最近やっちゃった。。と思ったニュースはローマ教皇のイギリス訪問。
こんなに歓迎されないのはさすがのローマ教皇も慣れてないんじゃないかなぁと思うのだ。
昨今の俄勉強によると、イギリスの人口の7割がクリスチャンなのだけれどローマ・カトリック教はその中のたった10%。
つまり420万人。
簡単に言うと、420万人は日本の囲碁人口、毎年上海を訪れる観光客の数や、フランスの失業者の数と同じです。
たったそれだけの国民の為に国が1200万ポンド(16億円強)を払って教皇を迎える意味がどこに。。?
それが今回の不人気の主な原因。
4日で16億円、つまり1日4億円。
これはボディーガードや交通費や豪華な食事やトップクラスのホテルに支払われる訳で、カトリック教でもない国民の税金が使われているのです。
個人的にはなんでカトリックの教会に泊まんないのかなぁと思う。
セントポール寺院とか、カトリックですよ??
カトリック環境で育てられた私的にはこりゃあないよなぁ。。という事ばかり。
到着後地面にキスをしない教皇、高い入場料を取るミサ、疲れるからと言って英語を一言もしゃべらずイタリア語で通す教皇。。。
そもそもイギリスとカトリック教会はヘンリー8世の時代から長い事色んなトラブルがあって、王様が変わる度に何百年もお互い殺しあったり足を引きずりあったりして闘争を重ねているのだから、暖かい歓迎は期待するだけちょっと無駄だと思う。
カトリック教会の地球儀に立って祈っているマリア像はイギリスを踏んでいるしね。
そんなこんなでこれでもかと言う程歓迎されないローマ教皇。
健康等を理由に滞在を縮めないように私はこっそり祈るばかり。。
さすがにあまりに失礼ですから。

さて、ついでに。
今日一週間の俄勉強を得て、Life in the UK Testに挑みました。
イギリス首相のラテン語名は?
European ParliamentとCouncil of Europeの違いは?
イギリス全土におけるMPの数は?
イギリス内のイスラム教徒は国民の何%?
女性が男性と同等の参政権を得た年号は?
女性が離婚する権利を得た年号は?
1880年から1990年代にイギリスにやってきた移民の種類は?
こんなのばっか。
もう知るか!!と思いながら二日間頭に数字なんかを叩き込み行って参りました。
24問中75%、18問正しく回答する必要が有って、試験は一回34ポンド。
しかも今日はGの誕生日。
落ちる訳にはいかんと背水の陣で挑んだところなんとかなりました。
この国に落ち着く為の関門は10月松に控える最後のビザのみ。
上手くいけば来年はようやくゆったり生きる事ができそう。。
こんなに歓迎されないのはさすがのローマ教皇も慣れてないんじゃないかなぁと思うのだ。
昨今の俄勉強によると、イギリスの人口の7割がクリスチャンなのだけれどローマ・カトリック教はその中のたった10%。
つまり420万人。
簡単に言うと、420万人は日本の囲碁人口、毎年上海を訪れる観光客の数や、フランスの失業者の数と同じです。
たったそれだけの国民の為に国が1200万ポンド(16億円強)を払って教皇を迎える意味がどこに。。?
それが今回の不人気の主な原因。
4日で16億円、つまり1日4億円。
これはボディーガードや交通費や豪華な食事やトップクラスのホテルに支払われる訳で、カトリック教でもない国民の税金が使われているのです。
個人的にはなんでカトリックの教会に泊まんないのかなぁと思う。
セントポール寺院とか、カトリックですよ??
