アジア恐怖伝説 韓国編 2013年制作 ナショジオ


 


韓国の心霊スポットとして有名な盈徳ハウス


 ここにある廃屋は幽霊屋敷として知られている。


 都市探検家ロバートジョーがこの心霊スポットの有名屋敷を調査する。


この家に住んだかっての住民 巫女 僧侶 盈徳警察と


色々調査して証言を集める。


この家には四家族が住んだといわれる。


海岸沿いの丘の上に立ち風光明媚でだれもが家をたてたくなるような


見晴らしのいい丘の上にある。


だが この家では少女が首をつって亡くなったという噂、


 けれどそれは事実ではなかった。 家では誰も殺されたり

自殺した人はいなかった。


 ある僧侶に聞いたところ学徒兵の例があるという。


この家に泊まったことのある巫女に話を聞くと五人の学徒兵の霊に遭遇したといった。


そして その史実を確かめると 確かにここでは1950年韓国戦争のとき


盈徳の浜辺で長砂上陸作戦が遂行されたという。


北朝鮮軍が占拠していた この地区に多くの学徒兵が


兵器も設備も準備もなく投入され 北朝鮮軍との戦いで


300名近くの戦死者をだしたという。


名前も故郷も知られていない多くの学徒兵が この丘の戦いで亡くなり


村長によりこの近くに埋められたという。 それらの霊が


この丘の周りにあり いつしか五名の無念のうちに亡くなった学徒兵の魂がこの家に住みついたという。


心霊スポット 幽霊の話はよくあることである。


戦場に送られた高校生の多くの遺体がこの盈徳ハウスの丘に眠っている。


長砂上陸作戦で亡くなった兵士として登録もされていなかった


高校生戦士たちの多くが この丘の上に眠っている。


長砂上陸作戦は仁川上陸作戦のおとりであった。 

仁川上陸作戦は成功したが


人々の記憶からこの長砂上陸作戦は忘れられ 誰もが


この丘で戦った高校生たちの戦いを忘れ去ってしまった。


その無念の慚愧に絶えない思念が怨念と成りこの伝説を生んだ

歴史に忘れられた装備も何もない高校生戦士たちが


戦ったという記憶は忘れられて 彼らの魂は


安らかに眠ることもできないまま 戦後も


この地に眠り続けていたのだ。


儒教の教えに孝というのがある。巫女がいまだすたれていない 韓国の断面には 先祖たちの話をする仲買人としての巫女の存在がいまだあるといわれる。


 


無念のうちに戦いに散った 名もない軍隊として登録されてもない一兵卒


たちの魂は いまだ 多くの地に彷徨しているのかも知れない。


 


 


ナショジオ スカパー  アジア恐怖伝説 韓国編より