3月18日から二週間・・・3/18~27
3月17日(木)の更新から約二週間。
更新を忘れてたんではなく、とある大騒動で更新する気にもなりませんでした・・・
震災の影響もデカイんですが、それよりデカイ騒動があり、ボケーっとする日が続いてました。
でも、そんな呆けだけでもなく、約一週間は東京に入り込み、あれこれ視察したり、状況を確認してました。
で。
先ず18日(金)。
騒動が伝わりだして大騒ぎになりそうなオフィスを抜けだし、一路東京へ。(w
これは年末からの約束で、ついこの週末に閉店した銀座の名店「ロオジェ」で会食。
普段は写真なんぞ撮らないんですが、あと二年半を待つことを考えると・・・・・・
資生堂ビル建て替えで、2年半後の再オープンを惜しみました。
しかし、週末の銀座ですら人が居らん!!!
翌日19日(土)は、自分が抱えてる二つの企画に協力をってな話を貰ったんで、広尾まで出て来ました。
携帯を変えられたんで、画質がイマイチなんで、あんまり撮影する気になりません。
広尾の駅前なんですが、外人がまっっっっっったく居ません。(w
ラモスを見習え!!、とは言いませんけどネ。私は絶対に・・・
街は確かに暗いんですが、人は結構出てます。
いつもの業界人御用達のイタリアンで山ほど食べて、あれこれと企画の話なんぞをしてました。
そういやぁ、誰か隣に座ってたな。。。
調べたら、演劇の鴻上尚史氏でした・・・かっこ良かったなぁ。
そして翌20日(日)。
都内各所をふらふらと散策・・・いや、視察しておりました。
正直、驚いたのは人出がすごかったこと。
気温も上がったせいでしょうか、なんかから開放されたかのように多くの人が街に出てました。
でも、日暮れと共に居なくなるんですよね・・・なんか昭和を思い出しました・・・
そんな中、関係無いが如く、相方と打合せ&うどんを渡すためにアキバに集合。
3月に発見したお気に入りのロンドンパブ、「HUB」 で打合せです。
テーブルが小さいのでPCが置きにくかったんですが、まぁそれはそれ。
待ち合わせても、先に飲めるってのは楽ちんです。(w
何故か、関西から持っていく物資に要望されたうどんを渡し、18日に起こった騒動の説明を少々。
それが切っ掛けで、あれこれと、ここから進めなくてはならない計画の話を延々としておりました。
それと、ここから始まると思う「物資不足の話」。
福島が落ち着かない限り、延々と風評が流れ続けます。
まぁ、ちゃんとドイツやフランスの新聞のサイトを見てれば判りますけど。
ドイツ Spiegel
フランス Le monde
そんな話をしてたら、アッという間に11時過ぎ。
0時前になんとか銀座に戻って参りました。
更に翌日21日(祝・月)。
この日も一日中、あちこちを見て回り、時間帯の変化を確認しようとしてたんですが・・・・・・・
都内の何処もが閑散と・・・!!!
急激に寒くなったことと、雨が影響してたんでしょうね。
気持ち悪かったです。
夜はひっそり大人しく、加門七海女史の「東京魔方陣」なんぞを読み返したりしてました。
(絶対に元号が平成に替わった時点でヘタを打ってますよ。。。彼ら。 後々に述べますけど。)
そんなこんなで22日(火)は昼過ぎまで東京に居り、その後夕方遅くに帰阪。
環境変化や騒動、更には休んでないこともあってか、ドッと疲れが出て、直ぐに寝てしまいました。
で。
ちょっとおかしかったのは22日に戻ってきてからですかね。
身体がダルく、どうも疲れが取れません。
放射線か!?ってことではなく、身体が緊張状態にあった感じです。
その昔、阪神淡路大震災の時も同じだったんですが、危険を感じつつ動いてると物凄く疲れます。
それと似たような状態ですね。
緊張している時は普通なんですが、それが解けると一気に疲れが出て来ます。
そんなことで、先週の週末から土日は完全にぶっ倒れてました。
ようやく回復してきた28日(月)。
早速、東京へ乗り込む算段をして・・・(w
再び、30日(水)から震災後3回目の東京に入りました。
でも、今日までの二週間強を考えると、「やっぱり地震は兎も角、原発事故は絶対にオカシイ」と思います。
なにがおかしいか?
それは政府の対応でも、東電の処置でもありません。
このBlog的に、オカルティックに言えば、
過去100年、やってきたこと全部が裏目に出そうです。
ただし、その中で特に目立つのは、ついぞ一年半前に政権交代をやった民主党の施策でしょう。
昨夜出たようですが、内閣府がミネラルウォーターの確保に動き出したようです。
ヨウ素131は半減期が8日ですので、計算すりゃ飲用を数日止めるだけで対応可能なんですが、
それでは対応しきれない程度の長期戦になるってことでしょう。
更には、河川の水を上水にしている所と、地下水を上水にしている所で大きな違いが出そうです。
地下水を上水として使用しているところはごく僅かしかありません。
今回のような放射性物質の飛散による影響拡大の場合、どっちが安全でしょうか?
明日からの一週間で、水に関する何らかの発表がありそうですね。
更新を忘れてたんではなく、とある大騒動で更新する気にもなりませんでした・・・
震災の影響もデカイんですが、それよりデカイ騒動があり、ボケーっとする日が続いてました。
でも、そんな呆けだけでもなく、約一週間は東京に入り込み、あれこれ視察したり、状況を確認してました。
で。
先ず18日(金)。
騒動が伝わりだして大騒ぎになりそうなオフィスを抜けだし、一路東京へ。(w
これは年末からの約束で、ついこの週末に閉店した銀座の名店「ロオジェ」で会食。
普段は写真なんぞ撮らないんですが、あと二年半を待つことを考えると・・・・・・
資生堂ビル建て替えで、2年半後の再オープンを惜しみました。
しかし、週末の銀座ですら人が居らん!!!
