし、
正直家を出ていってほしかったし、
介護したくないと思っていたけど、
病気のせいなら仕方ない、
母が悪いんじゃない病気のせいなんだってホッとした。

全部全部病気のせい。