忘れようにも、忘れられぬ日が
あるとするならば……今日を含めて
ほんの数日くらいだと思います。



1995 1.17


最初は、早朝のラジオ番組で
速報が入って知りました。



今でも思い浮かべられる
大きな地震で壊れた街並み。

時間を追う毎に拡大していく
被害の状況。



あれから19年の月日が経過して
最大の震源地・神戸の街並みは
すっかり見違えるようになりました。


しかし、その記憶は
経験した人たちの心の中からは
決して消えることがないのです。


私も、仲の良い人たちが
多く被災しました。

そして、少し経過したとき
長田にも行ってきました。

大都市・神戸の中心地ではない場所は
街の復旧もやや遅れていましたが
少しずつ取り戻していきました。


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「復興」とは、口では簡単に言えても
それは並大抵のことではないのです。

まして、もっと規模の大きかった
東日本・東北の「復興」を考えたら
比較にならないほどの規模です。


長い期間、例え小さくても
支援できるような気持ちが
一番大切なのだと実感しました。

そして、被災した方々が
「被災地」という、ある意味で「負い目」を
感じなくなるまでになったら
本当の「復興」なのだと思いました。


1.17と3.11

このふたつの日は
忘れずにずっと記憶に留めます。

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たまに真面目なこと書きますありがとうございます