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麻雀日記でーす(゜▽゜)

東3局 南家 ドラ西

東家29000
南家27900
西家24000
北家19100


配牌
36789m238p66s西白発


この時点では萬子の一通
678・789の三色
そんな感じです。


この手牌が9順目にこの形
1135678999m23p西


10順目,2mを引き二向聴
11235678999m2p西 打3p


さらに11順目,7mを引き一向聴
112356778999m西 打2p
(1-2-3-4-6-9-西受け)

13順目,西家がリーチ


15順目,1mを引き
九蓮宝燈聴牌
1112356778999m 打西
(1-4-6-9m待ち※4mなら九蓮)


同順,西家が4mを掴み出和り
1112356778999m ロン4m


もう心臓バクバクですよ。



今まで役満は
十三不塔(3回)
国士無双(2回)
大三元(1回)
大三元・字一色(1回)
数え役満(1回)※リーチ・白・ドラ11
四暗刻(1回)

そしてついに
九蓮宝燈(1回)

萬子の九蓮は綺麗です。


九蓮宝燈と言えば
和了れば死ぬと言われている“死の役満”

しかも今年は厄年。。

とりあえず
事故等には気をつけます。

写真はうちの弟2歳。
なんでかねぇー?

何においても理想と現実ってのは
だいぶ違うもの。

恋愛においても
仕事においても。

理想というのは
その高低差はあるにしろ
こうなりたい
こうありたい
というような願望のようなものですよね。

それがただの軽い意思などでなければ
自分自身は理想に向けて
精一杯努力をするはずです。

しかしどうでしょう?
周りの協力なくして自分一人,理想を追い続けるのはとても困難なものです。

それは世の中が複雑な人間関係で成り立っているから。

それぞれの意思がありそれに伴って動く。
だから時には反発し,時には互いに助け合う。

いくら高い理想を描いて努力しても一人でできることには限界があると思います。

それぞれが高い理想を持ち,それに向かって協力し合うことができることが理想の第一歩だと思います。




まぁ,自分に関して言えば麻雀のことなんですけどね(笑)

おもしろいもんですよ?

簡単に言ったら対戦ゲームなのに

理想は
4人がいい対局をしようと
4人で作っていくんです。

もちろん勝ち負けはありますよ。

けど,それなら勝っても負けても楽しいと思うんです,麻雀が。

それに,その日その場の運任せのトップより,内容の濃いラスのが今の自分には収穫があります。

もちろんやるからには勝つのが目標ですよ。
でも勝負事ですから(増して麻雀)ずっと勝ち続けることは不可能です。

どう足掻いても勝てない時というのがあるんです。
そこでどう打つか。どう負けるかが今大事にしていることです。


麻雀というのは不思議なもんで,一人が自分勝手なことをしただけで場が荒れたりするんです。

それくらいデリケートなゲームだと自分は捉えています。


勝ち負けだけにこだわった独りよがりな麻雀,嫌いなんですよね。

絞る牌は絞る,受けるときはちゃんと受ける。

ネット麻雀ではこれができない人が多いように思います。

なんでもいらない所をポカスカ切っていくのは如何なものかと思います。

10段位なんて言うから楽しみにして打ったんですが非常に残念でした。

対局が終わって牌譜を見てさらに。


目先の和了りだけに捕われている以上,麻雀の進歩はないと自分は思います。

誰にでも踏める手筋,和了りに興味はありません。

麻雀牌に自分の個性を精一杯込めるんです。

そういう打牌を全員から感じられる対局をすることが自分の理想です。

熱くなりましたがこの辺で。
久しぶりの更新。

なんか,ちっちゃいのがこっちに引っ越して来たらしいので(笑)

内容はタイトルの通りです。

『麻雀美学』

知っての通り麻雀が大好きなんです。

麻雀愛好家なんて易しいものではなく,麻雀狂。

近々フリーデビューを視野に入れて符計算を覚えたところ。

といっても
パッと言えないので
まだ未熟です。。


麻雀は仲間内,ネット麻雀(雀ナビ,MJ,ファイトクラブ)で打つわけですが

最近は思考を変えて結果より内容を重視するようになりました。

要は和了ることより和了りにいく形,過程,姿勢を大事にしているということです。

もともと鳴きは多用せず,できる限りメンゼンで和了りに行くことにこだわりはある。

欲しければ形に関わらずポン・チーして和了るなんてのはまずしない。
晒さなければいくらでも変化はある。

そこに+αでどれだけ手役を追えるか,手牌を何飜アップさせられるかを考えていく。
もちろんドラ頼みではない。

近代麻雀はデジタル化といわれ手役よりも牌効率,要は受け入れを広くし,テンパイまでのスピードを重視して打っていく。
要は手なりということ。

確かに一発・裏ドラ・赤牌有りだとリーチのみの手牌が満貫に化けることもある。
しかし配牌が悪く,ツモも効かない状況になったときに,手なりで対応ができるのだろうか。

オーラス,トップを捲る為に必要な点数を満たす手役が作れるだろうか。

調子がいい,いわゆるツイているときはいい。

だが,ツカなくなったときにこれでは何もできない。


例えばこの状況。

東4局

東家36100(自分)
南家20300
西家18700
北家24900
※東風戦なのでオーラス

前局にリーチ・ツモ・純チャン・三色・イーペーコー

789m1178899p789s ツモ7p

倍満をツモ上がりトップで迎えた親番

ここで注目したのが西家の配牌

12789m1p1234赤5s東東
ツモ3p


逆転には満貫直撃では足りず跳満ツモか直撃,他家からだと三倍満が必要。

自分なら4・5sのターツを落とし
チャンタ系の手役に向かう。
うまく作れば跳満になる。

だが実際には
一順目 ツモ3p 打1p
二順目 ツモ3p 打2m
三順目 ツモ6s 打1mで即リーチ
(待ち:東・3pバッタ)

同順 北家が生牌の東を切り一発で高めに放銃

結果としては高目の東と一発が付き、出和了りで満貫になった。

一発がなければ高目5200
3pの出和了りなら3900

どういうつもりでこのリーチを打ったのか。

安目なら和了りをツモに絞り見逃すくらいのことはしただろうか?

きっとしないだろうと思う。
自分なら捲り条件のオーラスなら逆転の手役を作り,仕上がればダマではなくリーチをかける。だが安目が出て逆転ができないのならツモに賭け見逃すなんてよくする。

つまらない手で和了りたくないし場を乱したくない。逆転を狙って打っているのは自分だけではないのだ。

だからこそ,あれだけの手材料をもらっておきながら手役を追わず手なりで打ち,即リーチをかけて一発や裏ドラに期待する他ない。

牌譜を見て本当にもったいないと思ったし何を考えて打っているのかと思った。
目先の数字や和了りに捕われて打っているからただの絵合わせでしかないし味がない。

単純に嫌いなのだ。自分が大好きな麻雀というゲームの中で絵合わせをやる打ち手が。侮辱された気分になる。

せっかくツモが17~18順あるのに配られたものに目が行き過ぎて後の変化を見れない。

ツモは生き物。
丁寧に考えながら育てればしっかり育つが,序盤の形にこだわり何も与えなければ変化などあるはずがない。

だいぶ長くなった。。

“麻雀美学”

まだ答えは出ないが

今の段階では

メンゼン手役への固執。

牌捌きの綺麗さ。



写真は野菜炒め(中華あんかけ風)・つまみのポテト,揚げ餃子

祖母が手を手術してまだあまり動かせない為,夕飯は毎日自分の仕事。

それにしても7人分は大変。。
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