貝殻の上のヴィーナス

 

【第二部】エイリアン

 

序章

 

金星より帰還した1万人の人類は、比較的放射能汚染が軽微な領域を探し、そこにコロニーを着地させた。それでも放射能レベルはさほど低くなく、コロニーの外での活動は現時点では諦めなければならなかった。それでも皆は、ドーム越しに明け方の金星の輝きを見つけては移住計画が正しかったことを改めて噛みしめるのだった。

 

第一章 来訪者たち

 

 コロニーが地球に帰還してほどなく経った頃。天文学的技術者たちは、自分たちと同様に太陽フレアを避けながら地球に接近しつつある物体の存在を察知していた。これを始めて察知したのは金星近傍だった。この情報は三人の施政者にすぐさま伝えられた。もしや、あのエイリアンたちが地球に来ようとしているのか?

 彼らは、月軌道上で一旦静止した。そして間髪を入れずメッセージをよこした。

「われわれは、平和を求めてやってきた。手元には放射能汚染を取り除く方策がある。我々とともに地上に平和な理想郷を作ってみよう。数日後には君たちがいる地上に向かおうと思う。いかがか?」

 施政官たちは顔を合わせて思案した。一人が口火を切った。

「あなたたちの見返りは何だ?なぜ自分たちだけで理想郷を作らないのか?」

 エイリアンは間をおいて答えた。

「承知のとおり、われわれは古代の世に金星に移住した。もうかれこれ三千年になる。われわれは老いているのだよ。君たちのような若い血を取り入れなければ、新世界の構築もかなわない。交換条件として、われわれの放射能除去技術で地上を自由に歩けるようにしてみよう。これでは不足か?」

 施政官の一人が代表して伝えた。

「しばらく時間をもらえないだろうか?」

「分かった。時間はたっぷりある。」

 と、エイリアンが返信し通話は切れた。

 

第二章 コロニー委員会

 

 三人の施政官と主だった技術部門の長、コロニー市民の代表者たちが集い、今般の事象に関するコロニー委員会が招聘された。

 ある市民からは、

「地球を復活させる絶好の機会ではありませんか?彼らが望む若い血ならば、開発済みのクローン体の提供で充分でしょう。なにより、先方から進んで地上の放射能を除去してくれると言っているのでしょう?われわれでは実行が不可能であったことを肩代わりしてくれるのです。われわれは地上に立つことができるようになるのですよ!」と、発言があった。

 施政官の一人がなだめるように言った。

「金星にいる間、結局彼らの母船に立ち入ることは許されなかった。一抹の不安を禁じ得ない。そう、かれら自身が老いたと言っている。三千年の間金星の上空で暮らすうち、表からは知り得ない変容が彼らに起こったとも言えなくはない。簡単に要求を呑むわけにはいかん。」

科学部門の長は、それを継いで語った。

「彼らが若い血を欲しがる理由。それが知りたいですね。彼らの母船にいかほどのエイリアンがいたにせよ、ある程度の近親相姦が進んでいたとみるのが正解でしょう。その結果、一世代あたりの平均寿命は我々の比ではなく、かなり短くなっていったと考えられます。そこへ若い血族を交えることでエイリアン一族の寿命を伸ばそうとしたのでは。」

 別の施政官が間に入った。

「とは言え、彼らは超古代文明を支えた種族であるし、その技術レベルを以ってすれば、老いの問題などきっと乗り越えているだろうよ。とすれば彼らが欲しがる代償は何だ?」

 三人目の施政官は別の見解を示した。

「もしも、かれらの発言が真ならば、そして、代償の要求もないのなら、我々が望む新たなる理想郷を地球上に建設できる。端から相手に二心ありと決めつけるのは尚早なのではないだろうか。」

 仮の身分で委員会の議長を務めていた一般市民の代表は、頃はよしと休会を提案した。各自熟慮の上、翌日意見を整理して参集するよう告げて閉会した。

 