翌日19日(土)は、自分が抱えてる二つの企画に協力をってな話を貰ったんで、広尾まで出て来ました。
携帯を変えられたんで、画質がイマイチなんで、あんまり撮影する気になりません。
広尾の駅前なんですが、外人がまっっっっっったく居ません。(w
ラモスを見習え!!、とは言いませんけどネ。私は絶対に・・・
街は確かに暗いんですが、人は結構出てます。
いつもの業界人御用達のイタリアンで山ほど食べて、あれこれと企画の話なんぞをしてました。
そういやぁ、誰か隣に座ってたな。。。
調べたら、演劇の鴻上尚史氏でした・・・かっこ良かったなぁ。
そして翌20日(日)。
都内各所をふらふらと散策・・・いや、視察しておりました。
正直、驚いたのは人出がすごかったこと。
気温も上がったせいでしょうか、なんかから開放されたかのように多くの人が街に出てました。
でも、日暮れと共に居なくなるんですよね・・・なんか昭和を思い出しました・・・
そんな中、関係無いが如く、相方と打合せ&うどんを渡すためにアキバに集合。
3月に発見したお気に入りのロンドンパブ、「HUB」 で打合せです。
テーブルが小さいのでPCが置きにくかったんですが、まぁそれはそれ。
待ち合わせても、先に飲めるってのは楽ちんです。(w
何故か、関西から持っていく物資に要望されたうどんを渡し、18日に起こった騒動の説明を少々。
それが切っ掛けで、あれこれと、ここから進めなくてはならない計画の話を延々としておりました。
それと、ここから始まると思う「物資不足の話」。
福島が落ち着かない限り、延々と風評が流れ続けます。
まぁ、ちゃんとドイツやフランスの新聞のサイトを見てれば判りますけど。
ドイツ Spiegel
フランス Le monde
そんな話をしてたら、アッという間に11時過ぎ。
0時前になんとか銀座に戻って参りました。
更に翌日21日(祝・月)。
この日も一日中、あちこちを見て回り、時間帯の変化を確認しようとしてたんですが・・・・・・・
都内の何処もが閑散と・・・!!!
急激に寒くなったことと、雨が影響してたんでしょうね。
気持ち悪かったです。
夜はひっそり大人しく、加門七海女史の「東京魔方陣」なんぞを読み返したりしてました。
(絶対に元号が平成に替わった時点でヘタを打ってますよ。。。彼ら。 後々に述べますけど。)
そんなこんなで22日(火)は昼過ぎまで東京に居り、その後夕方遅くに帰阪。
環境変化や騒動、更には休んでないこともあってか、ドッと疲れが出て、直ぐに寝てしまいました。
で。
ちょっとおかしかったのは22日に戻ってきてからですかね。
身体がダルく、どうも疲れが取れません。
放射線か!?ってことではなく、身体が緊張状態にあった感じです。
その昔、阪神淡路大震災の時も同じだったんですが、危険を感じつつ動いてると物凄く疲れます。
それと似たような状態ですね。
緊張している時は普通なんですが、それが解けると一気に疲れが出て来ます。
そんなことで、先週の週末から土日は完全にぶっ倒れてました。
ようやく回復してきた28日(月)。
早速、東京へ乗り込む算段をして・・・(w
再び、30日(水)から震災後3回目の東京に入りました。
でも、今日までの二週間強を考えると、「やっぱり地震は兎も角、原発事故は絶対にオカシイ」と思います。
なにがおかしいか?
それは政府の対応でも、東電の処置でもありません。
このBlog的に、オカルティックに言えば、
過去100年、やってきたこと全部が裏目に出そうです。
ただし、その中で特に目立つのは、ついぞ一年半前に政権交代をやった民主党の施策でしょう。
昨夜出たようですが、内閣府がミネラルウォーターの確保に動き出したようです。
ヨウ素131は半減期が8日ですので、計算すりゃ飲用を数日止めるだけで対応可能なんですが、
それでは対応しきれない程度の長期戦になるってことでしょう。
更には、河川の水を上水にしている所と、地下水を上水にしている所で大きな違いが出そうです。
地下水を上水として使用しているところはごく僅かしかありません。
今回のような放射性物質の飛散による影響拡大の場合、どっちが安全でしょうか?
明日からの一週間で、水に関する何らかの発表がありそうですね。
3月17日(水)・・・・・・・武蔵野の結界を止める仕掛け
Ustreamで、震災情報見ながら仕事するのも中々です。(w
既にフランス大使館からは、フランス人の東京退去指示が出てます。
横須賀をはじめ、東京周辺のアメリカ軍基地からは隊員家族の待避が始まりました。
「危険きわまりないモノをあんなところに作るからだ!!!」、とか、
「東京が壊滅する!!!」、とか騒いでますが、そうそう急ぐもんでもありませんね。
海外の人が待避するのは他の理由があるからです。
二次被曝を防止することと、被爆者が暴徒化したときのパニックを避けるためです。
福島に原発を作ったのは、ちゃんと理由があるんですよね。
電力は送電距離が長いとロスが大きくなることを覚悟で、最大の電力消費地から離れた場所に作ってます。
それが、帝都から見て、放射線影響度がほとんど無い距離の場所、福島です。
少々怖い話しですが、被曝の仕方にも拠りますが、体内に取り込まれた放射性物質は放射能を放ち続けます。
そういう人が1万人規模で流れ込んできたらどうなりますか?
若しくは、そういう人たちがヤケを起こして暴徒化したらどうしますか?
政府はこれを何とか防ぎきろうとして、ワケの分からん説明をしています。
既に最初の1号機がメルトダウンした時点でダメなことは判ってたはず。
チェルノブイリまでいかずとも、それに近い状態になるのは確実に判ったはず。
それであれば少なくとも100Km圏内が危険区域になることも判ってたんだけど、でも、それを黙りきった。
帝都とその周辺都市が地獄絵図になるから。
武蔵野を預かる呪術師の結界は、帝都を呪術的に守ることで国を守る仕組みを作らねば意味がない。
これで、平成の結界は、またひとつ帝都を守れなかったことになる。
やっぱり、手法というかコンセプトがダメなんでしょうねー。
地霊を押さえるだけ押さえつけて、文明の利器で囲ったりするだけなのは、相当にダメ系だと思います。
多分、昭和の結界は色々と途中で補強して完成したにも関わらず、平成で全く効かないモノに変化してますね。
で。
これも今回の東北地方太平洋沖地震で気になったポイントの検証です。
地震当初に、「あの地震を押さえる要石は!?」、などと話題になった鹿島神宮。
鳥居が倒壊するなど、相当の被害の様子です。
全国にある鹿島神社役600社の総本社であり、同じ茨城の鳥栖神社、千葉の香取神社と合わせて東国三社と呼ばれる力の強い神社です。
それと・・・大和朝廷時代に蝦夷の頭とされたアテルイの首が宝物殿に納められてます。
つまり、現皇室の先祖が敵と見なして討伐した、東夷(あずまえびす)の一人が眠っているわけです。
どうもココが気になって仕方がありませんでした。
それと、直刀・黒漆平文大刀拵
ってな不思議な奈良時代級の刀があるんで、熱田神宮ともなんぞ関係があるのかも・・・・
先ずはいつも通り、Google先生で鹿島神宮の本殿中心をプロットします。
ひょっとしたら、宝物殿の方がよかったのかもしれませんが、先ずは本殿でやってみます。
で。
線を引いていく先は、勿論、後の世で最強と呼ばれた東夷、将門公を祀った神田明神。
武蔵野の地を治める場合、この二つを押さえないことには始まりません。
ただ、太田道灌や徳川家康はこれを利用し、明治以降はこれを押さえつけているようです。
押さえつける、っていうよりも、力を遮断しちゃってる、って感じですかね。
兎に角、アテルイと将門公を祀る神社をラインで繋ぎます。
当たり前ですが、すんごい長いラインが出来ました。
で。
このポイント間を必死に調べると、数個の神社仏閣がありましたが、ちゃんとラインには乗ってません。
うーん・・・・・・これじゃ力が発揮されるワケでも、遮断されるわけでもないです。
江戸時代の地図がないので判りませんが、途中にアクセスポイントみたいなのがあったのを消した程度なんでしょうかね。。。
加門女史曰く、「明治以降の呪術師は徹底してて、イヤな性格。」とのこと。
それであれば、絶対になんか仕掛けてるに決まってます。
そこで、ちょっとラインを延ばしてみることにしました。
加門女史に倣い、神田明神からラインを更に延ばしていきます。
すると・・・・・・・
皇居の北側を通って、ぶち当たったのは・・・・・・・・
靖国神社!!!
