と、いうわけで、今回は私の就職活動の話です。

私の背景をざっくり紹介すると:

ーカナダの某大学在籍の統計学博士課程4年生
ー北米に渡って9年目
ー既婚女20代後半
ー北米のインダストリーで就職希望

ってところでしょうか。

私はこの5年間、研究を中心とした学生生活をしていました。具体的には、問題を定義し、データと問題にあった統計的モデルを作る。シミュレーションによってモデルの有効性を確認する。データクリーニングを行い、モデルをつかって分析をする。ここまでがいわゆる研究です。そして、最後の仕上げとして、結果を文章にまとめて査読付きのジャーナルに提出します。それの繰り返しでした。研究自体は自分にとっておもしろいのですが、publish or perish と言われるように、アカデミクスの研究者として生き残るには、その結果をジャーナルで発表しなくてはいけません。どんな小さな結果でも定期的にジャーナルで発表できなければ、アカデミクスでは生き残れないのです。

私はこの出版に対するプレッシャーを苦痛に感じていました。出版までには査読が2、3度必要で研究が終わった後出版にこぎつけるまで2、3年かかることもザラにあります。査読の結果が出ると、今やっている研究を保留にして、2年前にやった研究を掘り返し、もう一度研究しなければなりません。また、たとえ自分が結果が発表するにたらないと感じていても、(共同著者である教授らからの要望(プレッシャー?)によって、)結果を発表できるまで数々のジャーナルに論文を提出しなくてはならないことも疑問に感じていました。そして一番残念に感じていたのは、出版された自分の論文が実際に社会に役立っているという実感を感じられなかったことです。もちろん、自分の論文が他人に引用されれば誰か目に止まったことは確かですが、だからといって誰かの生活水準の向上に自分の研究が役立ったという実感がありませんでした。

というわけで、私はだいぶ(3年ほど)前から、アカデミクスを去る意思を固めていました。ポスドクは問題の先送りで就職活動で失敗した時の最終手段と考えていました。しかし、博士課程を修了した後、自分が納得出来る仕事がインダストリーで見つけられるだろうかという不安は常にありました。これまでに苦労したという実感があったため、自分の納得のいく仕事を見つけられなければ、自分のこれまでを正当化できないと思っていたからでしょう。

しかし、幸いにも、私の周りには同志がたくさんいました。私はカナダの某大学の統計学科に在籍しているのですが、うちの博士課程在先中の学生の(だいたい?)3割は、博士を目指す理由として、教授になることを挙げいません。その三割は、博士を目指す理由として、大手製薬会社で統計学者として研究したい、金融関係で儲けたい、や、IT関連企業でデータサイエンティストとして活躍したいなどという理由を挙げています。博士が優遇される研究を中心とした職がインダストリーに多いので、博士を目指すことになるのです。これらインダストリーでの初任給は博士レベルではUSD100,000を超えるため、教授になるよりも稼げるのも魅力です。(余談ですがカナダで博士を目指す理由として、移民したいとからという方も多くいます。)

就活の同志がいれば情報交換もできますし、先に内定を誰かが貰えばその人が他をリファレンスしてあげることも可能です。リファレンスを通して企業に履歴書を送れば、大体は電話面接までこぎつけることができます。つまり、最初の履歴書検査をパスできるのです。他人の就職内定を羨ましと妬むのではなく、コネが出来たと喜ぶことができる幸せなシステムですね。

前の日記に取り上げましたが海外就職するのに大切なのはコネです。そのコネが私のようにあまりない人間にも大きなチャンスがあるのが、Joint Statistical Meeting (JSM)と言われる、統計学最大の学会です。今年の学会のウェブページはこれです。https://www.amstat.org/meetings/jsm/2015/。この学会では、研究発表の他に、Career Placement Serviceが行われています。Career Placement Serviceに登録して、自分の履歴書をアップロードしておけば企業からお声がかかり、学会に設置されたブースでその場で面接ができるというお手軽システムです。参加企業はアメリカ企業が9割5分で、そのほとんどが統計学に長けている人材を探しています。オンラインで自分に合った職を虱潰しに探していく場合、自分の適正に合っていない職にも無駄にエントリーしてしまい、返事がもらえず無駄にがっかりするリスクがあります。(例えばデータサイエンティストの仕事をオンラインで探している場合、ソフトウェアエンジニアよりのデータサイエンティストの職のほうが統計学よりのデータサイエンティストの職よりも多く感じます。ソフトウェアエンジニアよりのデータサイエンティストの職に統計学のPh.D.は必要とされていないことが多いです。)JSMでは統計学のプロフェッショナルを探しているため、効率的に就職活動ができるというわけです。

来ていた企業の有名どころは、

製薬会社では
AbbVie*
Boehringer Ingelheim Pharmaceuticals
Eli Lilly and Company
Genentech, Inc.