カトリック環境で育てられた私的にはこりゃあないよなぁ。。という事ばかり。
到着後地面にキスをしない教皇、高い入場料を取るミサ、疲れるからと言って英語を一言もしゃべらずイタリア語で通す教皇。。。
そもそもイギリスとカトリック教会はヘンリー8世の時代から長い事色んなトラブルがあって、王様が変わる度に何百年もお互い殺しあったり足を引きずりあったりして闘争を重ねているのだから、暖かい歓迎は期待するだけちょっと無駄だと思う。
カトリック教会の地球儀に立って祈っているマリア像はイギリスを踏んでいるしね。
そんなこんなでこれでもかと言う程歓迎されないローマ教皇。
健康等を理由に滞在を縮めないように私はこっそり祈るばかり。。
さすがにあまりに失礼ですから。

さて、ついでに。
今日一週間の俄勉強を得て、Life in the UK Testに挑みました。
イギリス首相のラテン語名は?
European ParliamentとCouncil of Europeの違いは?
イギリス全土におけるMPの数は?
イギリス内のイスラム教徒は国民の何%?
女性が男性と同等の参政権を得た年号は?
女性が離婚する権利を得た年号は?
1880年から1990年代にイギリスにやってきた移民の種類は?
こんなのばっか。
もう知るか!!と思いながら二日間頭に数字なんかを叩き込み行って参りました。
24問中75%、18問正しく回答する必要が有って、試験は一回34ポンド。
しかも今日はGの誕生日。
落ちる訳にはいかんと背水の陣で挑んだところなんとかなりました。
この国に落ち着く為の関門は10月松に控える最後のビザのみ。
上手くいけば来年はようやくゆったり生きる事ができそう。。
ログがないのは良い便り。
体調がいいと忙しくてブログする間がないのです。
つまり今日はダメ。
先週金曜日から又病んでます、腰。
腰は持病だとわかりながら毎回キツい。。
思い返せばこれは14歳が分岐点だった。。
そんなにしょっちゅうじゃないけど、多いときは2-3ヶ月に一度やってくるのです。
大体は結構ごまかせるんだけど、今回は寝返りすらできなくてここんとこ寝不足。
体はもう老人なんだね。。と隈を浮かべた鏡の中の自分に言ってみたりして。。ちょっと落ち込む。
腰の問題って私の業種には結構あるみたいなんだけど、同時に致命的だったりもする。
そろそろ別の仕事考えないと行けないのかな、と思いながらもこのまま続けたい自分もいたりして。
ここ2、3日つらつら悩んでます。
さて悩んでるとは言え、日中家で一人で時間をつぶす訳だし。
歩けないから外にも行けないし、これはいい機会だと思ってネットで探しておいた映画をみました。
「私は貝になりたい」
これはグレアムが大好きな仲間由紀恵さん。。というだけじゃなくて、実際巣鴨プリズンに戦犯で入ってた祖父の事もあって
ずっと観よう観ようと思ってた映画。
ただ観るならしっかり腰を据えて集中して観たかったから、なかなか機会がなかったのです。
腰を据えてみるなら今しかない!と昨日観たんだけど。。
見終わってから本当に申し訳ない..と思った。
というのも全然期待してなかったんだよね、中井くん。あと仲間由紀恵も。。
全然期待してなかったんだけど、中井/仲間夫婦には相当入れ込んでしまって今でもちょっとダメージが。。
もともとこの映画は単純なハッピーエンディングじゃないだろうなぁと思ってた。
しかし最後の25分。。嫌な予感はしてたけど。。してたけど本当にあのどんでん返しはキツかった。
何も知らないで夫が帰ってくるとにこにこしている妻と、押しつぶされそうな夫の顔が順番に出てくる。
あれは観てる方の神経がズタボロでした。
でも戦争って本当につらい過去だと思う。
中井くん演じる豊松は足が悪くて劣等生で、だから上司にアメリカ兵を討てと言われる。
本当は殺せなかったのに何故か自分の意志で殺した事になっていて、軍事裁判ではアメリカ人は何も理解してくれない。