ご丁寧なことに、ど真ん中を突っ切ってます。。。いや、突っ切れないようにしてるワケか。。。
やはり昭和の結界師はちゃんと仕掛けて封じてました。
驚きましたが、まぁご丁寧にやってます。
更に。。。
もっとラインを延ばしていきますと。。。。。。。
今度は明治神宮をかすめました。
かすめる程度なら、あんまり意味はないのかなぁ、と思って拡大してみますと・・・・・・・・
妙な建物をかすめてました。
明治神宮宝物殿。
調べてみますと、明治天皇の愛用された馬車や衣装などを展示、とあります。
加門女史も指摘されてますが、愛用の衣装ならば、これは完全な依り代になります。
つまり、明治天皇本人とほぼ同じ。
これで、東夷と呼ばれた、「まつろわぬ民」の二つの代表格は、二つのポイントで押さえつけられていることが判りました。
明治天皇の依り代と日本を守った英霊の魂の二つで押さえている仕掛けです。
やはり徹底してやってます。
力を利用するのではなく、完全に押さえつけてしまう。。。
でも、これでは新しい力を別に持ってこないとどうしようもないんですよね。。。
それと、昭和では効力があった結界が、平成になって効力が弱まったのは事実。
そこが問題なんですよね。
少しづつですが、その原因も見えてきました。
もう一つ、今回のアテルイと将門公のラインを止める、靖国神社と明治神宮宝物館の押さえで、すごく気になる人が出てきました。
大江新太郎
明治・大正・昭和に掛けて活躍した建築家。
明治神宮造営、日光東照宮改修、神田明神改修に携わる!!!
どえらい人が居たモンです。
徳川の鬼門守護の要である日光東照宮、東夷の筆頭格の将門公の神田明神、そして新帝都の守りを固める明治神宮の造営・・・・・・・
なんなんでしょう。。。。。。
まさに新しい時代の結界を造り、過去の結界を封じるポイントを全部仕事されてます。
すげぇ。。。
この方が結界を判っておられたかどうかは、定かではありません。
ただ、重用されたのは間違いないこと。
腕の良さを買われたんでしょうね。
既にフランス大使館からは、フランス人の東京退去指示が出てます。
横須賀をはじめ、東京周辺のアメリカ軍基地からは隊員家族の待避が始まりました。
「危険きわまりないモノをあんなところに作るからだ!!!」、とか、
「東京が壊滅する!!!」、とか騒いでますが、そうそう急ぐもんでもありませんね。
海外の人が待避するのは他の理由があるからです。
二次被曝を防止することと、被爆者が暴徒化したときのパニックを避けるためです。
福島に原発を作ったのは、ちゃんと理由があるんですよね。
電力は送電距離が長いとロスが大きくなることを覚悟で、最大の電力消費地から離れた場所に作ってます。
それが、帝都から見て、放射線影響度がほとんど無い距離の場所、福島です。
少々怖い話しですが、被曝の仕方にも拠りますが、体内に取り込まれた放射性物質は放射能を放ち続けます。
そういう人が1万人規模で流れ込んできたらどうなりますか?
若しくは、そういう人たちがヤケを起こして暴徒化したらどうしますか?
政府はこれを何とか防ぎきろうとして、ワケの分からん説明をしています。
既に最初の1号機がメルトダウンした時点でダメなことは判ってたはず。
チェルノブイリまでいかずとも、それに近い状態になるのは確実に判ったはず。
それであれば少なくとも100Km圏内が危険区域になることも判ってたんだけど、でも、それを黙りきった。
帝都とその周辺都市が地獄絵図になるから。
武蔵野を預かる呪術師の結界は、帝都を呪術的に守ることで国を守る仕組みを作らねば意味がない。
これで、平成の結界は、またひとつ帝都を守れなかったことになる。
やっぱり、手法というかコンセプトがダメなんでしょうねー。
地霊を押さえるだけ押さえつけて、文明の利器で囲ったりするだけなのは、相当にダメ系だと思います。
多分、昭和の結界は色々と途中で補強して完成したにも関わらず、平成で全く効かないモノに変化してますね。
で。
これも今回の東北地方太平洋沖地震で気になったポイントの検証です。
地震当初に、「あの地震を押さえる要石は!?」、などと話題になった鹿島神宮。
鳥居が倒壊するなど、相当の被害の様子です。
全国にある鹿島神社役600社の総本社であり、同じ茨城の鳥栖神社、千葉の香取神社と合わせて東国三社と呼ばれる力の強い神社です。
それと・・・大和朝廷時代に蝦夷の頭とされたアテルイの首が宝物殿に納められてます。
つまり、現皇室の先祖が敵と見なして討伐した、東夷(あずまえびす)の一人が眠っているわけです。
どうもココが気になって仕方がありませんでした。
それと、直刀・黒漆平文大刀拵
ってな不思議な奈良時代級の刀があるんで、熱田神宮ともなんぞ関係があるのかも・・・・
先ずはいつも通り、Google先生で鹿島神宮の本殿中心をプロットします。
ひょっとしたら、宝物殿の方がよかったのかもしれませんが、先ずは本殿でやってみます。
で。
線を引いていく先は、勿論、後の世で最強と呼ばれた東夷、将門公を祀った神田明神。
武蔵野の地を治める場合、この二つを押さえないことには始まりません。
ただ、太田道灌や徳川家康はこれを利用し、明治以降はこれを押さえつけているようです。
押さえつける、っていうよりも、力を遮断しちゃってる、って感じですかね。
兎に角、アテルイと将門公を祀る神社をラインで繋ぎます。
当たり前ですが、すんごい長いラインが出来ました。
で。
このポイント間を必死に調べると、数個の神社仏閣がありましたが、ちゃんとラインには乗ってません。
うーん・・・・・・これじゃ力が発揮されるワケでも、遮断されるわけでもないです。
江戸時代の地図がないので判りませんが、途中にアクセスポイントみたいなのがあったのを消した程度なんでしょうかね。。。
加門女史曰く、「明治以降の呪術師は徹底してて、イヤな性格。」とのこと。
それであれば、絶対になんか仕掛けてるに決まってます。
そこで、ちょっとラインを延ばしてみることにしました。
加門女史に倣い、神田明神からラインを更に延ばしていきます。
すると・・・・・・・
皇居の北側を通って、ぶち当たったのは・・・・・・・・
靖国神社!!!