IT企業では
Amazon
Apple
IBM T. J. Watson Research Center

金融では
Bank of America
Bank of the West
Capital One

政府系では
FDA,

その他、Disney、Uber、SAS、Stata、Robert Bosch LLCなども参加していました。もちろんこれらの企業の全てと面接できるわけではなりません。向こうから声をかけてくれる可能性を上げるために、こちらからJSM2015のメールツールをつかって企業にメールすることも可能です。私も本当に興味がある数社にはメールを送りました。また、自分のオンラインでのステータスを上げるために、Linkedinの情報を最新のものにアップデートしました。履歴書にははっきりと自分の学歴や、これまで携わったプロジェクトの要約と共に、いつから働けるか、国籍はどこで、永住権を持っている国はどこかなどの情報も目立つように書いておきました。

JSMは八月の初旬に開催されるのですが、早い企業からは、7月の初旬頃からJSMにおける面接の予約メールや、JSMでの面接前のスクリーニングのための電話面接の予約のメールが来ました。自分にも10社ほど連絡が来ました。正直、インダストリーでの経験のない頭でっかち外国人の私が、今更アメリカのインダストリーで就職などできるのかと不安に思っていので、面接予約メールのひとつひとつに興奮したことを覚えています。

私は北米に住んで早9年ですが、それでも英語に対する苦手意識はあり、とくに電話での英語での複雑なやりとりは嫌いでした。それでも、だいたいの企業の面接は電話面接から始まります。やるしかないんですね。臆病者の私はビクビクして最初の面接に臨みましたが、こつをつかんだらこれはそんなにむずがしくないことがわかりました。むしろ一対一の面接より簡単かもしれません。電話面接はだいたい30分から1時間で聞かれることの半分は決まっています。私の経験からいくと、鉄板で聞かれるのは

ーどうしてこの会社で働きたいのですか。
ー今までの研究内容を簡単に説明してください。(この質問は人事がするようと、統計学者ようとわけて答えを作らなくてはいけません。)
ー自分のことを簡単に紹介してください。
ーいつから働けますか。
ー給料はどれくらいを希望しますか。
ーアメリカに働くのにビザは必要ですか?(これは具体的にどのビザが必要かは答える必要はありませんでした。)
ーあなたの履歴書に書かれているxxについてもっと詳しく教えてください。
ー自分の将来のキャリアについて説明してください。

ってところです。このひとつひとつにしっかり1分程度で回答できるよう事前に回答を作りその回答をあたかもその場で考えたように読み上げましょう笑!私の場合、目の前に作った回答を起き、それを読み上げていました。(これが電話面接のいいところ)

「給料はどれくらいを希望しますか。」という質問は自分を自分で値踏みしなくてはいけない日本人にはなれない質問です。すでに他の企業からオファーがある場合はそれより多い額と言えますが、オファーがない場合にもこの回答には答えることができます。たとえば、自分の先輩の給料の額や、Glassdoorなどのウェブサイトから自分の学歴、職歴ならどれくらいの給料が妥当かを割り出すことができます。自分の給料が妥当かを論理的に説明できればいいのです。むしろ、謙遜して自分を安売りして間いけません。人事が想像していた以上に安い給料を提示した場合、この人は自分の価値も値踏みできないリサーチ不足の人間とみなされる可能性もあります。


電話面接の残り半分は、ロジックの問題や、確率の問題、ケースステディ、アルゴリズムの問題がほとんどでした。企業によってはオンライン上のコードシェアツールを使ってコードをその場で書き上げなくてはいけないものもありました。これは一朝一夕に培われるスキルではありませんが、いままで真面目に独立して研究をしてきた学生にはそんなに難しい内容ではなかったように思います。むしろ授業のテストを受ける感覚で臨めば大丈夫です。アルゴリズム系の問題は、courseraなどのオンラインの教材をつかって復習しておいたほうがいいかもしれません。私は、Stanford大学のTim Roughgardenによる、Algorithms: Design and Analysis, Part 1のオンラインコースを聞いて復習しました。(https://www.coursera.org/course/algo)