第三章 エイリアンの船で

 

 以前にもコロニーの中で対面での打ち合わせをした首長と4人の補佐官が、彼らの船で密かに談笑していた。

 首長は言った。

「地球が破滅したとしても、コロニーの連中を労役に使えば、再び太古の超文明国家を建設できる。1万人の労力があれば問題ない。我々の純血を汚さずにな。」

 4人の補佐官も喜々とした表情で首長を見た。

 

第四章 コロニー委員会、再び

 

 翌日、委員会は再開された。冒頭、三人の施政官から一名の代表が立って宣言した。

「かれらは放射能を除去する手段を持っており、それを使って地上を除染し戸外での活動ができるようにする、と言った。何の要求もなしにだ。金星の上空では、互いに『平和』を旨に暮らしてきた。彼らを善意の存在と考えてもいいだろう。ただ、彼らを受け入れる前に、本当に善意の存在であるとの確証が欲しい。後になって悪意の存在であったと気付いても遅いのだ。」

 委員会は静寂の場となった。施政官の代表者は続けた。

「現代の人類は破滅を前に金星に退避した。そこで計ったようにエイリアンたちが現れた。大きなコロニーとは言え、金星の上空で両者が遭遇する確率は低い。彼らが金星の硫酸雨をものともしない探査能力を持っていたとしても、金星は果てしなく広いのだ。嫌な予感がする。」続けて、

「彼らへの返答はせず、時間の経過を待って事態がどのようになるかを見極めてからでも遅くない。」

 委員会は皆賛同の意を示し閉会となった。

 

第五章 エイリアン、再び

 

 エイリアンが地上のコロニーにメッセージを送ってからはや一ヵ月。彼らの首長は苛立ちを隠さず毒づいた。

「何をしているのだ、彼らは。我々の提示した放射能除去用の装置のことにすら、飛びついてこない。我々には彼らという労働力が必要だ。なにせ我々には残された人民が少なく、危機的状況なのだ。かつて古代人は、われわれの示した高度な文明を受け入れることで、無償の労働を提供した。ピラミッドのような建築物の建築には多大な労力が不可欠だ。その上、星辰術を教えてやることで、彼らの農産に貢献し、また、果てしない海洋を渡る術も覚えたのだ。あの頃は我々に対する畏怖の念があった。コロニーの連中にはそれがないのか。」

「かといって、原子の炎で彼らを焼きはらってしまったら、元も子もない。しかたない、もう一度メッセージを送ろう。」

 

第六章 メッセージ、再び

 

 そしてエイリアンの首長が地上のコロニーへ語り掛けた。

「何を逡巡しているのだ。さらにもっと欲しいものがあるのか?」

 地上からの応えはこうだった。

「ただ、平和。」

 首長は自分たちの心の底を見透かされたように狼狽えた。

「当然の答えだな。それは保証する。」

 施政官の一人は思いのたけを吐き出した。

「何を以って保証するのだ?それを確認したい。」

 堂々巡りだ、とエイリアンは考えた。へたな返事はできない。

「信じてくれ。我々は平和のためにやってきた。3,000年も待って。」

 同じ施政官が彼らに申し出た。

「今度は我々が君たちの船を視察する番だ。準備できるか?」

「分かった。一週間くれ。視察の結果、我々に二心なしと判断したら、こちらの提案を受け入れるか?」

「結果次第だ。以上。」

 

第七章 異世界へ

 

 施政官三名と科学技術担当主任・天文学担当主任そして医療担当主任の六名で、エイリアンが用意したシャトルで彼らの船に赴いた。無論、コロニー由来の病原性の生物や環境物質を持ち込まないように、こちら側の全員は徹底した防御スーツを着用し、彼らの船の環境が我々にとって毒性があってはいけないので生命維持装置を携帯した。