ご丁寧なことに、ど真ん中を突っ切ってます。。。いや、突っ切れないようにしてるワケか。。。
やはり昭和の結界師はちゃんと仕掛けて封じてました。
驚きましたが、まぁご丁寧にやってます。
更に。。。
もっとラインを延ばしていきますと。。。。。。。
今度は明治神宮をかすめました。
かすめる程度なら、あんまり意味はないのかなぁ、と思って拡大してみますと・・・・・・・・
妙な建物をかすめてました。
明治神宮宝物殿。
調べてみますと、明治天皇の愛用された馬車や衣装などを展示、とあります。
加門女史も指摘されてますが、愛用の衣装ならば、これは完全な依り代になります。
つまり、明治天皇本人とほぼ同じ。
これで、東夷と呼ばれた、「まつろわぬ民」の二つの代表格は、二つのポイントで押さえつけられていることが判りました。
明治天皇の依り代と日本を守った英霊の魂の二つで押さえている仕掛けです。
やはり徹底してやってます。
力を利用するのではなく、完全に押さえつけてしまう。。。
でも、これでは新しい力を別に持ってこないとどうしようもないんですよね。。。
それと、昭和では効力があった結界が、平成になって効力が弱まったのは事実。
そこが問題なんですよね。
少しづつですが、その原因も見えてきました。
もう一つ、今回のアテルイと将門公のラインを止める、靖国神社と明治神宮宝物館の押さえで、すごく気になる人が出てきました。
大江新太郎
明治・大正・昭和に掛けて活躍した建築家。
明治神宮造営、日光東照宮改修、神田明神改修に携わる!!!
どえらい人が居たモンです。
徳川の鬼門守護の要である日光東照宮、東夷の筆頭格の将門公の神田明神、そして新帝都の守りを固める明治神宮の造営・・・・・・・
なんなんでしょう。。。。。。
まさに新しい時代の結界を造り、過去の結界を封じるポイントを全部仕事されてます。
すげぇ。。。
この方が結界を判っておられたかどうかは、定かではありません。
ただ、重用されたのは間違いないこと。
腕の良さを買われたんでしょうね。
3月14日(月)・・・・・・東京スカイツリーは何故そこに位置しているのか。
昨日、一生懸命に書いた文章が最後の最後で消えたんで、やる気無くしてサボりました。(w
(下書き保存しとけよ。。。)
全てオカルティックに捉えるのもどうかと思いますが、加門女史の「魔方陣三部作」を読んで以降、
平成に入ってから、どうもなんかミスってることが多いなぁ、と感じております。
日本的風水からすれば、
帝都・東京は鉄壁の守りでなければならないのに、それが機能していない。
そんな感覚を持たざるを得ません。
阪神大震災、オウム真理教、新潟大震災。。。
そして今回の東北地方太平洋地震の被害は帝都の安全までが脅かされています。
(昨日まで東日本大震災って言ってた名前の変更も、色々とどこかが画策してるんでしょうね。名は意味と現実を持つわけですから。。。日本とは入れたく無かったんでしょうね。)
で。
今回はネットでも少し話題になった、「東京スカイツリーの風水的意味」を捜してみました。
ネットにあった話題では、「スカイツリーと東京タワーとサンシャインで三角形になる」ってものでした。
(そりゃ三点結べば三角形になるだろが・・・・)
ただ、「その三角形は少し形の崩れた三角形で、あんまり意味が無さそう」との話しで尻切れしてます。
果たしてそうなんでしょうか。
加門女史の本に拠れば、「計測は驚くほどきっちりされているので、きっちり測らないと判らない。」とのこと。
そういうことなんで、改めてGoogle先生に力を借りて計測してみました。
先ずは件の東京スカイツリー。
よくまぁ都心近くにこんな場所があったもんです。
東武鉄道の車両基地だった場所らしいですが、この東武鉄道(根津家)も皇室系ですよね。(w
勿論、プロットするのはど真ん中。
丁度、三角形の土台から、上の延びて真円形になった頂点部分を割り出して置いてます。
次はサンシャイン。
元巣鴨プリズンと呼ばれた場所にあるサンシャインの敷地は広いんですが、一番高いのはサンシャイン60。
そこのど真ん中を取ってポイントにします。
この二点間の距離は8.4km。
ここから今度は東京タワーへ線を引っ張ります。
ここで驚いたのは、サンシャインと東京タワーの距離もなんと8.4km!!
だんだんと怪しげになってきました。。。。。。。。
少なくとも、二等辺三角形であれば、互いの点にある意味を繋げた結界の力が発生するはずです。
最後に、東京タワーと東京スカイツリーを繋ぎます。
繋げてみて驚きましたが、この三角形の総距離は・・・なんと25.2km!!!