電話面接の後はJSMでの面接です。ここで聞かれることもだいたい同じです。ただ今度は面接官を前にして答えなければいけないので、カンニングペーパーはありません。しかし、ここに至るまでに同じ質問に何度も答えているため、カニングペーパーなしでも答えられるようになっている(はず)です。JSMの期間中にインタビューの予約を受け付ける企業もいましたが、私の感覚によると、早めに話がある企業の方が自分の採用に熱心であるようでした。面接中では私の場合2016年1月卒業予定としていたため、8月に行われているJSMから時間が空きすぎているということで、もっと卒業予定日に近づいたら面接を再開するよう求められることもありました。


面接では面接官がこちらを評価する機会ですが、こちらも相手を評価できるいい機会です。もしその会社で働くと決めた場合、面接官は、自分のボスや同僚として働く人間です。その人物の下で一緒に働けるか、尊敬できるか、などいろいろ考えました。また、面接官の聞いてくる専門知識に関する質問で、仕事内容も想像することができます。会社によって聞いてくる質問内容も様々ですが、レベルの低い質問には逆にがっかりすることもありました。ただ、データを掃除する仕事や、新しいことを学べない仕事にはつくつもりがなかったので、「この質問は修士、学部レベルの質問だ」と感じた場合、その会社に対する印象がマイナスになることがありました。JSMではまとめて多くの会社と面接ができるため、いろいろな会社を比較でき、自分の中で第一志望をはっきりさせることができました。この時点で私はB社が第一志望でした。

なんとかJSM中に一つの内定をいただきました。その企業はトロントのコンサルティング会社でしたが、他にまだB社を含め面接を続けている会社があったので待ってもらうことにしました。B社からは本社で行う最終面接にもよんでいただきました。シリコンバレーにあるB社のリサーチセンターによばれ、そこで1日かけて面接をしました。その前日に渡米し、ホテルで宿泊し、面接当日のスケジュールははこんな感じでした。

9am-10am:私の博士論文のプレゼン
11am-12pm:technical interview with A and B
12am-13pm:lunch with a data scientist team
13pm-14pm: technical interview with C and D
14pm-15:30pm: HR interview with E and F
15:30pm-16:30pm: technical interview with G and H.

とてもハードな1日でしたが、1日を通して自分が今後一緒に働くチームメンバーのほぼ全員と会話ができたのはとても有意義でした。テクニカルインテビューの多くの質問は「私はこのようなデータを今分析しているんだけどあなただったらどうするか説明してくれ」的なものが多く、面接官は、会話を通して私の思考プロセスを評価しているようでした。あーこの会社に入ったらこんな面白そうなデータを分析するんだと、インタビューがとても面白かったです。自分の博士論文のプレゼンをとても真剣に聞いてくれ、普段の学会よりも、正直リアクションが良かったです(たくさんの質問をしていただきました)。ランチの時間には、オフィスエリアをツアーし、いろんな開発中のロボットを見せてもらいました。1日はあっという間に過ぎ、妙なハイテンションの中、カナダに帰国しました。面接を通して、よりB社で働きたいという思いが強くなった私は、結果をただ待ち遠しく待っていました。結果は通常2、3日でくるということでしたが、私の場合、他の会社からのオファーがあったので(いわゆるcompeting offer)早めに結果を出してくれることになっていました。

そして、その次の日にemailでオファーをもらういました。2016年の1月からシリコンバレーでデータサイエンティストとして働く切符を手に入れたのです。この時点で私は他の会社との面接をやめ、就職活動を終了しました。

私はこれまで大学で研究しかしたことがありませんでしたが、1ヶ月未満の就職活動をとおして、アメリカ全土の何社もの会社と面接することができ、内定をいただくことができました。これはJSMに参加して効率よく、自分の適正にあった会社に出会えたからだと思います。北米でデータサイエンティストになりたい!北米で統計学者として活躍したいと思っている人がいれば是非この学会を利用してはいかかでしょうか。

おわり。