ここはスリーピースプリング
イスリディアの森の中にある小さな村だ
旅人からは緑の髭の木陰と呼ばれている
その理由としては、村の中心に立つ巨大な大木だろう
このイスリディアの森の中でこれ以上大きな木も無ければ
これを抜かせそうな木も、向こう百年生えては来ないだろう
その大木の村を覆うように広がる葉の傘からからは淡い黄緑色のつるが沢山、垂れ下がっている
その姿は正に緑の髭と呼ばれるのに相応しいだろう
この偉大な木の下に我々、メリアが住み着いてからかなりの時が経った
メリア、この種族の特徴としては、手先が器用であることと、争いを好まないこと
そして何より、体が小さいこと、これが一番特徴的だろう
メリアの生業は手先の器用さを生かして作られた美しい装飾品や緻密に作られた剣や鎧だ
しかし、ここスリーピースプリングには鍛冶場というものは無く
基本的には装飾品のみが特産物となっている
もちろん、農業や狩りも仕事のうちだ
狩り!狩りといえば弓だ、メリアの弓は実に美しい彫刻が彫られている
しかし、美しいばかりではなくその精度と扱いやすさは随一だ
使われる矢もメリア特製
風を切り裂くほど鋭く、遠くまで飛び、折れ辛い
私は狩りが好きだ、森の中を駆け回るのはとても楽しい
何より、村の中でせっせと装飾品や農作物を作るよりもずっといいからだ
「やぁ、アシュリア!狩りの成果はどうじゃったかな?」
「おう、デイルの爺さん!今日も元気そうだな!
今日は兎が四羽にキッシュバードが二羽、残念ながら鹿は取れなかったよ。」
「ほっほっほ、それだけでも上出来じゃ。
相変わらず百発百中の腕は落ちてないかのう?」
「もちろん!矢の一本だって無駄にしなかったさ!」
「さすがはメリア一の弓の名手じゃ、ほっほっほ!」
「まぁな!じゃあ、まだ用事があるから行くよ!
夜にでも兎と鳥のシチュー食いに来いよ、爺さん!じゃな!」
この腰に兎を四羽ぶら下げて片手にキッシュバードを二羽鷲掴みにしてるのが私だ
自慢としてはメリア一、弓術に長けているというところだろうか
さっき話してたのはデイルの爺さん、世話好きの爺さんで私が小さい頃からよく面倒を見てくれた人だ
さて、用事というのは村の東の端に住んでるイソルダの婆さんに呼ばれていることだ
何の用かは知らないが、大事な用なんだろう
取り合えず、取ってきた兎と鳥を家に置いてから向かうとしよう
他の家に比べて小さくて、玄関に立派な角の生えた牡鹿の骨が飾られているあれが私の家だ
取ってきた兎と鳥を天井からぶら下がる鉤に引っ掛けて休む間もなく再び家を出る
「イソルダの婆さんといったら、あれだろうなぁ・・・。」
イソルダの婆さんは村を東に出て少し行ったところにある峡谷にひっそりと佇む不思議な像のある祠に果物とかの奉納物を持っていったりしている婆さんだ
祠といっても、イソルダ婆さん以外に誰かが顔を出すことなんて無いような寂れた祠だ
イソルダ婆さん自体、何が祭られてるかわかってない
多分、村の誰も知らないだろう
イソルダ婆さん曰く、何が祭られてるにせよ、何かしら奉納しておかないと祟りが怖いんだとかなんとか
そんなことを言っていた気がする
まぁ、今回の用事というのは、代わりに奉納物を持っていってくれとかそんなものだろう
「腰を痛めちゃってねぇ、とてもじゃないけど祠まで行けそうにないのよ。
すまないけど、私の代わりに果物を持っていってくれないかねぇ・・・。」
「だと思ったよ。まったく、 婆さんも年なんだから無理すんなって!
腰には気をつけないと・・・。まぁ、代わりに持っていってやるよ。
お礼のお小遣いは期待しとく!」
「ありがとうねぇ、あんたは口調は少しきついけど言うこととやることは優しい良い子だねぇ。
もっと優しくお淑やかに喋れば、恋人くらい出来るのにねぇ・・・。
お小遣い用意しておくから、帰ってきたらまた顔だしなさいね。」
「それは余計なお世話!ほら、もう寝てろって!
じゃ、行ってくるからな!夜までには戻るからその時には起きてろよ!」
イスリディアの森の東、こっち側だけは森の雰囲気がどことなく違う
なんというか、静かだ
もちろん、西側も北側も南側の森の中は静かではあるのだが、東側は特別に静かに感じる
そういえば、東側ではあまり動物を見かけたことが無い気がする
それに、何が祭られてるかわからない祠・・・
そう考えると何処か不気味だ
渓谷が見えてきた
「うわぁ、いつ見てもすげぇな。ここは。」
まるで山が二つに割れたかのように高く聳え立つ二つの崖が対面している
下から上を見上げると自分がとてもとても小さく感じてしまう
陽の光の差し込む峡谷を少し進むと古い遺跡ようなものが見えてくる
だが、目指しているのは遺跡ではなく、その前にある不思議な像のある祠だ
「こうやって見ると、綺麗な場所だな。」
「"今日はあのお婆さんでは無いのですね・・・"」
「ん!?」
「"え?"」
「何・・・祠が喋って・・・。」
「"あなた、私の声が・・・あ、ちょっと逃げないで、待って!"」
あんまりに泣きそうな声で呼び止められ、アシュリアは結局祠に前に戻ってきてしまった
「何か用・・・?」
「"私の声が聞こえる者がやっと来てくれた!それにあのお婆さんと違って頼れそう!"」
「おい、勝手に何言ってるんだ、何だ頼れそうって。何を頼る気だ。」
「"私は生命を司る守護者キリアス。頼みを聞いてくれませんか、メリアの民よ。
我が聖堂に不浄なる者が棲み付いてしまったのです!"」
「それを追い出して欲しいと・・・。」
「"そうです!物分りの良い人で良かった!
追い出すというより、殺すというのが正しいですが・・・。"」
「いや、やるとは言ってねぇぞ?
そもそも不浄なる者ってなんだ、人か?
私でも勝てるような相手なのか?」
「"吸血鬼と言えば分かるでしょうか?
奴等の殺す方法は首を切り落とすか心臓を貫くかのどちらかです
あなた、弓を使うのでしょう?ならそれで心臓を射抜けばいいだけの話です。
大丈夫です、相手は一匹です!きっと楽勝です!"」
「随分、簡単に言ってくれるじゃないか・・・」
「"倒してくれれば聖堂の奥にある宝をあげます!
ですから、どうかお願いできないでしょうか・・・?"」
「宝か、そうだなぁ。村の傍に吸血鬼がいるってのも危ないし
被害が出る前に何とかするか・・・。」
「"ありがとう、入り口は開けておきます!"」
キリアスがそういうと祠の奥に見える扉が音を立てながらゆっくりと開いた
アシュリアは弓に矢を携えてゆっくりと扉に向けて歩みを進める