つまりはコレ、見事に正三角形でした。。。
こりゃスゲェ、と申しますか、ここまであからさまな結界なんぞがあるんでしょうか。
しかし、結界と成るには、その頂点や線上に意味を持たせないと完成しません。
そこで線上近くや、頂点付近を捜します。
捜すヒントは、「徳川が使っていないこと」、「皇室や新時代(明治以降)に関わること」。
これが明治以降、大正・昭和・平成の呪術師が使った結界の特徴です。
最初に捜したのはサンシャイン60。
周辺にほとんど行ったことがないので、興味半分で捜してみましたら、ど真ん前にいきなりありました。
造幣局東京支局 。。。
1939年(昭和14年)に移転してきたようですが、誰の設計なのか判りません。
ただ、敷地内には博物館もあり、当時最新式だったイギリスやドイツなどの鋳造機械などもあり、まさに近代化の象徴的存在の集積なのは間違いないようです。
次は東京タワー。
これは加門女史の「東京魔方陣」にもありますが、先ずは天海大僧正のライバル、「金地院崇伝の金地禅院」があります。
これでOKかなー、って思ったんですが、一番最初が「貨幣鋳造」でしたので、どうもモノ足りません。
そこでもう一度、Google先生を見て確認してみますと・・・・・・・ありました。
機械振興会館。
1964年(昭和39年)に認可を受けた機械振興財団 ってところが建てたようです。
中にはもの凄い数の工業や機械関係の団体事務所があるようです。
東京タワーの完成が1958年(昭和33年)ですから、ちょっと時間が空いてますね。
それで最後は最新の東京スカイツリー周辺。
一番良いのは、貨幣→機械、ときてるので、やはり近代産業系に絡んだものなんですが、どうも見つかりません。
今までの二つが、頂点を為す建造物の前ですから、多分、スカイツリーも近くにあるはずなんですが。。。
何度も何度も捜してみて、ようやく気づきました。。。
これ・・・・・・東武鉄道の業平橋駅 のことなんじゃ・・・・・・・
この業平橋駅、1902年(明治35年)に出来た古い駅で、昔は車両基地と路線の基点になってたようです。
多分、(電車の)駅を近代化の象徴としてみるのであれば、これで三点の見立ては出来上がります。
ただ、もうちょっと意味が足りないような気がして、もうちょっと捜してみましたら、気になるのが一つありました。
スカイツリーと東京タワーを結ぶラインは、両国国技館を通ってるんです。
ちょっと今は問題でへたってますが、相撲はまさに古代からある神事。
力士は鬼すらも封じる力の象徴です。
勿論、今の国技館は1985年(昭和60年)の建設ですから江戸の結界では使われて居らず、まさに最適。
これを皇居を囲む大正三角形の線上に持ってくるのが狙いなのかもしれません。
ちなみに、移転前1984年までの国技館(蔵前国技館)とスカイツリーを結ぶと、皇居のど真ん中を通過します。。。
まぁ、これは偶然っぽいですが、この蔵前国技館(現蔵前水の館)もなんかありそうです。
跡地の名前も含めて・・・・・・水ねぇ。。。
また、今度調べることにします。
でも、先ずは、新たに出来る東京スカイツリー、そして旧となる東京タワー、そしてサンシャイン60。
この東京の高い位置を司る建造物は正三角形を作ってましたし、
更には、それぞれに意味を持つものを前に抱えておりました。
ついでに言えば、この三つの建造物を調べていて、それぞれの建築物に関連する人と組織も見つけました。
先ず、一番古い東京タワーの設計者は「内藤多仲」という構造建築の大家。
次のサンシャイン60の設計者は「武藤清」をいう、こちらも構造建築で著名な先生。
二人とも構造建築という新しい建築法を編み出した大家です。
で。
この二人の共通点は構造建築って点しかないのですが、二人が師事した人が同じでした。
佐野利器。
明治神宮造営の参与だったり、関東大震災の復興計画の責任者だったり、色々と帝都設計に絡んでます。
何者なんでしょうか・・・
この人の弟子の二人が、三つの頂点のうちの二つを設計しています。
残る一つは東京スカイツリーなんですが、これは構造建築ではなくデザインが重視されており、残念ながら、佐野氏に関連した人は絡んでいませんでした。
でも。
東京タワーの設計を内藤多仲と組んでやった、日建設計株式会社。
日本最大の設計集団です。
これが当然の如く、スカイツリーにも関わってます。
なんかあるんでしょうね。。。。。見えないところで。
もっと言えば、これらの土地の提供者を調べると段々深みにはまります・・・
土地の場所こそ結界の意味を作り出す最大のポイント。
これらを供出させたり、提供したりしてる人こそが、真の帝都結界の理解者でしょう。
まだまだポイントを調べるだけでも、色んな人や組織が山ほど出てきます。
ほんとに調べ尽くせないほどの事象が出てきます。
ただ、仕掛けがばれた結界は意味を為さない、などとも言われます。
私はまだまだ全体を理解はしていないので大丈夫だとは思いますが、
色んな点を調べているウチに、あることに気づきました。
多分、そのあることがズレてるから、いやズレたから、
この平成の世になって結界が効かないんでは?、と考え始めてます。
それを確固たるものにする為、もうちょっと調べます。
(下書き保存しとけよ。。。)
全てオカルティックに捉えるのもどうかと思いますが、加門女史の「魔方陣三部作」を読んで以降、
平成に入ってから、どうもなんかミスってることが多いなぁ、と感じております。
日本的風水からすれば、
帝都・東京は鉄壁の守りでなければならないのに、それが機能していない。
そんな感覚を持たざるを得ません。
阪神大震災、オウム真理教、新潟大震災。。。
そして今回の東北地方太平洋地震の被害は帝都の安全までが脅かされています。
(昨日まで東日本大震災って言ってた名前の変更も、色々とどこかが画策してるんでしょうね。名は意味と現実を持つわけですから。。。日本とは入れたく無かったんでしょうね。)
で。
今回はネットでも少し話題になった、「東京スカイツリーの風水的意味」を捜してみました。
ネットにあった話題では、「スカイツリーと東京タワーとサンシャインで三角形になる」ってものでした。
(そりゃ三点結べば三角形になるだろが・・・・)
ただ、「その三角形は少し形の崩れた三角形で、あんまり意味が無さそう」との話しで尻切れしてます。
果たしてそうなんでしょうか。
加門女史の本に拠れば、「計測は驚くほどきっちりされているので、きっちり測らないと判らない。」とのこと。
そういうことなんで、改めてGoogle先生に力を借りて計測してみました。
先ずは件の東京スカイツリー。
よくまぁ都心近くにこんな場所があったもんです。
東武鉄道の車両基地だった場所らしいですが、この東武鉄道(根津家)も皇室系ですよね。(w
勿論、プロットするのはど真ん中。
丁度、三角形の土台から、上の延びて真円形になった頂点部分を割り出して置いてます。
次はサンシャイン。
元巣鴨プリズンと呼ばれた場所にあるサンシャインの敷地は広いんですが、一番高いのはサンシャイン60。
そこのど真ん中を取ってポイントにします。
この二点間の距離は8.4km。
ここから今度は東京タワーへ線を引っ張ります。
ここで驚いたのは、サンシャインと東京タワーの距離もなんと8.4km!!
だんだんと怪しげになってきました。。。。。。。。
少なくとも、二等辺三角形であれば、互いの点にある意味を繋げた結界の力が発生するはずです。
最後に、東京タワーと東京スカイツリーを繋ぎます。
繋げてみて驚きましたが、この三角形の総距離は・・・なんと25.2km!!!