あれは本当にそうだったんだろうなぁと思う。
民主主義と天皇国家の違いが浮き彫りになっていて胸が苦しかった。
小さい息子と身重の妻が心配で何も伝えられない夫。
裁判が長引いていると思ってただただ待っている妻。
あの時代土佐の高知から池袋まで出るのは二日間かかるんですね。
そりゃあ小さい子供がいる妻に実際の判決を伝えられない気持ちはわかる。
真相を知らせれてやって来た妻にも、飽くまで前向きな事しか言わない豊松はどんな気持ちだったんだろうと思う。
更に妻の房江はこれさえできれば夫は帰ってくると信じて、毎日毎日歩き詰めて200名分の署名を集めてくる。
このひたむきさに私は心討たれたのだけれど、国家にとってはなんて事ない書類になってしまうんですよね。
実際いたと思う、こういう夫婦。
ひた向きに信じて、出来る限りの事を尽くして。どんなに悲しかったんだろう。。
ちなみにうちの祖父は判決は終身刑だったから、おばあちゃんはこういう署名活動なんかはしませんでした。
でも南米から帰って結婚して、子供が出来たと思ったらすぐ台湾。
台湾で拘束されてそのまま巣鴨プリズン。
おばあちゃんは何も話さないけれど、言うに言えない苦労があったんだろうと思う。
叔母は巣鴨プリズンがなくなって祖父が帰って来たときはもう10歳。
産まれて10年もお父さんがいなかった。彼女が何も話さないのもやっぱり色々辛かったんだろうと思う。
祖父は終身刑の棟にいたのだけれど、英語とスペイン語が話せたから少しずつ看守と房にいた人たちの通訳をしていたらしくて、
割と気に入られていたらしい。
最初はキツい労働や掃除もアメリカ兵は手前の房にいる人たちにやらせるだけで、どんどん手前の人たちは病気になったり体を壊したりして行ったそうで、それは不公平だから順番に班を決めてやろうと提案してシステムを作ったのは彼らしい。
その後巣鴨プリズン新聞を英語と日本語で作りはじめたのも彼らしい。
私の、「どこに行っても模範囚」の血は明らかにこの人から受け継がれてるらしい。。
体調がいいと忙しくてブログする間がないのです。
つまり今日はダメ。
先週金曜日から又病んでます、腰。
腰は持病だとわかりながら毎回キツい。。
思い返せばこれは14歳が分岐点だった。。
そんなにしょっちゅうじゃないけど、多いときは2-3ヶ月に一度やってくるのです。
大体は結構ごまかせるんだけど、今回は寝返りすらできなくてここんとこ寝不足。
体はもう老人なんだね。。と隈を浮かべた鏡の中の自分に言ってみたりして。。ちょっと落ち込む。
腰の問題って私の業種には結構あるみたいなんだけど、同時に致命的だったりもする。
そろそろ別の仕事考えないと行けないのかな、と思いながらもこのまま続けたい自分もいたりして。
ここ2、3日つらつら悩んでます。
さて悩んでるとは言え、日中家で一人で時間をつぶす訳だし。
歩けないから外にも行けないし、これはいい機会だと思ってネットで探しておいた映画をみました。
「私は貝になりたい」
これはグレアムが大好きな仲間由紀恵さん。。というだけじゃなくて、実際巣鴨プリズンに戦犯で入ってた祖父の事もあって
ずっと観よう観ようと思ってた映画。
ただ観るならしっかり腰を据えて集中して観たかったから、なかなか機会がなかったのです。
腰を据えてみるなら今しかない!と昨日観たんだけど。。
見終わってから本当に申し訳ない..と思った。
というのも全然期待してなかったんだよね、中井くん。あと仲間由紀恵も。。
全然期待してなかったんだけど、中井/仲間夫婦には相当入れ込んでしまって今でもちょっとダメージが。。
もともとこの映画は単純なハッピーエンディングじゃないだろうなぁと思ってた。
しかし最後の25分。。嫌な予感はしてたけど。。してたけど本当にあのどんでん返しはキツかった。
何も知らないで夫が帰ってくるとにこにこしている妻と、押しつぶされそうな夫の顔が順番に出てくる。
