さてさて、2日間かけてめぐった日野の旅でしたが、


2日目の夕方…
寂しいけれど、帰らねばなりません…(ノДT)
最後に日野から東京駅まで戻る途中で、こちらに寄りました。




近藤勇墓所(寿徳寺境外墓地)


JR埼京線・板橋駅東口を出ると、すぐに見えるところにありました。
板橋は、近藤さんが処刑された地。
その後、永倉新八さんが発起人となり、この場所に供養塔が建立されたそうです。




お墓の写真は遠目にだけ……。


中央の大きなお墓が新選組供養塔。
正面には、近藤勇と土方歳三の名前が並んで刻まれています。
そして、側面には戦死した隊士、病死・刑死した隊士の名前がずらりと。


井上源三郎・原田左之助・山崎丞……
山南敬介・沖田総司・藤堂平介……
(山南さんと藤堂さんの「すけ」は「助」が正しいはずだけど、表記はこちらでした)
それから、芹沢鴨や伊東甲子太郎の名前も。


戦死・病死した隊士だけでなく、
袂を分かった者、粛清した者も一緒に「新選組」として、
こうして名前が刻まれていることに胸が熱くなりました。
みんな仲間だってことだよね、新八さん。


新選組には色々な人間模様があって、
時には意に沿わない別れもあったでしょう。
でもこの場所では、新選組としてひとつの志のもと、共に居る。
そんな感じがしました。


近藤さんと土方さんの後ろに、浅葱色の羽織を着た隊士たち。
その姿が見えるようでした。




墓所の説明と、近藤さん、土方さん、新八さんの肖像画。
敷地内には、新八さんのお墓もあります。
新八さんのお墓は小樽にあるそうなのですが、
分骨してこちらにも埋葬するようにと遺言を残したそうです。


新八さんの新選組への思い。近藤さん、土方さんへの思い。
「みんなでずっと一緒に」という思い。
……泣けます(ノДT)




「近藤勇 埋葬当初の墓石」が残されていました。

処刑後、近藤さんの(首のない)遺体は甥の宮川勇五郎が掘り起こし、
近藤さんの生家・宮川家の菩提寺、龍源寺に埋葬したと言われています。


時間さえあれば、近藤さんの生家跡や龍源寺にも行ってみたかったんですよ。
日程、2日間じゃ足りなかったな(´・ω・`)




墓所のすぐ横の商店街には、こんなフラッグが。
下の「こんにちは」がなぜかツボに入ってしまった…(笑)


×××




東京駅でちょっと時間があったので、駅舎をぱしゃり。
光の感じが幻想的です。


グランスタでお土産買ったり、おっしゃれ~なお店を覗いたり、
なんやかんや東京駅も存分に満喫して、




西へと帰りました。


始発で出発して、次の日の終電で帰宅するという、
マジで2日間みっちり新選組の旅。


楽しかった~!
ほんっとに楽しかったあああ~!


電車のトラブルとかもなかったし、
天気もほとんど快晴だったし(にわか雨ぱらりくらいで)、
行きたいところは計画通りにまわれたし、
言うことなしの旅でした。
(ぽつぽつあったハプニングは相殺w)


2度目、3度目行ったら、また新たな発見があるかもしれませんね。
またいつか、日野めぐりしたいです(´▽`)



新選組めぐり日野の旅・完。