つまりはコレ、見事に正三角形でした。。。
こりゃスゲェ、と申しますか、ここまであからさまな結界なんぞがあるんでしょうか。
しかし、結界と成るには、その頂点や線上に意味を持たせないと完成しません。
そこで線上近くや、頂点付近を捜します。
捜すヒントは、「徳川が使っていないこと」、「皇室や新時代(明治以降)に関わること」。
これが明治以降、大正・昭和・平成の呪術師が使った結界の特徴です。
最初に捜したのはサンシャイン60。
周辺にほとんど行ったことがないので、興味半分で捜してみましたら、ど真ん前にいきなりありました。
造幣局東京支局 。。。
1939年(昭和14年)に移転してきたようですが、誰の設計なのか判りません。
ただ、敷地内には博物館もあり、当時最新式だったイギリスやドイツなどの鋳造機械などもあり、まさに近代化の象徴的存在の集積なのは間違いないようです。
次は東京タワー。
これは加門女史の「東京魔方陣」にもありますが、先ずは天海大僧正のライバル、「金地院崇伝の金地禅院」があります。
これでOKかなー、って思ったんですが、一番最初が「貨幣鋳造」でしたので、どうもモノ足りません。
そこでもう一度、Google先生を見て確認してみますと・・・・・・・ありました。
機械振興会館。
1964年(昭和39年)に認可を受けた機械振興財団 ってところが建てたようです。
中にはもの凄い数の工業や機械関係の団体事務所があるようです。
東京タワーの完成が1958年(昭和33年)ですから、ちょっと時間が空いてますね。
それで最後は最新の東京スカイツリー周辺。
一番良いのは、貨幣→機械、ときてるので、やはり近代産業系に絡んだものなんですが、どうも見つかりません。
今までの二つが、頂点を為す建造物の前ですから、多分、スカイツリーも近くにあるはずなんですが。。。
何度も何度も捜してみて、ようやく気づきました。。。
これ・・・・・・東武鉄道の業平橋駅 のことなんじゃ・・・・・・・
この業平橋駅、1902年(明治35年)に出来た古い駅で、昔は車両基地と路線の基点になってたようです。
多分、(電車の)駅を近代化の象徴としてみるのであれば、これで三点の見立ては出来上がります。
ただ、もうちょっと意味が足りないような気がして、もうちょっと捜してみましたら、気になるのが一つありました。
スカイツリーと東京タワーを結ぶラインは、両国国技館を通ってるんです。
ちょっと今は問題でへたってますが、相撲はまさに古代からある神事。
力士は鬼すらも封じる力の象徴です。
勿論、今の国技館は1985年(昭和60年)の建設ですから江戸の結界では使われて居らず、まさに最適。
これを皇居を囲む大正三角形の線上に持ってくるのが狙いなのかもしれません。
ちなみに、移転前1984年までの国技館(蔵前国技館)とスカイツリーを結ぶと、皇居のど真ん中を通過します。。。
まぁ、これは偶然っぽいですが、この蔵前国技館(現蔵前水の館)もなんかありそうです。
跡地の名前も含めて・・・・・・水ねぇ。。。
また、今度調べることにします。
でも、先ずは、新たに出来る東京スカイツリー、そして旧となる東京タワー、そしてサンシャイン60。
この東京の高い位置を司る建造物は正三角形を作ってましたし、
更には、それぞれに意味を持つものを前に抱えておりました。
ついでに言えば、この三つの建造物を調べていて、それぞれの建築物に関連する人と組織も見つけました。
先ず、一番古い東京タワーの設計者は「内藤多仲」という構造建築の大家。
次のサンシャイン60の設計者は「武藤清」をいう、こちらも構造建築で著名な先生。
二人とも構造建築という新しい建築法を編み出した大家です。
で。
この二人の共通点は構造建築って点しかないのですが、二人が師事した人が同じでした。
佐野利器。
明治神宮造営の参与だったり、関東大震災の復興計画の責任者だったり、色々と帝都設計に絡んでます。
何者なんでしょうか・・・
この人の弟子の二人が、三つの頂点のうちの二つを設計しています。
残る一つは東京スカイツリーなんですが、これは構造建築ではなくデザインが重視されており、残念ながら、佐野氏に関連した人は絡んでいませんでした。
でも。
東京タワーの設計を内藤多仲と組んでやった、日建設計株式会社。
日本最大の設計集団です。
これが当然の如く、スカイツリーにも関わってます。
なんかあるんでしょうね。。。。。見えないところで。
もっと言えば、これらの土地の提供者を調べると段々深みにはまります・・・
土地の場所こそ結界の意味を作り出す最大のポイント。
これらを供出させたり、提供したりしてる人こそが、真の帝都結界の理解者でしょう。
まだまだポイントを調べるだけでも、色んな人や組織が山ほど出てきます。
ほんとに調べ尽くせないほどの事象が出てきます。
ただ、仕掛けがばれた結界は意味を為さない、などとも言われます。
私はまだまだ全体を理解はしていないので大丈夫だとは思いますが、
色んな点を調べているウチに、あることに気づきました。
多分、そのあることがズレてるから、いやズレたから、
この平成の世になって結界が効かないんでは?、と考え始めてます。
それを確固たるものにする為、もうちょっと調べます。
3月12日(土)・・・・・・福島第一原発って・・・・
3月12日(土)、止まっては動き、止まっては動きの電車を乗り継ぎ羽田へ到着。
「なんとか脱出か~。」、と思っていると、色んな報道で福島原発がおかしい、との話。
どうもよからぬ自体に陥っているようです。
書いてる最中の、ついさっきも枝野官房長官が説明してるにも関わらず、
爆発した!
メルトダウンしてる!!
避難区域がどんどん増えてる!!
飛散放射能濃度の単位が変わった!!
などと流言や飛語が飛んでます。
まぁ、アメリカの空母が沖に構え、自衛隊の埼玉・大宮にある特別部隊が動いたのなら、判るでしょ。
近隣地域は大変でしょうが、それはさておかせて頂きまして。
福島第一原発の場所が気になります。
先日から、加門七海女史の三部作、「平将門魔方陣」、「大江戸魔方陣」、「東京魔方陣」にハマってます。
当然、読了後は帝都にあるモノは色々と気になってたんですが、今回は相手がデカイ。
地域の方々はもちろん、国すらマズイ状態になりかねません。
昨日、揺れた後、最初に感じたのは、「また現代の結界師が下手を打ったか?」ってこと。
ちょうど、将門公を祀る神社の横でコーヒー飲んでましたし。
そんなコトを感じたのかもしれません。
明治を始めに台頭したこの結界師に連なる連中、正体は見えませんが、1000年前から続く武蔵野の地霊を無理矢理修めようとしたり、徳川の結界を消そうとしたり、無謀としか言えないことばかりをやってるようです。
やっと、東京タワーと山手線で押さえることは押さえれたんですけど・・・・・・・下手くそ過ぎ・・・・・・
これが正直な感想です。
ひょっとして、元来、術の血脈を持ってない家系なんでしょうか。。。。。。
感性が無いのかもしんないですね。(w
だから、破られちゃうし、これからエライことになるかもしんないです。
今まで何度かヤラレちゃってるし。ほんと。。。
先ず、日本の中心地、というよりも、元来守るべき場所をプロットします。
これは一点しかありません。
皇居の中。
それも、元々、徳川が結界を張った中心中の中心。
江戸城本丸です。
ここが本来、今は東京と呼ぶ地を守る結界点と考えてます。
次ぎに、福島第一原発に位置する吹っ飛んだ炉をポイントします。
全部をプロットしてもイイんですが、正確にプロットしておきます。
こいつを結ぶとすんごい長い、全長250km近い直線になります。
直線になるのは当たり前なんですが、問題はこの線上に、なにがあるか、ってことです。
いきなり驚いたのは、「あの方を押さえる神社の中」を通ってる、ってことです。
そう。
江戸鎮護の要にされてる平将門公の神田明神社境内。
そこにある、小舟町八雲神社の真上を通ってます。
この八雲神社を調べると、祀られてるのは牛頭天皇。
京都・八坂神社の大祭である祇園祭の神様で、スサノヲノミコトと同じともされます。
これはマズイでしょ。
元来、前代の支配神であるスサノヲノミコトは、今の天皇様の系統とは相性が良くありません。
更に線を延ばすと、もっと不思議な部分に当たります。
江戸の結界は天海僧正が作ったんですが、その軸は、鬼門を上野の寛永寺と浅草の浅草寺の両方を結ぶ線に求めてる、んです。
もっと言えば、明治以降の新しい結界は、山手線の鉄の結界です。
今回の線は、それに触れないよう、両方をかすめながら東京の鬼門方向へ延びてます。
狙ったかのように、上野の寛永寺の脇をかすめ、山手線とは途中まで併走しカーブの部分で離れます。
うーん。。。
ここを保護してなかったんか・・・・・・・って思いました。
それくらい僅かな隙間です。
あくまでも予測ですが、ちょっと日本はおかしなことになるかもしれないですね。
ただし、次は天変地異ではないでしょう。人為です。
それも問題となるのは政治だと思います。所謂、政(まつりごと)ですね。
それと気にすべきは、裏鬼門。
延びている方向には、何も守護してくれる点がありません。
時代と体制が、大きく変わる可能性ではないでしょうか。。。。
「なんとか脱出か~。」、と思っていると、色んな報道で福島原発がおかしい、との話。
どうもよからぬ自体に陥っているようです。
書いてる最中の、ついさっきも枝野官房長官が説明してるにも関わらず、
爆発した!