あれは観てる方の神経がズタボロでした。
でも戦争って本当につらい過去だと思う。
中井くん演じる豊松は足が悪くて劣等生で、だから上司にアメリカ兵を討てと言われる。
本当は殺せなかったのに何故か自分の意志で殺した事になっていて、軍事裁判ではアメリカ人は何も理解してくれない。
あれは本当にそうだったんだろうなぁと思う。
民主主義と天皇国家の違いが浮き彫りになっていて胸が苦しかった。
小さい息子と身重の妻が心配で何も伝えられない夫。
裁判が長引いていると思ってただただ待っている妻。
あの時代土佐の高知から池袋まで出るのは二日間かかるんですね。
そりゃあ小さい子供がいる妻に実際の判決を伝えられない気持ちはわかる。
真相を知らせれてやって来た妻にも、飽くまで前向きな事しか言わない豊松はどんな気持ちだったんだろうと思う。
更に妻の房江はこれさえできれば夫は帰ってくると信じて、毎日毎日歩き詰めて200名分の署名を集めてくる。
このひたむきさに私は心討たれたのだけれど、国家にとってはなんて事ない書類になってしまうんですよね。
実際いたと思う、こういう夫婦。
ひた向きに信じて、出来る限りの事を尽くして。どんなに悲しかったんだろう。。
ちなみにうちの祖父は判決は終身刑だったから、おばあちゃんはこういう署名活動なんかはしませんでした。
でも南米から帰って結婚して、子供が出来たと思ったらすぐ台湾。
台湾で拘束されてそのまま巣鴨プリズン。
おばあちゃんは何も話さないけれど、言うに言えない苦労があったんだろうと思う。
叔母は巣鴨プリズンがなくなって祖父が帰って来たときはもう10歳。
産まれて10年もお父さんがいなかった。彼女が何も話さないのもやっぱり色々辛かったんだろうと思う。
祖父は終身刑の棟にいたのだけれど、英語とスペイン語が話せたから少しずつ看守と房にいた人たちの通訳をしていたらしくて、
割と気に入られていたらしい。
最初はキツい労働や掃除もアメリカ兵は手前の房にいる人たちにやらせるだけで、どんどん手前の人たちは病気になったり体を壊したりして行ったそうで、それは不公平だから順番に班を決めてやろうと提案してシステムを作ったのは彼らしい。
その後巣鴨プリズン新聞を英語と日本語で作りはじめたのも彼らしい。
私の、「どこに行っても模範囚」の血は明らかにこの人から受け継がれてるらしい。。
我が家のリビングも一月半の作業を経て、ようやくフローリングが入りました。
あとは暖炉にストーブを入れて、壁に棚をつけて、テレビを固定して、ペンキ塗りをして。。
もう2、3週間で完成?と言う感じ。
次の日曜に母がやって来て10日間程リビングに泊まるので、作業ももうちょっと進めたかったんだけど、
ちょっと体を酷使しすぎたのか日曜の朝から久々に熱。
それも変な熱で、咳が出たりおなかが痛かったりするんでもなくて、ただただ熱。しかも高熱。
熱のせいで頭が痛かったり寒気がしたりはするんだけど、その他はなんの症状も無くただ、発熱。
あ、やたら背中が痛かったけど、あれは症状?
あんまり自分じゃ色々やってない気がしてたけど、家造りだの新しい環境だの母の来訪だの。。
結構緊張してストレス 溜まってたのかも。
体がもう限界~!と言ってたのかなぁと反省しました。。
やっぱりいつまでも若いと思ってちゃいけないねぇ。
あとは暖炉にストーブを入れて、壁に棚をつけて、テレビを固定して、ペンキ塗りをして。。
もう2、3週間で完成?と言う感じ。
次の日曜に母がやって来て10日間程リビングに泊まるので、作業ももうちょっと進めたかったんだけど、
ちょっと体を酷使しすぎたのか日曜の朝から久々に熱。
それも変な熱で、咳が出たりおなかが痛かったりするんでもなくて、ただただ熱。しかも高熱。
熱のせいで頭が痛かったり寒気がしたりはするんだけど、その他はなんの症状も無くただ、発熱。
あ、やたら背中が痛かったけど、あれは症状?
