父と一度、お別れをしました…。
2015の夏に末娘を出産した年の秋に、父がリンパ腫だとわかりました…。
父は年齢より見た目も若く、世代のわりには大柄で、なんとゆうかどしっと構えていて、母一筋!子供達を守っている‼︎、いつも自分の事より家族の事を考え、まさしく『男』…ってゆう感じの父でした


リンパ腫だとわかった時に一度入院し、抗ガン剤を投与、年が明ける頃には(2016年)には退院し、通院するまでに回復していました。
長年、見上げるような大きな機械を動かし職人だった父…さすが体力があるなっと思っていたら…その春、歩きづらくなり、調べた所…脊髄にとんでいることがわかりました。
脊髄から脳へ…
考えるだけで怖かったです

2016.6月から入院になり、みるみるうちに歩けなくなりました。
頭から抗ガン剤を入れるも効かずでした。
父は、でも『ただただ、歩きたい…』そう言い続けました。
今、考えると母を守れなくなるのが男として嫌だったのかもしれません…
私は、仕事が休みの日は父の病院へ行く日々でした。
正直、出産した時も里帰りもできず保育園に入れるまでは母にももちろん頼れず、仕事場へ赤ちゃんを連れてくる日々…
父のこと、仕事、子供達、家の事、毎日寝不足で、精神も壊れかけてしまって、自分の感覚がマヒしているような⁇…そんな錯覚にさえ陥ってしまいそうな日もありました…
でも父の顔を見たり、子供達、お客様と接することで心が救われて、しっかりしやな‼︎…と思えました


父は病気になっても常に母の事、私の事、孫の事を心配していました…
母はリュウマチのような症状がある為、父より長年薬を飲み続けています。
いつも100%…
いや?、200%…
いやいや⁇…もっとかな⁇…ていうぐらい母の絶対的な味方の父でした
母に限らず、私や孫にも
歩きたい…とゆう思いを主治医の先生が配慮して下さり、歩けなくなった原因の水頭症(脳に癌がいくと発症するようです)の手術をリスクがありましたが、してくれました。
手術後、みるみるうちに歩けるようになった父。嬉しそうでした…
2016.秋には退院が決まり、抗ガン剤はせず自宅療養となりました。
見た目も若く、全然リンパ腫とは思えないほどでした。
クリスマスはみんなで実家に集まり、父は機種変したばかりのガラケーを持ち、嬉しそうにケーキの写真を、孫達と撮っていました。
その日、父はなぜか一人一人の写真を撮りました。。。
2017.年が明け、元旦からの仕事終わりに実家へ行きました。
クリスマスの時には感じなかった父の息の音の異変、なんだか気になって仕事が休みの5日後、また実家へ行くと更に酷くなっているような気がしました。
食欲がないとは知らず、甘いお菓子が好きな父のために和菓子を持って行ってしまったのですが…
父は『お父さんも食べよー‼︎』と
心配かけまいと気丈に振る舞っていて、全部食べていました。
数時間でしたが、一緒に過ごし、
『じゃあまたね、お父さん』
『おぉ〜、はいはい〜〜』と
いつも通り座椅子に腰掛けてテレビを見ながらの返事…
その2日後の朝、息ができなくなり救急車で運ばれました…
着いた病院で人工呼吸器を入れました。
人工呼吸器を付け、CTを撮ると
器官がリンパ腫の腫瘍に押され4センチも動いていて、肺炎にもなっていました…
母から後で聞いた話ですが、そんな状態でも父は自分の足で靴を履き、
救急車まで自分で歩いたそうです。
そして救急車のベッドに横たわった瞬間、白目をむき意識を失ったそうです。
母を人一倍大事に大切にしてきた父、
父は大柄ですが母は小柄な上、病気を持っているのでとても父を支えるような力はないです。
父は最後まで母の前で、母に心配かけまいと男として立派に頑張ったのだと思います。
本当に私にとって偉大な父です。
カッコいい男の人です‼︎
父にとっての記憶は救急車に乗るまでで
終わりました…
最後まで父なりに母を守りました。
人工呼吸器をつけて
約1ヶ月後の
2月14日
父は亡くなりました。。。
69歳でした。
14日の日、父に買ったチョコを仕事が終わってから持って行く予定だったのに、次の日、学校の旗振り当番で朝早い事、末娘を連れて旗振りしないといけないから15日の仕事帰りに持って行こう…と、予定をかえた矢先の事でした

なんで私こんな時にまで子供の事、全部せなあかんの⁇
なんで働いてんの⁇
なんでお父さんの事だけ考えさせてくれへんの⁇
なんでなん⁇⁇
なんで⁇⁇
自分が嫌になり
グルグルグルグルグルグル…
嫌ぁ〜〜な感情が出てきだし、胸が苦しくなった時、
フッと見た
父の亡き顔がなんだか七福神みたいに
穏やかに笑っていたのです。。。
『何を言うてるんやぁ〜〜アーホ❗️しっかりせぇ』…と
いつも通りのお父さんがそこに居ました。
父はきっと私の事をわかってくれている
理解してくれている…それがどれだけ私の心の支えになっていたか今では本当によくわかります。
ただ居てくれるだけで心強い存在。
居て当たり前の存在。
私がいてるのは父のおかげです。
私らしく生きれる事を常に応援してくれていた父の為にも、アホな事を一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくて、、、
父が教えてくれた事、そして日々精進‼︎
頑張ろう‼︎って心から思いました。
私と、じいちゃんっ子の長女が11年前、四つ葉のクローバーを探すブームがあった時に…
長女がこれじいちゃんにあげたいっと言うので、画用紙に四つ葉のクローバーを置きラミネートをした物を父にあげました。
その四つ葉のクローバーが、父の財布の内側に入っていたのです。。。
何度か財布が替わっているはずなのに…
その都度、クローバーを大事に入れてくれてた事が亡くなってからわかりました。
それを見つけた時、
父に会いたいっ
『ごめんなさいお父さん』
て強く思ったのです。。。
どんな事を想い…?
どんな事を願っていたのか…⁇
想像するとまだまだ胸が苦しくなります
想像するとまだまだ胸が苦しくなります

本当に生きていると色んな事があります。
子供が傷付くと自分の事のように胸が傷みますよね。。
父もそうだったのだと思います。。。
でもきっと理解してくれる人は身近にいてるはずです‼︎
どうか皆さんが、自分らしく毎日を過ごせますように…
長々と店主の身の上話にお付き合い下さりありがとうございました

差し出がましいですが

誰かの気持ちに寄り添えたら…
勇気付けれたら…と思い
おもいきって書かせて頂きました
そして知って下さっている方もいらっしゃいましたので、イベントが終わってからお伝えしようと思っていました…🙇🙇🙇
この場を借りてご報告させて頂きます。
いつも本当にありがとうございます
昨日も実は叔母のお葬式でした…
なんだか悲しい事が続きますが、
叔母も私を応援してくれていたので
私らしく私の場所で、これからも毎日を頑張ろうと思います




今日はお天気も晴れ、朝からお客様が春服を買いに来られております




この毎日に感謝です…
いつも本当にありがとうございます








