ゴールポスト動かす韓国　首相がこだわる「求償権」 2023/2/26 01:00

ゴールポスト動かす韓国　首相がこだわる「求償権」
2023/2/26 01:00

 

 



２０２２年１１月、カンボジアで開かれた日韓首脳会談で握手する岸田文雄首相（左）と韓国の尹錫悦大統領（聯合＝共同）
２０２２年１１月、カンボジアで開かれた日韓首脳会談で握手する岸田文雄首相（左）と韓国の尹錫悦大統領（聯合＝共同）
日韓間で、いわゆる徴用工訴訟の解決に向けた交渉が大詰めを迎えている。韓国政府は先月、日本企業の「賠償」を政府傘下の財団が肩代わりする解決案を公表したが、岸田文雄首相は将来も日本企業に賠償を求めないよう、韓国側に「求償権」の放棄を確認させることを最低条件としているという。政府間の合意を平然と破り「ゴールポストを動かす国」として知られる韓国。合意をちゃぶ台返しできない仕組みづくりはできるのだろうか。

「まずは、求償権を絶対求めないことを担保することが条件だ」

首相は徴用工問題について周囲にこう強調する。

日韓で協議している解決案は、①韓国最高裁が日本企業に命じた賠償の債務を韓国財団が引き継ぎ、財団が原告に賠償金に相当する額を支払う②日本の企業などから「自発的寄付」を受け入れる③日本政府は、歴代政権が示した「反省とおわび」を今も継承していることを改めて表明する－といった内容だ。

複数の政府関係者によると、日本側は②について、被告となった企業以外であれば、自主的な寄付は自由だとして認める考えだ。③に関しても、過去の政府見解と同じ範囲ならば差し支えないとの立場をとっているという。

首相が懸念するのは①の定義だ。韓国財団が賠償を肩代わりするスタイルを取れば、形式上は財団に日本企業の債務が移るだけで、債務そのものは消えないとの見方もある。今の尹錫悦（ユン・ソンニョル）大統領が日本との合意を守ったとしても、事後の政権が債務の存在を持ち出し、日本側に再び賠償請求をする可能性も捨てきれない。

首相の脳裏には、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」解決を確認した２０１５年の日韓合意をめぐる手痛い教訓もよぎる。首相は外相時代、朴槿恵（パク・クネ）政権との交渉を主導した。最後は自らソウルに乗り込み、当時の尹炳世（ユン・ビョンセ）外相と合意にこぎつけた。

しかし、次の革新系の文在寅（ムン・ジェイン）政権は、「合意は被害者の考えを十分反映していない」と指摘。日本側が１０億円を拠出して設立した支援財団を一方的に解散し、事実上合意をほごにした。文政権は慰安婦問題を「今後、互いに非難・批判することは控える」とする取り決めまで破り、市民団体が国内外に慰安婦像を設置する動きまで黙認してきた。

一方、尹氏は大統領就任以来、文氏の北朝鮮融和政策などを抜本的に改め、日本や米国との安全保障協力を重視する姿勢を打ち出した。特に戦後最悪ともいわれた日本との関係改善に意欲を示し、文政権下で一切進まなかった徴用工問題の解決案作りを進めている。

岸田首相は、尹氏について、周囲に「北朝鮮の金正恩（キム・ジョンウン）総書記くらいしか相手にしなかった文氏と違い、久々にまともに話ができる相手だ」と評価を語る。北朝鮮が核・ミサイル開発を加速し、中国も東アジアで軍事的圧力を強める中、政府内には「今の尹政権をしっかり取り込み、朝鮮半島が南端まで中国や北朝鮮の影響力に染まらないようにすべきだ」という意見も増えている。

確かに尹氏は「まともに話ができる」相手だとしても、問題は、今後もこうした姿勢を持続できるのかどうかだ。国際法より国民の情緒的感情を優先するような過去の歴史を踏まえれば、事後の政権まで通用するような合意づくりは簡単ではない。

そもそも日韓の賠償問題は、１９６５年の請求権協定で「個人補償を含め、完全かつ最終的に解決」しているはずだ。にも関わらず、歴代の韓国政権は保守系ですら、世論の支持離れなどが顕著になると、政権浮揚策として歴史問題をぶり返し、新たな賠償請求などを繰り返してきた。

かつて、立憲民主党の野田佳彦元首相から「韓国はゴールポストをずるずると後ろに動かす国だ」と忸怩（じくじ）たる思いを聞いたことがある。

野田氏は首相時代、来日した李明博（イ・ミョンバク）元大統領から慰安婦問題をぶり返され、賠償義務などないという「日本の立場は変わらない」と言い返したことがある。李氏は就任当初、日本との関係改善に意欲をみせていたが、支持率が凋落した政権末期になると韓国が不法占拠する竹島（島根県隠岐の島町）への上陸に踏み切り、日韓関係は大きく後退した。

李氏も朴氏も、そして尹氏も支持基盤は保守系だ。韓国は、日本が何度も謝罪したり、国家間の合意下で金銭を拠出したりしても、世論の流れ一つで約束を葬り去る恐ろしい国でもある。東アジアの安全保障環境が厳しさを増す中、日韓や日米韓の連携を重視し、関係改善に汗をかく尹氏は評価したいが、わが国に根付いた韓国への不信感を払拭するのは容易でない。（政治部次長　水内茂幸）