あんまり自分じゃ色々やってない気がしてたけど、家造りだの新しい環境だの母の来訪だの。。
結構緊張してストレス 溜まってたのかも。
体がもう限界~!と言ってたのかなぁと反省しました。。
やっぱりいつまでも若いと思ってちゃいけないねぇ。
AbridgeからSaffron Waldenへ移って早くも一月。
人生が違います、クオリティ・オブ・ライフってやつです。
昨夜からついにインターネットは開通。
テレビはいつ開通するのか未定。。。てか不明。
電話も不通。開通の予定があるのか。。は未定。
リビングルームは既に一月工事中。
これは後2、3週間でなんとかヒトの生息地に変化する予定。
私も壁を塗ったり、レンガを叩いたりしているのだ。
カーペット剥ぎに慣れた。
漆喰塗りもコツをつかんだ。
来週はペンキ塗りに加えてフローリングを敷くのだ。
それから暖炉にストーブが入って、家具を入れて一応一部屋完成。
ベッドルームに住む日々ももうそんなに長くないかな?
4月27日に越して来たこのSaffron Waldenは、治安の良さとヘアサロンの数で有名。←なんと21件。
ローマ時代からの古い街で、15世紀の城跡と教会があるのだ。
ちなみに教会は今でも建っていて機能してます。
大型スーパーには反対の姿勢をとっていて、一件あるのみ。
通常の買い物は土曜日に建つ市場と肉屋で済ませる事になるのだけれど、これが新鮮で本当に美味しい。
肉屋で買った肉を調理した時に驚いたのは、焼いても炒めても水が出て来ない事と、煮てもアクがでない事。
野菜も近所の農場からやってくるから、素材の味がして美味しい。
イギリスの有名なシェフのジェイミー・オリバーはここに住んでいるそうだけれど、それも頷ける食材の良さ。
前と同じ物を食べてるのに、何故かGは減量に成功してるのだ!
私たちが買ったこの家も、オリジナルの部分は簡単に200歳を超えているとか。
しかも郵便局だった事や、ドレスメーカーだった事もあるとか。
屋根や壁が年輪を帯びてちょっと歪んでる。
家全部が住める様になるまでは、たくさんの苦労と時間が必要になりそうだけど、とりあえずこの家好きです。
人生が違います、クオリティ・オブ・ライフってやつです。
昨夜からついにインターネットは開通。
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電話も不通。開通の予定があるのか。。は未定。
リビングルームは既に一月工事中。
これは後2、3週間でなんとかヒトの生息地に変化する予定。
私も壁を塗ったり、レンガを叩いたりしているのだ。
カーペット剥ぎに慣れた。
漆喰塗りもコツをつかんだ。
来週はペンキ塗りに加えてフローリングを敷くのだ。
それから暖炉にストーブが入って、家具を入れて一応一部屋完成。
ベッドルームに住む日々ももうそんなに長くないかな?
4月27日に越して来たこのSaffron Waldenは、治安の良さとヘアサロンの数で有名。←なんと21件。
ローマ時代からの古い街で、15世紀の城跡と教会があるのだ。
ちなみに教会は今でも建っていて機能してます。
大型スーパーには反対の姿勢をとっていて、一件あるのみ。
通常の買い物は土曜日に建つ市場と肉屋で済ませる事になるのだけれど、これが新鮮で本当に美味しい。
肉屋で買った肉を調理した時に驚いたのは、焼いても炒めても水が出て来ない事と、煮てもアクがでない事。
野菜も近所の農場からやってくるから、素材の味がして美味しい。
イギリスの有名なシェフのジェイミー・オリバーはここに住んでいるそうだけれど、それも頷ける食材の良さ。
前と同じ物を食べてるのに、何故かGは減量に成功してるのだ!
私たちが買ったこの家も、オリジナルの部分は簡単に200歳を超えているとか。
しかも郵便局だった事や、ドレスメーカーだった事もあるとか。
屋根や壁が年輪を帯びてちょっと歪んでる。
家全部が住める様になるまでは、たくさんの苦労と時間が必要になりそうだけど、とりあえずこの家好きです。