 エイリアンたちにいざなわれて彼らの船に乗り込んだ。彼らの船は長径1キロメートルの紡錘型で、聞けば2千人ほどが収容されているという。内部は照明の所在は分からないが一様に明るく、清潔に見えた。中でも突出して大きい建物に案内された。彼らの首長が執務する場所だとか。我々はその会議室に通された。すでにかれらの首長と関係者が集っていた。

 首長が口を開いた。

「さて、まずは我々の起源と歴史についてお聞かせしよう。君たちの種が未だ狩猟にその生活を依存していた頃、我々は君たちが「ムー」や「アトランティス」と呼ぶ領域で繫栄していた。地上を走るもの、空を飛ぶものや海に潜るものを開発し、地球の神秘について探索をしていた。特に星辰術は突出し、宇宙の成り立ちにまで思索は及んだ。

 一方、君たちの種はいつまでたっても行き当たりばったりの生活をしていた。部族間の争いもね。我々は君たちに英知を授けようと考えた。何と言っても我々は少数派だったからね。「インカ」や{マヤ」、「アステカ」それに「ギリシャ」に「エジプト」へ「教員」と呼ばれる特使を派遣し教育の芽を育んだ。君たちは、見よう見まねで多くのことを学んだ。我々が教えたかったことは「平和」と「共存共栄」なのだよ、じつは。

 部族間の争い、国家間の戦争そしてこの地球を食い荒らす性質。これをなくすことで君たちの種は、或いは我々をも超えて発展するだろうと思っていた。しかし、いつまでたっても、ヒトとヒトが殺し合い、自分の領土を拡げ、打ち負かした相手を奴隷にして苛んでいた。我々はその様を見、遠からず君たちの種が地球を滅ぼすだろうという結論に達した。そして、君たちがそうしたように金星を選びそこへ移住した。破滅した地球が癒えるのを待って帰還しようとしたのだよ。」

 施政官の一人が口を開いた。

「あなた方の力を以ってすれば、地球を破滅から救うこともできたでしょうに。なぜそうなさらなかったのですか?」

 首長はこう答えた。

「罪はあなた方にある。我々が平和を尽くして教えようとしたことを、自分たちのためだけに利用した。我々が用意した「パンドラの箱」。開けてはならぬと言っておいたのに、好奇心が旺盛な君たちの祖先はそれをためらいもなく開けたのだ。その結果におののき、慌てて箱を閉めたが遅かった。中に残るたった一つのものが希望なのか、それとも災いなのかも知らないで。君たちもこの寓話を知っているだろう?実は我々がパンドラの箱に残したのは、すべての災いを癒す処方箋だったのだよ。君たちの祖先は、みすみす原点回帰のチャンスをのがし、破滅した。」

「イカロスが傲慢にも太陽のそばにまで行こうとして墜落死したように、君たちの祖先は、手にした秘密を弄び、ついには核の力、それ即ち、太陽の灼熱の業火で自らを焦土と化したのだ。その責任をわれらに向けるのか?」

「さあ、もういいだろう。船の中を見たいのであろう?それぞれに随行員を伴わせるので、不明な点は尋ねるがよい。」

 

第八章 隠された動機

 

 長径1キロメートルの紡錘形の船体は、視察するにはあまり大きいとは言えなかった。コロニーからの視察団は二手に分かれ別々に行動することになった。聞くところによると、彼らも産児制限をしているそうな。見回しても小児と呼べる存在は少なかった。高齢のエイリアン、疾病に冒されたエイリアンが死亡すると、それに見合った出生が認められるとのこと。それは我々も同じであったが、あまりにも子供が少ない。なにかありそうだ。

 船の駆動について聞くと、反重力エンジンを利用していると。我々にしてみると未知の技術だが、彼らにとっては当たり前らしい。「ムー」や「アトランテイス」が一夜にして大海に沈んだことと何らかの関係があるのか?重力を手玉に取ることなど我々には想像もつかないが。これも思案どころだ。

