さかおのブログ

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「チャンチャン、チャンチャン」と鳴り響き、地震の前触れを表すあの音。みなさんの頭の中にもまだ色濃く印象に残っているのではないでしょうか。普段私は埼玉と東京以外には行かないのですが、2011年3月11日14:46大学受験をするために東北大の図書館で勉強をしている所でした。

と前フリはさておき、ここでは東日本大震災を振り返った後に、ネパールの震災について思う所を伝えていきます。

さてまずは東日本大震災について飲食、住処、情報の3点に絞ってお伝えしていきます。

1、 飲食
これは本当に生命の危機に関わる話です。(本当に)当時公園や学校にある水道からは水が出なくなりました。ではどこで人間の体の約60パーセントもある水分を補強するのか。そう、店でお金を払って買います。通常のように店は開いていません。店の前の長蛇の列ができていて、先頭の4,5人を店の中に入れて、買い物をしてもらい、その4,5人が買い終わり店を出たら、長蛇の列から次の4,5人を入れる仕組みです。つまりこっそり商品盗んで逃げようものなら一瞬で特定されます。店から商品を盗む人がいなかった(少しはいたかもしれませんが)理由は日本人のモラルもさることながら、徹底した店側の管理がありました。
話がそれました。要は金がないと飲み物や食べ物が手に入らないということです。とは言っても配給はありました。学校、幼稚園、市役所といった公共機関や銀行では食べ物を頂けましたが、育ち盛りの私にとってそれは少なかったです。朝夕にそれぞれおにぎり2個とペットボトルの水一本。人によっては充分かもしれません。

2.住処
3月の仙台の夜は寒かったです。最低気温は0度を切っていました。過ごしていた場所はテレビでよく見かける体育館です。繰り返しますが本当に寒いです。真冬に体育館の中で朝練する寒さです(私はやったことありませんが、イメージです)。その中で薄いブルーシートの上に毛布1枚にくるまりながら寝ます。さながら氷の上で寝ているような冷たさです。体育館が広いのでストーブも合ってないようなものでした。

3.情報
情報の扱いはとても難しいです。実際に災害時の情報源であるTwitterにはデマ情報もありました。http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20110316-00005744-r25
しかしかといって学校にある信頼できる情報源のテレビではACの「ぽぽぽぽーん」がひたすら流れる始末。ニュースをもっとやってくれ!つまるところ自分が損する可能性がほぼない選択をすれば良いのではないでしょうか。だまされるデメリット(騙されるなど)が大きければ避けたほうが良いです。
例えばtwitterを見ていた私と一緒にいた友達は「バスが運行している。ただし直接東京に行くのではなく山形に行くが」という情報が手に入りました。高校の卒業式を間近に控えていた私はどうしても帰りたかったのですが、冷静に騙される可能性を考えた結果、行くことに決めました。なぜなら事前にチケットを買うのではなく、バスに乗る瞬間に運転手に支払うからです。騙されたら最悪運転手をとっちめればいい話でした。しかしもし予めチケット買う仕組みなら買わなかったと思います。なぜなら金を盗んで逃げられる心配があったからです。

ここからはネパールについて東日本大震災にも触れながらコメントしていきます。
幸い気温が劇的に高い季節でもなく、かといって最低気温が10℃を切らないので、東日本大震災ほど「気温については」過酷ではないです。しかし問題は建物の倒壊です。私は仙台の市街地で生活していましたが、仙台駅などの一部を除きほとんど見かけ上建物は壊れていませんでした。ですので地震による建物の倒壊で亡くなった人はほとんどいません。警察庁は2012年3月11日までに、岩手県・宮城県・福島県で検視された15,786人の詳細を発表したデータでは

• 水死:90.64%(14,308体)
• 圧死・損傷死・その他:4.23%(667体)
• 焼死:0.92%(145体)
• 不詳:4.22%(666体)

 圧倒的に水死が多いです。それに対してネパールの震災ではニュースを見る限りかなり建物の倒壊が激しいです。2015年4月28日00:30時点で地元警察の話では4000人越えの死者が出ていると言われています。おそらくそのうちのほとんどが建物の倒壊に建物の倒壊によるものだろう。
 東日本大震災の時にネパールからも様々な支援がありました。今度は日本が援助をする番です。