メルトダウンしてる!!
避難区域がどんどん増えてる!!
飛散放射能濃度の単位が変わった!!
などと流言や飛語が飛んでます。
まぁ、アメリカの空母が沖に構え、自衛隊の埼玉・大宮にある特別部隊が動いたのなら、判るでしょ。
近隣地域は大変でしょうが、それはさておかせて頂きまして。
福島第一原発の場所が気になります。
先日から、加門七海女史の三部作、「平将門魔方陣」、「大江戸魔方陣」、「東京魔方陣」にハマってます。
当然、読了後は帝都にあるモノは色々と気になってたんですが、今回は相手がデカイ。
地域の方々はもちろん、国すらマズイ状態になりかねません。
昨日、揺れた後、最初に感じたのは、「また現代の結界師が下手を打ったか?」ってこと。
ちょうど、将門公を祀る神社の横でコーヒー飲んでましたし。
そんなコトを感じたのかもしれません。
明治を始めに台頭したこの結界師に連なる連中、正体は見えませんが、1000年前から続く武蔵野の地霊を無理矢理修めようとしたり、徳川の結界を消そうとしたり、無謀としか言えないことばかりをやってるようです。
やっと、東京タワーと山手線で押さえることは押さえれたんですけど・・・・・・・下手くそ過ぎ・・・・・・
これが正直な感想です。
ひょっとして、元来、術の血脈を持ってない家系なんでしょうか。。。。。。
感性が無いのかもしんないですね。(w
だから、破られちゃうし、これからエライことになるかもしんないです。
今まで何度かヤラレちゃってるし。ほんと。。。
先ず、日本の中心地、というよりも、元来守るべき場所をプロットします。
これは一点しかありません。
皇居の中。
それも、元々、徳川が結界を張った中心中の中心。
江戸城本丸です。
ここが本来、今は東京と呼ぶ地を守る結界点と考えてます。
次ぎに、福島第一原発に位置する吹っ飛んだ炉をポイントします。
全部をプロットしてもイイんですが、正確にプロットしておきます。
こいつを結ぶとすんごい長い、全長250km近い直線になります。
直線になるのは当たり前なんですが、問題はこの線上に、なにがあるか、ってことです。
いきなり驚いたのは、「あの方を押さえる神社の中」を通ってる、ってことです。
そう。
江戸鎮護の要にされてる平将門公の神田明神社境内。
そこにある、小舟町八雲神社の真上を通ってます。
この八雲神社を調べると、祀られてるのは牛頭天皇。
京都・八坂神社の大祭である祇園祭の神様で、スサノヲノミコトと同じともされます。
これはマズイでしょ。
元来、前代の支配神であるスサノヲノミコトは、今の天皇様の系統とは相性が良くありません。
更に線を延ばすと、もっと不思議な部分に当たります。
江戸の結界は天海僧正が作ったんですが、その軸は、鬼門を上野の寛永寺と浅草の浅草寺の両方を結ぶ線に求めてる、んです。
もっと言えば、明治以降の新しい結界は、山手線の鉄の結界です。
今回の線は、それに触れないよう、両方をかすめながら東京の鬼門方向へ延びてます。
狙ったかのように、上野の寛永寺の脇をかすめ、山手線とは途中まで併走しカーブの部分で離れます。
うーん。。。
ここを保護してなかったんか・・・・・・・って思いました。
それくらい僅かな隙間です。
あくまでも予測ですが、ちょっと日本はおかしなことになるかもしれないですね。
ただし、次は天変地異ではないでしょう。人為です。
それも問題となるのは政治だと思います。所謂、政(まつりごと)ですね。
それと気にすべきは、裏鬼門。
延びている方向には、何も守護してくれる点がありません。
時代と体制が、大きく変わる可能性ではないでしょうか。。。。
3月11日(金)・・・・・・・大地震・・・
Blog、書いてる場合じゃねーな・・・・・・・
そう思ったのは昨日11日の15時頃。。。。。
10日の木曜夕方から企画の打合せで品川に来て打合せ。
色んな意味で時期が迫ってきてるんで、結構熱が入った打合せになり、その後は久しぶりのホルモン屋。
そしてBarといつものご機嫌コースで終えてました。
結構、Barでも激論したり。(w
で。
11日は朝起きて、カフェでコーヒー飲みつつメール確認などをし、
ぷらーっと中野へ出かけてました。
資料の本を探しに行ってました。。。
そん時の写真です。
JR中野の周辺って、すんごいたくさんの飲み屋があるんですよね。
一度、行ってみたいな~、なんて思って写真を撮ってました。
これがちょうど13時頃ですかね。
そこから、新宿で下りて本屋でも行くかな~、って思ってましたが、ミニカメラが欲しくなりアキバへ。
以前から気になってたんですが、突如として欲しくなって行っちゃいました。
目的のオモチャカメラはあっさり見つかり、またもやカフェに入って試写なんかをしてました。
そん時の写真です。(w
そんなことしてる最中に、「お?揺れてる???」って気づきました。
ダメなんですよね。
阪神大震災を経験してるので、ちょっとやそっとの揺れじゃビビらなくなってます。。。
「ちょっと揺れが長いな~」って感じで見てますと、店の従業員が退避してたんで、一緒に外に出てみました。
その時がこれ。
みんな、車が走ってるのに道路に出て来てます。。。
この時点で第二波が来てたんですが、そんなに大きい揺れとは感じませんでした。
ただ、じっとしてても危なそうなので帰ろうと思い、地下鉄へ行ったんですが動いてません。。。
この時点で、なんとなく、「歩くんだろーなー。」、とは思っておりましたが、一応、JR秋葉原駅へ。
こりゃ無理だわ、と理解して、歩き始めました。
秋葉原から神田へ向かい、そこから日本橋三越、日本橋高島屋、銀座中央通りへと歩きました。
1時間30分ほどでホテルに到着。
阪神大震災の時も感じましたが、やはり電車や車の文明の利器は有り難いです。
この時点では、「夜の打合せ場所へどーやって行こーかなー」なんて考えてました。
まだ電車が復旧すると思ってたんですよね。