 どうも、何かしらの違和感がある。古代文明の核として繁栄をわがものにしたエイリアンたち。その人口はさして多くはなかったようだ。であるのに、世界各地に巨大遺跡が残っている。彼らだけの力で成し得たことだろうか?重力を操るという話があれば、それも納得ができる。当時の我々の祖先たちはどういう役割を担っていたのだろう。巨大遺跡はエイリアンが建造し、それをわれわれの祖先たちが無償で譲り受けて、星辰術等を教わり自分たちも繁栄できたというのか?その時代の古代文明の痕跡はあるが、そこに暮らしていた祖先たちはどうなったのだろう?古代文明が滅んだあとには、石器時代のように何もできない人々しか残らなかった。

 今回の我々への接近も、考えてみればおかしいのだ。彼らは金星でずっと暮していけたのだから。彼らはわれわれに接触しなければならない事情があったのではないか?古代文明の繰り返しを企んでいるとしたら。

 

第九章 決別

 

 視察から帰ったメンバーは、一様に驚きを隠せずにいる。彼らがその気になったら、我々はひとたまりもない。口では「平和」を告げながら、内実我々を奴隷にしようとしているのかもしれない。ここは彼らからの申し出を断るべしと意見が一致した。我々は我々だけで破滅の星「地球」を復活させる。施政官の代表は、エイリアンの首長とのホットラインを用いて、「拒絶」を申し出た。

 すると彼等は踵を返して元居た金星に戻っていった。3,000年の月日を帰還するまでは、と耐え忍んできた彼らにしてみれば、地球の再建は我々なしでは成し得ないのだった。すると、金星への帰途にあったエイリアンの船から熱源体が数個我々に向かって飛来してきた。元より武装していない我々は、すぐさま離昇し回避行動に出た。それぐらいの推進力は温存していたのだ。飛翔体はそのまま元居た地上に落下し、爆発した。彼らからふたたびミサイルが飛んできた。今度は、熱源追尾機能を持ち、我々の行き先を追尾した。我々は火の玉を散布してこれをかわした。彼らはそれでも諦めず、レーザー追尾式のものを放った。この頃には、彼らは月の近く、我々は月の陰に隠れて、またもかわした。諦めない奴らだ。すると彼らは転進して、我々に向かってきた。船首にはプラズマと思われる輝きが。体当たりして我々を倒そうというのか?我々はジグザグに後退しながら地球の裏側に向かった。万事休すと思われたとき、地上から複数のミサイル、それも核ミサイルらしきものがエイリアンの船に向けて飛んで行った。一瞬、目の前が白く光ったと思うと、エイリアンの船は消えていた。

 

第十章 再会

 

 地上からのミサイル?一体誰が?核戦争で打ち尽くしたはずが?疑問符が並ぶ。上空から地上を眺めると、ミサイル発射サイロが白煙を上げた後が見て取れた。試しに地上に向けてメッセージを投げた。

「地上に生存者と核ミサイルが残っていたのですか?あなた方は誰ですか?」

 間髪おかずに返事が来た。

「お帰りなさい。我々はあなた方を歓迎します。わたしたちはあの最終戦争の生存者です。どうぞビーコンに沿ってお出でください。」

 いざなわれて地球に向かった。発信元は北アメリカ。それもロスアンゼルス近郊。あの戦争を生き延びた?あり得そうもない話だ。地上に到着。放射線防御服に身を包んだ何名かの人間が出迎えた。我々も施政官の代表が外に出た。もちろん同様に防護服を着て。差し出された手を恐るおそる握り返した。彼らは地下深くにあった米国軍のシェルターに息をひそめて退避していた。エイリアンを倒したミサイルは、このシェルターからの指示で、残されたサイロから発射されたのだ。かれらは既にエイリアンたちの意図を察知し身構えていたので、対処が速かった。

 後日彼らが再会したときは、互いに熱狂したものだった。金星に退避していたものからは、この地球にはまだ生存者がいるのか、と確認の声があがった。ロスのシェルターのものたちは複雑な表情を返してきた。「それがはっきりとは分からないのです。残留放射線がある限り、生存者はシェルターにこもるしかない。互いの存在を知る術もない状態です。先ほどの金星の異星人については、コロニーが帰還しだすとともに追尾してきたので、これは何かあるなと思っていたのです。あなた方が拒絶すると直ちにコロニーを破壊しようとしました。我々は瞬時に決断して、残存する核ミサイルをありったけ発射したのです。これで米国は核兵器を使い果たしてしまいました。もしも、ロシアや中国などの核保有国に残存兵器があれば、我々は対抗する術はありません。ですが、現時点ではあの悪夢のような第三次世界大戦で、社会主義圏は消滅したと考えています。希望的観測ですが。また、第三世界の国々は、そもそもシェルターなど作らず、大戦時に滅びました。EUやNATOがどうなったかは分かりません。米国のみが生き延びたのかもしれません。」

 我々一万人の金星移住者たちは、地下にあるというシェルターに移動した。地上のコロニーは、そのまま太陽の光を糧に農産物を供給したし、コロニー内の水の浄化システムも地下のシェルターに恩恵を施した。理想の社会が具現化されつつあった。あの日がくるまでは。

 

第十一章 仇敵

 

 第三次世界大戦においては、核保有国が抑止力の名のもとに温存していた核兵器を使わなければ事態の打開は不可能になるほど保有国間の緊張が高まり、事はそれまで世界各地で発生していた侵略、紛争や主義主張の乖離が限界を越えた。

 ロシア、中国そして北朝鮮は、あからさまに米国とNATO諸国を挑発した。当時の核ミサイルの精密な誘導は、各国が大気圏外にばらまいたGPS衛星に依存していた。米国はNATO諸国とともに敵対する三国の衛星をことごとく破壊した。これにより、ロシアなど三国はピンポイント攻撃の能力を失った。こうなれば、保有する核ミサイルを確たる目標も定めず発射し始めた。米国とNATOは衛星を温存していたので、敵国の中枢やミサイルの基地を壊滅状態にした。

 しかし、両サイドで使用された核兵器のお陰で地上は太陽を失い、ヒトの住めない「冬の惑星」となった。残留放射線も地上での活動を阻んだ。ただ、核戦争を予見して地下深くに設営されたシェルターの中だけがヒトの生きる空間となった。

 また、宇宙空間を監視するための宇宙望遠鏡衛星も稼働していたので、かれらのただ一つの依り代である金星移住者は注目の的だったのである。それが金星からの未確認飛行物体に追尾され、攻撃を受けていたのだから尋常ではいられない。手持ちの全ての核ミサイルで迎撃したのである。そして幸いにして金星移住者は地球に生還した。

 

第十二章 かの十か条

 

 金星移住者たちが地球を離れるにあたって十か条の設計図を骨子としてまとめた。果たして達成されただろうか?

 

1.危機に瀕しているこの星と人類を救済するために、一定の期間人類の一部は  金星に退避する。現人口約80億人のうち1万人を選び、金星に送る。この1万  人の選出方法については別途検討する。また、人類の未来のためにいくつか  の制約を付託する。

  :80億人から1万人を選び出すことには多大なる困難が伴ったが、危機に瀕  していた人類という種を救済するため、万人がこれを認めた。

 

2.コロニー委員会を設置し、あらゆる問題の解決に当たる。地球を出発するに  至り、全世界の英知を搭載したデータベースをコロニーに設営し、当該問題  解決の基とすること。

  :桐谷亡きあと、コロニー委員会は精力的に問題解決に当たった。

 