でも、テレビを見ると、福島や仙台がエライことになってました・・・・・・・
この映像・・・・・昔、神戸で見たのと同じ・・・・・・・
そう思いました。
街だったのか、道だったのか、それとも海だったのか。
そんな区分けすら判らない映像です。
そこから慌てて外へ出て、街を見に行きました。
先ずは歩いて銀座から新橋へ向かいましたが、歩いて帰宅する人の波で前へ進みません。。。
これが帰宅難民ってやつなんだ、と実感しました。
ヒールを脱いで手に持って歩く女性。
肩を借りながら歩くおじいさん。
泣きながらスゴイ速度で歩く若い男性。
コンビニのおにぎりを食べながら歩く人。
すごい数の人でした。
そんな中、ほぼ独り逆流してペニンシュラホテルを見て驚きました。。。
すんごいタクシー待ちの人達の数・・・・・・・
でも、その前の道はまったく車が動いてません。
続いて、その流れで帝国ホテル。
ほんと、すんごい数の人達でした。
ロビーで座り込む人。寝てる人。
ちゃんとホテルの人達が丁寧に対応されてました。さすが・・・・・・・
そこで寒くなってきたので、銀座方面へ戻ったんですが、お店は勿論、飲食店もどんどん閉店していってました。
そんな中。。。。。。。。
AppleStoreは開いてました。
スタッフは、「ここからご自宅へご連絡下さい!」って説明してました。
すげぇ。。。久しぶりに感動しました。。。
今回、一番メール状態が良かったのは、やっぱりDocomo。
でも、SoftBankも頑張ってましたね。70%くらいの確率で「携帯to携帯(メール)」が繋がりました。
一番ダメだったのは、「au」。話しにもなりません。
PC宛だと届くんですが、「携帯to携帯」はほとんどダメでした。。。
しかも、ログすら消えてるし・・・・・・・
そうそう、Gmail、こいつは中々頑張ってましたよ!!!
インフラが生きてると強いな-。
そう思ったのは昨日11日の15時頃。。。。。
10日の木曜夕方から企画の打合せで品川に来て打合せ。
色んな意味で時期が迫ってきてるんで、結構熱が入った打合せになり、その後は久しぶりのホルモン屋。
そしてBarといつものご機嫌コースで終えてました。
結構、Barでも激論したり。(w
で。
11日は朝起きて、カフェでコーヒー飲みつつメール確認などをし、
ぷらーっと中野へ出かけてました。
資料の本を探しに行ってました。。。
そん時の写真です。
JR中野の周辺って、すんごいたくさんの飲み屋があるんですよね。
一度、行ってみたいな~、なんて思って写真を撮ってました。
これがちょうど13時頃ですかね。
そこから、新宿で下りて本屋でも行くかな~、って思ってましたが、ミニカメラが欲しくなりアキバへ。
以前から気になってたんですが、突如として欲しくなって行っちゃいました。
目的のオモチャカメラはあっさり見つかり、またもやカフェに入って試写なんかをしてました。
そん時の写真です。(w
そんなことしてる最中に、「お?揺れてる???」って気づきました。
ダメなんですよね。
阪神大震災を経験してるので、ちょっとやそっとの揺れじゃビビらなくなってます。。。
「ちょっと揺れが長いな~」って感じで見てますと、店の従業員が退避してたんで、一緒に外に出てみました。
その時がこれ。
みんな、車が走ってるのに道路に出て来てます。。。
この時点で第二波が来てたんですが、そんなに大きい揺れとは感じませんでした。
ただ、じっとしてても危なそうなので帰ろうと思い、地下鉄へ行ったんですが動いてません。。。
この時点で、なんとなく、「歩くんだろーなー。」、とは思っておりましたが、一応、JR秋葉原駅へ。
こりゃ無理だわ、と理解して、歩き始めました。
秋葉原から神田へ向かい、そこから日本橋三越、日本橋高島屋、銀座中央通りへと歩きました。
1時間30分ほどでホテルに到着。
阪神大震災の時も感じましたが、やはり電車や車の文明の利器は有り難いです。
この時点では、「夜の打合せ場所へどーやって行こーかなー」なんて考えてました。
まだ電車が復旧すると思ってたんですよね。
でも、テレビを見ると、福島や仙台がエライことになってました・・・・・・・
この映像・・・・・昔、神戸で見たのと同じ・・・・・・・
そう思いました。
街だったのか、道だったのか、それとも海だったのか。
そんな区分けすら判らない映像です。
そこから慌てて外へ出て、街を見に行きました。
先ずは歩いて銀座から新橋へ向かいましたが、歩いて帰宅する人の波で前へ進みません。。。
これが帰宅難民ってやつなんだ、と実感しました。
ヒールを脱いで手に持って歩く女性。
肩を借りながら歩くおじいさん。
泣きながらスゴイ速度で歩く若い男性。
コンビニのおにぎりを食べながら歩く人。
すごい数の人でした。
そんな中、ほぼ独り逆流してペニンシュラホテルを見て驚きました。。。
すんごいタクシー待ちの人達の数・・・・・・・
でも、その前の道はまったく車が動いてません。
続いて、その流れで帝国ホテル。
ほんと、すんごい数の人達でした。
ロビーで座り込む人。寝てる人。
ちゃんとホテルの人達が丁寧に対応されてました。さすが・・・・・・・
そこで寒くなってきたので、銀座方面へ戻ったんですが、お店は勿論、飲食店もどんどん閉店していってました。
そんな中。。。。。。。。
AppleStoreは開いてました。
スタッフは、「ここからご自宅へご連絡下さい!」って説明してました。
すげぇ。。。久しぶりに感動しました。。。
今回、一番メール状態が良かったのは、やっぱりDocomo。
でも、SoftBankも頑張ってましたね。70%くらいの確率で「携帯to携帯(メール)」が繋がりました。
一番ダメだったのは、「au」。話しにもなりません。
PC宛だと届くんですが、「携帯to携帯」はほとんどダメでした。。。
しかも、ログすら消えてるし・・・・・・・
そうそう、Gmail、こいつは中々頑張ってましたよ!!!
インフラが生きてると強いな-。