3.地球とのコンタクトは絶やさず、その命運を注視する。たとえ一線を超えて  世界大戦に発展しようとも、決して干渉せずその命運にその星を託すこと。

  :第三次世界大戦勃発の後、自らは干渉せず地球に残った人類が破滅するの  を傍観した。しばらく経過したのち地球再建のため帰途に就くが。金星に先  んじて移住していたエイリアンたちと対立し、危うく本来の使命を台無しに  するところであった。

 

4.送られる1万人は全て健常者とし、うち60%は6歳以下の小児とする。残る  40%は成人とし、一部は小児たちの教育に携わる。他の成人はコロニーの維  持管理などに当たる。また人口増加を抑制するため、成人は適宜避妊手術を  受ける。成人に達した小児たちも同様。

  :6割を占めた小児たちの健全なる成長は、残りの4割を占めた成人たちの賢  明の努力によるものであった。人類のこれまでの過ちを繰り返さないように  最大限の配慮がなされた。

 

5.なにより人類の存続を目的とするため、ヒトの遺伝子学的研究に重点を置   く。コロニーにおける成人の高齢化による死亡等での人口減少を避けるた   め、また帰還後の地球の人口を適切なレベルまでに制御するためにクローン  技術の完成を目指す。

  :クローン技術は完成の領域に達し、地球帰還後の人類の繁栄に資した。

 

6.コロニーには植物を含め、あらゆる生命体を育む環境を整備しその多様性を  維持し、地球帰還時の環境形成に資すること。

  :まさに「ノアの箱舟」の役割を果たしたと言える。

 

7.コロニーの間で用いられる言語は基本的にひとつとする。信仰を妨げはしな  いが、宗派間の諍いは現に慎む。

  :言語の統一は、それまでの民族レベルの意志疎通の欠如から発生する諸問  題を解決した。

8.現在の地球の戦争・紛争の根源的な要因である武器はこれを放棄する。もち  ろん核兵器は持ち込まない。

  :武器は手にすると使いたくなる。武器を手に入れるためには多大なる資金  が必要となる。武器を持たないと決めれば、経済的にも安定するし、何より  戦争や紛争で貴重な命を失うこともなくなる。

 

9.移住に先立ち、金星でのコロニー設営のために月―地球圏で構築したコロ   ニーに1万人の人類を収容し、そこより金星に向かう。何人たりともその準  備を妨げてはならない。

  :この金星移住計画には事前に想定された妨害工作などはなかった。それほ  どこの計画が人類と地球の維持に貢献すると認知されていたからであろう。

 

10.金星への途上ないし金星上で不測の事態が発生した場合に備え、離脱に向  けた準備をすすめること。

  :金星に古代のエイリアンが先住していたとはまさに不測の事態だった。そ  の上「平和」を騙り我々を捕らえ奴隷化しようなど砂を噛む思いだった。幸  い地球の残留者が助けてくれたので九死に一生を得られたが。

 

 こうしてみると、桐谷氏の胸の内にあったこの金星移住計画は、結果的に成功したということだろう。80億人に及ぶ人々を言わば見捨てて、金星に行ったことは、これからの人類の復興にこの上もないモティベーションとなるだろう。

 

終章 エルピス 希望或いは前兆

 

 古代ギリシャ神話の中で、神の中の神ゼウスがパンドラという娘に、「絶対に開けてはならぬ」と言って授けた「箱」。しかし、パンドラは好奇心に負けその箱を開けてしまう。するとありとあらゆる厄災が解き放たれて世界は大きく傷ついた。パンドラは慌てて箱を閉めたが、時すでに遅し。すると「箱」の中にただ一つ残っているものがあることが分かった。果たして残った一つは「希望」という名の処方箋か。或いは更なる災いの「前兆」か。

 人類は開けてはならないパンドラの箱を何度も開けては災難に見舞われた。そして金星移住計画を最後の頼みとして送り出したのだ。今のところ、人類の前途は明るいように見える。「希望」、そうかもしれぬ。或いは「災いの前兆」か。

いつかまた後日譚を語る機会もあるだろう。とにかく、ここまで。

 

【第二部 完】